第4話『両家で食事会』
午後5時過ぎ。
窓口が閉まったため、俺達9人は区役所を後にする。夕方の時間帯に差し掛かっているのもあり、外に出ると結構涼しい。
外に出た直後に、
「夕食には早い時間だが、これから両家で結婚祝いの食事会をするのはどうだろう? うちの行きつけの寿司屋で寿司を予約していてね。もちろん、私の奢りだよ」
と、おじいさんが楽しげな様子で食事会の提案をしてくれる。優奈と俺が結婚するのを想定して予約しているところが凄い。
今はまだ5時過ぎだけど、昼食以降はお茶やコーヒーくらいしか口にしていないので、結構お腹が空いている。それに、お祝いの席を用意してくれていることに嬉しさや有り難い気持ちもある。だから、
「俺は賛成です」
と、最初に賛同の意を示した。そのことにおじいさんは嬉しそうな笑顔を見せる。
「私も賛成です。両家の家族全員が揃っていますから」
「そうだね、お姉ちゃん。それに、あのお寿司屋さんのお寿司美味しいもんね!」
優奈と陽葵ちゃんが俺に続いて賛成する。そのことに、おじいさんはますます嬉しそうになる。
その後、英樹さんと彩さんも賛成。
「カズ君と優奈ちゃんが結婚したからね。両家で一緒に食事するのいいと思うよ」
「そうね、真央。親睦を深めるいい機会ね」
「そうだな、母さん。では、長瀬家も食事会に全員参加します」
「嬉しい返事だ。ありがとう。では、これから寿司屋に行こう!」
長瀬家と有栖川家による食事会が決まった。
俺達は有栖川家のリムジンに再び乗車して、有栖川家行きつけのお寿司屋さんに向かい始める。そのお寿司屋さんは
リムジンに乗るのはこれで2度目だけど、ふかふかのソファーが本当に気持ち良くて。何時間でも乗っていられる。
座り心地のいいソファーのおかげで、区役所からの移動もあっという間だった。
「ここじゃ!」
おじいさんが指し示すお寿司屋さんは、落ち着いた和風な感じの店構えだ。
中に入ると……店内も落ち着いた雰囲気だなぁ。席は寿司職人と対面するカウンター席がメイン。ネットやテレビで見るような高級寿司店って感じだ。さすがは有栖川家御用達。
また、このお寿司屋さんは完全個室もあるとのこと。俺達は店員さんによって、個室のうちの一室に案内された。
9人で利用できるだけあって個室の中は結構広い。寿司屋さんなので、個室は畳なのかなと思っていたけど、土足で入れるテーブル席だ。
予約していたのもあって、大きな寿司下駄にたくさんのお寿司が乗っていて。とても美味しそうだ。
おじいさん中心に大人達の指示の下、俺達はテーブル席の椅子に座る。
ちなみに、俺は右隣に優奈、左隣に真央姉さんに挟まれた形で座っている。優奈の右隣には陽葵ちゃんが座る。
また、向かい側は俺から見て向かって左から父さん、母さん、彩さん、英樹さんの並びだ。おじいさんは陽葵ちゃんの右斜め前に座っている。いわゆる誕生日席である。
両家の食事会だから、有栖川家と長瀬家で向かい合わせになると思っていたけど。若い者同士、親同士で並んで座る方が楽しく食事できると思ったのかな。
それから程なくして、店員さんが飲み物とお吸い物を運んできた。
乾杯しよう! と、おじいさんと陽葵ちゃんが言うので、それぞれのコップに飲み物を注ぐ。俺と優奈は緑茶、陽葵ちゃんはコーラ、両家の親とおじいさん、20歳になっている真央姉さんはビールだ。
全員が飲み物を用意できたのを確認したのか、おじいさんはコップを持って立ち上がる。
「まずは和真君。有栖川家からのお願いを受け入れてくれて、優奈の夫になってくれてありがとう。祖父として嬉しく思うよ」
「いえいえ」
「そして、和真君と優奈。結婚おめでとう! 2人の新しい門出を祝して乾杯するぞい! それでは、みなさんご唱和ください。乾杯!」
『乾杯!』
9人全員で唱和し、飲み物の入っているコップを軽く当てた。
こうして、長瀬家と有栖川家の食事会が始まった。
まさか、有栖川家と一緒に夕ご飯を食べることになるとは。昨日、夕ご飯を食べたときには想像もしなかったな。優奈を結婚することを含めて。
さてと、食事会が始まったし、お寿司を食べるぞ。
寿司下駄に並んでいるお寿司を見ると……どれも美味しそうだな。マグロや玉子、かっぱ巻きといった回転寿司や出前寿司で馴染みのあるネタから、大トロやウニなど高級そうなネタまで幅広い。
「どれも美味しそうだね、カズ君っ!」
普段よりも甘い声で真央姉さんはそう言う。頬を中心にほんのりと赤くなった顔にはニコニコとした笑顔が浮かんできて。ビールを飲んで酔っ払い始めているようだ。姉さんのコップは空になっているし。
「美味しそうだよな。……まずはマグロにするか」
箸で寿司下駄からマグロの赤身を掴み取る。俺とほぼ同じタイミングで、優奈が近くにある玉子を取っていた。
ネタであるマグロに少し醤油を付けて食べる。
「……美味しいなぁ」
酸味のあるマグロの赤身とシャリがよく合っている。わさびがほどよく利いているのもいいな。
「玉子美味しいですっ」
優奈は可愛らしい笑顔でそう言う。
「優奈は玉子が好きなのか? 最初に食べたから」
「そうですね。玉子が大好きです。他にも穴子やおいなりさんも好きですね」
「そうなんだ。美味いよな。あと、優奈は甘い系の寿司が好きなんだな」
「そうですね。マグロとかも好きですよ」
「さすがはスイーツ研究部の部長だね、お姉ちゃん」
「スイーツ研究部部長……ああ、新年度が始まった直後の部活動説明会に出ていたな」
俺達の通う高校では、2年生と3年生はテレビ中継という形で部活動説明会の様子を見る。その説明会で、優奈は制服にエプロンを身に付けた姿でスイーツ研究部の説明をしていたっけ。あと、優奈の隣に井上さんがいたな。
「お菓子を食べるのも作るのも好きでスイーツ研に入っているんです。私が部長で、萌音ちゃんが副部長です」
「そうなのか。あと、井上さんは副部長だったのか。説明会にも出ていたもんな」
「はい。萌音ちゃんが副部長で心強いです。普段から一緒にいることが多いですし」
「教室でいつも一緒だよな。俺のバイト先に来るのも彼女が多いか」
「そうですね。あとは、萌音ちゃんきっかけで仲良くなった千尋ちゃんとも一緒にいることが多いです」
「千尋……ああ、佐伯さんのことか。彼女も優奈と一緒にいるな」
「ええ。2人とは特に仲がいいですね」
と、優奈は柔らかい笑顔で言う。教室で井上さんと佐伯さんと楽しそうに喋っていたり、お昼ご飯を食べていたりするので、特に仲がいい友人なのも納得だ。
「萌音さんはとても可愛いですよね。それで、千尋さんはかっこいいですよね。背も高いですし、バスケ部ですし、ポニーテールが似合ってますし……」
陽葵ちゃんはちょっとうっとりとした様子でそう言う。優奈の妹だから、2人とは面識があるか。あと、陽葵ちゃんは佐伯さんに憧れているのかな。佐伯さんは明るいし、凜々しい雰囲気の見た目だもんなぁ。あと、佐伯さんは女子バスケ部に入っているのか。そういえば、自己紹介で元気良く言っていた気がする。
「話を戻しますが、和真君はマグロが好きなのですか? さっき、マグロを取っていましたし」
「ああ。赤身とか中トロが好きだな。あとは鯛とか鯖も好きだよ」
「そうなんですね。どれも美味しいですよね」
優奈は柔らかな笑顔でそう言う。妻に自分の好きなものを美味しくていいと言ってもらえると嬉しいな。さっき、優奈も同じような思いを抱いたのだろうか。
「あたしはサーモンとエビが大好きです!」
「そうなんだ。その2つも美味しいよね」
「ですよねっ。真央さんはどんなネタが好きですか?」
「私は……イクラとかウニとかネギトロとか軍艦が特に好きだよ。あとは巻きものとか」
そういえば、回転寿司に行くと、真央姉さんは軍艦ものとか巻きもののお皿を多く取るな。出前寿司を食べるときも、たまに交換しないかって言われることもあるし。
好きな寿司ネタの話をしたからだろうか。優奈はいなり、陽葵ちゃんはサーモン、真央姉さんはイクラを食べている。みんな美味しそうに食べていて可愛い。
俺は好きなネタの一つである鯖を食べる。……美味しい。これまで食べている回転寿司や手前寿司のものよりも美味しい。
「結婚した2人も、義理のきょうだい同士になった4人も楽しそうだねぇ。君達を見ていると、これからもジジ活を頑張ろうと思える」
「ジ、ジジ活ですか?」
初めて聞く単語だったので、おじいさんに聞き返してしまった。ジジ活って何なんだ?
「世の中では『パパ活』という言葉がよく言われているだろう? それのおじいさんバージョンだよ。愛おしい孫娘達のためにおじいちゃんとして全力を注ぐことさ。もちろん、優奈の夫の和真君やお姉さんにもな」
「な、なるほど。そういう意味ですか」
おじいちゃん活動ってことか。真っ当な意味で安心した。
ただ、世間的に言われている『パパ活』は、金銭を受け取って男性と食事をしたり、デートをしたりすることなんだけどな。性的問題もあって、パパ活という言葉はいいイメージではあまり使われていない。そういったことを知っているのか、優奈達はみんな苦笑いをしている。
「こ、これからもおじいさんにはお世話になることがあると思います」
「何かあったり、お願いしたいことがあったりしたら遠慮せずに言いなさい」
「ありがとうございます。あと、ジジ活って言うときは、今みたいに『孫のために頑張ること』という意味も言った方がいいと思います。あらぬ誤解されるかもしれないので」
「うむ。和真君がそう言うのなら気をつけよう」
快活な笑顔でおじいさんはそう言ってくれた。良かった。有栖川家のみなさんはほっとした様子に。
大企業グループの会長さんでも、正確な意味を知らない言葉があるんだな。パパ活は近年出てきた言葉だからなぁ。あと、おじいさんはスマホを道ばたで落としてしまったりもするので、年相応な一面があるとも言えるか。
「あの、お姉ちゃん、和真さん」
「何ですか、陽葵?」
「どうかした? 陽葵ちゃん」
「せっかく夫婦になったんですし、お寿司を一つずつ食べさせ合うのはどうですか?」
ワクワクとした様子でそんなことを提案してくる陽葵ちゃん。
「それはナイスアイデアじゃ、陽葵! 2人が食べさせ合うのをおじいちゃん見てみたいぞ!」
陽葵ちゃんに負けず劣らずの興奮した様子でそう言うおじいさん。孫絡みだとテンション高くなるなぁ、このじいさん。
優奈と食べさせ合う……か。うちの両親や、仲のいいカップルがやっている姿見たことがある。いつかは好き合う夫婦なりたいと優奈が言っていたし、お寿司を食べさえ合えば彼女との距離が縮まりそうだ。
真央姉さんや親戚の女の子の影響で、女性と食べ物を一口食べさせ合うこと自体にそこまで抵抗感はない。今回の相手は妻の優奈だからな。ただ、みんながいる前でするのはちょっと緊張する。
優奈はどうだろう? そう思って優奈の方を見ると、優奈は頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見ていた。そういう姿も可愛くて。
「優奈は……どうだ?」
「……か、和真君が相手ですから、一つずつ食べさせ合うのもいいかなと思います。ただ、両親達がいる前ですからね。和真君が嫌じゃなければ、私は……いいですよ」
そう言うと、優奈は俺の目を見つめながら微笑む。俺とお寿司を食べさせ合うのをいいと言ってくれたことが嬉しい。
「……分かった。優奈がそう言ってくれるなら、一つずつ食べさせ合うか。ここにいるのは両家の家族だけだし」
「は、はいっ」
優奈ははにかみながら返事した。
一つずつ食べさせ合うことになったからか、おじいさんと陽葵ちゃんはとても嬉しそう。両家の母親達は「あらあら」と楽しそうに、父親達は微笑んでいる。真央姉さんは羨望の眼差しをこちらに向けていて。みんなから注目が集まって緊張するけど……しよう。
「優奈。まずは俺が優奈に寿司を食べさせてあげるよ」
「分かりました」
「確か、穴子が好きだって言っていたよな」
「そうです。穴子を食べさせてくれますか?」
「分かった」
俺は近くにある穴子を箸で掴み取り、優奈の口元まで運ぶ。
「はい、優奈。あーん」
「あ、あ~ん」
優奈に穴子を食べさせる。その瞬間、陽葵ちゃんと真央姉さんから「きゃっ」と可愛い声が。
穴子が口に入ると、優奈はさっそく笑顔になってモグモグと食べている。自分が食べさせたのもあって、物凄く可愛く見える。
あと、今になって気付いたけど、俺の箸で食べさせたってことは、優奈と間接キスしたんだよな。それを思うと、体が段々と熱くなってくる。優奈も気付いたのか、頬の赤みが強くなっている。
「穴子美味しいですっ。ありがとうございます」
「いえいえ」
「……では、今度は私が。確か、和真君は鯛も好きだと言っていましたね」
「ああ。大好きなネタだよ」
「ですよね。あと、結婚してめでたいという意味も込めて、鯛を食べさせてあげます」
「ははっ。ありがとう」
優奈は自分の箸で鯛のお寿司を掴み、ネタに少し醤油を付けて俺の口元まで持っていく。
「は、はいっ、和真君。あ~ん」
「あーん」
優奈に鯛のお寿司を食べさせてもらう。その瞬間、陽葵ちゃんと真央姉さんが再び可愛い声を漏らす。
この鯛……脂が程良く乗っていて、歯ごたえもあってとても美味しいな。これまでに食べた回転寿司や出前寿司よりも美味しい。あとは、優奈の箸で優奈が食べさせてくれたのもある……かな。頬が緩むと同時に、体がますます熱くなってくる。
「……鯛、凄く美味しいよ。食べさせてくれてありがとう、優奈」
「いえいえ。美味しく食べてくれて嬉しいです」
優奈はそう言うとニッコリと笑った。
「いい感じでしたよ、お姉ちゃん、和真さん!」
「初々しい感じがいいのう」
「いいですねぇ。2人を見ていたら、拓也君と初めて食べさせ合ったときを思い出しました」
「私も主人とのことを思い出しました」
陽葵ちゃん、おじいさん、母さん、彩さんはそんな感想を言う。みんな好意的で良かったよ。自分の妻が昔のことを思い出したのか、父さんと英樹さんは優しい笑顔になっている。
「優奈ちゃん羨ましいっ! お姉ちゃんもカズ君にお寿司食べさせるっ!」
真央姉さんはそう言うと、不満そうな様子でちょっと頬を膨らませる。姉さんならそう言うと思ったよ。ましてや、今は酔っ払っているし。
その後も、学校でのことを話したり、両家の両親やおじいさんの新婚時代の話を聞いたり、真央姉さんとお寿司を食べさせ合ったり、お店の方に頼んで9人全員での写真を撮ったりするなどして食事会の時間を過ごす。
優奈もたくさん笑顔を見せてくれたし、とても楽しい時間になった。
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