第7話『優奈の家』
結婚指輪を購入した俺達はジュエリーショップを後にして、優奈の家に向かって歩き始める。さっきと同様に優奈と手を繋いで。ただ、さっきとは違って、今度は優奈から「手を繋ぎませんか?」と訊いてくれた。そのことが嬉しい。
ちなみに、ジュエリーショップからだと、歩いて10分ちょっとかかるらしい。
「いい結婚指輪を買えましたね」
「そうだな。優奈も俺も気に入る指輪を買えて良かったよ」
「そうですね。完成した指輪が届くのが待ち遠しいです」
「俺も楽しみだ」
だいたい2週間って言われたから……ゴールデンウィークが明けた最初の週末あたりか。今年は結婚指輪のおかげで五月病にならずに済みそうだ。今まで一度も罹ったことはないけど。
さっき来た道を逆方向に歩き、数分くらいで俺達が待ち合わせした琴宿駅の南口の前を通り過ぎる。琴宿駅には年に数回ほど来るけど、ほとんどは映画が目的。なので、このあたりからは段々と知らない風景になっていく。だから、小旅行気分になり始めている。
「そういえば、優奈の家って一軒家? それともマンション?」
「一軒家です。3階建てです」
「3階建ての一軒家か。うちは2階建てだから、3階建てって聞くだけで大きいイメージがある」
「ふふっ、そうですか。うちは……近所にある家よりも大きいですね」
「そうなんだ。どんな感じか楽しみだな」
あの立派なリムジンを所有しているほどだ。家も立派に違いない。
駅を通り過ぎて2、3分ほど。これまでずっと大きな通りを歩いていたけど、道を曲がって細めの道に入る。曲がった直後はビルや個人店もあるけど、少し歩くと一軒家やアパートが建ち並ぶように。
「意外だな。駅前の大通りを曲がって少し歩くと、こんなに閑静な住宅街になるなんて」
「琴宿駅はとても大きい駅ですし、人もたくさんいますもんね」
「ビルとか大きな商業施設がもっといっぱいあると思ってた。あとは、小さな専門店が並んで賑わっていたりとか」
「なるほどです。実際は駅から少し歩くとこういう住宅街になるんです。駅前や大通りはとても賑やかですけど、静かなこのあたりまで歩くともうすぐ家だなって思います」
「そうなんだ。優奈がそう言うの……分かる気がする。高野駅前も人が多くて賑やかだけど、うちの近所まで来ると静かになるから」
「そうなんですね。和真君に共感してもらえて嬉しいです」
ふふっ、と優奈は小さく声に出して笑う。嬉しいという言葉もあって、とても可愛く思える。
初めて来る場所だから、つい周りを見てしまう。
家の大きさは、俺の自宅の近所と同じくらいの大きさのものが多い。ただ、高級そうな雰囲気があって。23区の中心部の琴宿駅近くという立地もありそうだ。都庁もあるしな。
「ふふっ。周りをキョロキョロ見て可愛いですね」
「初めて来るところだから、つい」
「なるほどです。もうすぐ私の家に着きますよ」
「そうか」
楽しみだな。
もうすぐ着きますよ、と言われた直後、少し先にベージュを基調とした大きな住宅が見えた。周辺の住宅よりも高さがあって。3階建てだと言っていたし、あれが優奈の家かもしれない。
それから程なくして、
「着きました。ここが私の家です」
例のベージュの大きな住宅の前で立ち止まり、優奈はそう言った。やっぱり、この住宅が優奈の家だったか。
「そうなんだ。大きいな……」
俺の自宅よりも大きな一軒家だ。うちは2階建てで優奈の家は3階建てだから、とても立派な印象を抱かせる。
「素敵な外観だ」
「ありがとうございます。和真君の家も素敵な雰囲気でしたよ」
「ありがとう」
「では、家に入りましょうか」
「ああ。お邪魔します」
優奈が門を開けて、有栖川家の敷地に入る。
門と家の間には綺麗な庭がある。また、庭の中には門から玄関までを繋ぐレンガの小道が整備されている。いかにもお金持ちの家の庭って感じだ。
優奈についていく形でレンガの小道を歩き、玄関に到着する。
「ただいま」
「お邪魔します」
優奈の後に家の中に入り、俺はそう言った。その直後に『おかえり~』という声が聞こえた。ご家族がいるのかな。
家の中……綺麗で落ち着いた雰囲気だ。あと、優奈がすぐ近くにいるからだろうか。ほんのりと甘くていい匂いがする。
優奈は靴を脱いで家に上がると、「どうぞ」とスリッパを差し出してくれた。お金持ちの人の家って、中も土足でもOKなイメージがある。ただ、この家は一般的な家庭と同じか。
ありがとう、とお礼を言い、俺は優奈から差し出されたスリッパを履いて、優奈の家に上がる。
「今は両親とおじいちゃんが家にいます。陽葵は女子テニス部の活動で中学校に行っています」
「そうなんだ」
祝日まで部活お疲れ様、陽葵ちゃん。
運動系だと土日に活動する部活って多いよな。サッカー部に所属する西山も、毎週土曜日は部活があるらしい。佐伯さんが所属する女子バスケ部もそうなのかな。
「御両親とおじいさんに挨拶してもいいかな。ここには初めて来るし、2人で結婚指輪を買ったことを伝えたいし」
「分かりました。さっきの『おかえり』の声からして、3人ともリビングにいるかと。ついてきてください」
俺は優奈の案内で家の中を歩く。ちなみに、リビングは1階にあるとのこと。
優奈の推理は当たっていたようで、リビングで私服姿の英樹さん、彩さん、おじいさんがコーヒーを飲みながら談笑していた。
「ただいま。お母さん、お父さん、おじいちゃん」
「お邪魔します。みなさん、こんにちは」
と挨拶して軽く頭を下げると、3人とも朗らかな笑顔で「こんにちは」と言ってくれた。
「優奈、和真君。いいと思える結婚指輪は購入できたかい?」
「はい。和真君と一緒に選んで購入しました」
「優奈も俺もいいと思えるデザインがありまして。俺達にピッタリのサイズにしたり、イニシャルを刻印したりするのもあって、2週間後に完成するとのことです」
「素敵な指輪なので、完成が楽しみですっ」
あのプラチナ製の指輪を思い出しているのか、優奈は楽しげに話す。
「懐かしいわね。お母さんもこの結婚指輪が完成するのが待ち遠しかったわぁ」
「完成する日が近づくと、早く連絡が来ないかってそわそわしていたね」
自分達の新婚時代を思い出しているのか、彩さんと英樹さんは優しい笑顔に。
「死んだばあさんも指輪を楽しみしていたのう。……ところで、結婚指輪の代金……もしよければおじいちゃんが出すぞ! 結婚した孫夫婦へのプレゼントじゃ!」
おじいさんは意気揚々とした様子でそう言ってくれる。やっぱり、結婚指輪の代金を私が出すと言ってきたか。きっと、これもジジ活の一環なのだろう。段々とおじいさんの行動パターンが分かってきたぞ。
「ありがとうございます。ただ、お気持ちだけ受け取っておきます。お店で優奈と話して、2人で半分ずつ払うと決めて支払ったので」
「当初は和真君が全額出すと言っていただいたのですがね。結婚指輪は私達2人のものですし、私達の結婚した証です。また、互いに指輪を贈り合う意味も込めて、半分ずつ出すことに決めたんです」
俺達が半分ずつ支払ったこととその理由を説明する。
彩さんと英樹さんは感心した様子で『おぉ』と揃って声を漏らす。小さく頷いているので、お二人は納得してくれたようだ。おじいさんも納得してくれるだろうか。
「感動した!」
大きな声でそう言うと、おじいさんはソファーから立ち上がって俺達の目の前までやってくる。
「半分ずつ出し合う理由にも感動したし、最初は和真君が全て出そうとしていたことにも感動した! 死んだばあさんとのこの結婚指輪の代金は全て私が支払ったからなぁ。2人のことを考えず指輪の代金を出すと言ってしまうとは、私もまだまだだ」
「いえいえ、そんなことないですよ。お気持ちは嬉しいですし。それに、近いうちに優奈と住む新居の代金を出してもらえますし……」
「和真君の言う通りですよ」
「……優しい孫夫婦じゃ」
2人で結婚指輪を買った感動と、俺達の優しさに触れたからか、おじいさんの目には涙が浮かんでいる。
とにかく、優奈と俺のお金で結婚指輪を買ったことにおじいさんも納得してくれて良かった。
「完成したら、実際に指輪を見せますね」
「そうだな、優奈」
「おじいちゃん楽しみにしているぞ!」
ワクワクとした様子でそう言うおじいさん。優奈よりも結婚指輪を楽しみにしているような気がする。完成した結婚指輪を付けた俺達を見たら、さっき以上に感激するんじゃないだろうか。
「……そうだ、和真君」
「何ですか?」
「優奈と結婚して、初めてうちに来てくれたんだ。ばあさんに線香を上げてくれないだろうか? そのとき、優奈の夫として紹介したい」
「分かりました」
この家に初めて来たし、優奈の夫にもなったんだ。優奈のおばあさんにちゃんとご挨拶しないと。
おばあさんの仏壇はおじいさんの寝室にあるという。リビングにいる5人全員で、同じ1階にあるおじいさんの寝室に向かう。
おじいさんの部屋に入ると、正面の壁の天井近くに白髪が美しい年配の女性の写真が飾られている。
「もしかして、あの写真の方が優奈のおばあさんですか?」
「そうじゃ。名前は
「とても優しいおばあちゃんでした。小さい頃から陽葵と一緒に遊んだり、お料理したりして。今でも大好きなおばあちゃんです」
「そうなんだ」
飾られている写真に写っているおばあさんはとても優しい笑顔で。優奈や陽葵ちゃんが大好きだったのも納得できる。
「ただ、数年前に病気で亡くなってしまったよ。……ここにばあさんの仏壇がある」
そう言い、おじいさんは右手で仏壇を指し示した。
黒を基調とした仏壇には、位牌と壁に掛けられている写真を小さくした遺影、水の入った水入れなどが置かれている。お金持ちだから仏壇も普通の家と違うかと思ったけど、父さんや母さんの実家にある仏壇とあまり変わらない。
おじいさんはマッチに火を点け、仏壇にある2本のろうそくを灯す。
「ばあさん……順子。優奈と結婚した長瀬和真君が来てくれたよ」
「おばあちゃん。私、隣に立っている和真君と結婚しました」
「……初めまして、長瀬和真です。昨日、優奈と結婚しました。特に交際をせずに結婚しましたので、これから優奈の仲を深めていきたいと思います。あと、優奈は……いつかはあなたとおじいさんのような好き合う夫婦になりたいと言っていました。そうなれるように、優奈との時間を過ごしていきたいと思います」
優奈の夫としてそう挨拶した。こういった形での亡くなった人への挨拶はこれが初めてだけど、こういう感じで良かっただろうか。
「ありがとう、和真君。きっと、順子も喜んでいるよ」
おじいさんは落ち着いた声でそう言うと、俺の肩を優しくポンポンと叩いた。おじいさんの顔には静かな笑みが浮かんでいる。優奈も彩さんも英樹さんも同じような笑顔で。きっと、これで良かったのだろう。あと、みんなを見ていると、おばあさんは家族からとても愛されていたのだと分かる。
その後、俺はろうそくの火で線香の先端を燃やし、線香立てに立てる。
俺が鐘を鳴らして、5人全員で拝む。
俺の挨拶や5人で拝む姿を見て、おばあさんが少しでも喜んでくれていたら嬉しい。結婚指輪ができたら、おばあさんにも優奈と一緒に指輪を付けた姿を見せたいと思う。
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