第3話  女装男子と学校案内

放課後。


 「あ、お兄、ひーちゃん!!」


 たっちゃんの教室に赴き、一年生の教室が集まる三階へと向かった。

 そこで大きく手を振る夏鈴ちゃんを見つけ僕たちは駆け寄る。


 「夏鈴ちゃん、お待たせ」

 「全然待ってないよ~。それにしてもひーちゃん、今朝はお楽しみだったらしいじゃん」

 「?」


 夏鈴ちゃんが耳元で小さく呟いた言葉に僕は首を傾けた。お楽しみ? なんのことだろう。


 「廊下でお兄に抱きつかれたって。大胆だね~」

 「にゃ、にゃんでそ──、……なんのことか分かんないなぁ~~」

 「あはは、やっぱひーちゃんだったか~。まぁ、お兄がひーちゃん以外のかわいい子に抱きつくわけなよね」

 「てか、なんで知ってるの?」

 「噂でね~、『二年のイケメン転校生が、早速かわいい女子に抱きついた。女子の方も満更でもなさそうだった』って。ひーちゃんまた顔真っ赤にしたんでしょ?」

 「し、してないから……」

 「ひーちゃん嘘下手すぎ~。てか、今も真っ赤だし。思い出しちゃった?」

 「違うから!!」

 「二人でなんの話?」


 と、ここで今まで蚊帳の外だったたっちゃんが会話に混ざる。


 「なんでもな~い。さ、ひーちゃん。どこを案内してくれるの?」

 「あ、うん。とりあえず、特別棟と、部活棟かな。あと、今いる生徒棟はどうする? 基本的に教室しかないけど」

 

 生徒棟は四階建てで、一階が三年の教室、二階が二年の教室、三階が一年の教室となっており、二人ともその事は何となく分かっているだろう。


 「この上にはなにがあるの?」


 と、夏鈴ちゃんが上へ続く階段を指差し僕に尋ねる。


 「図書室かな。あんま行く機会ないけど」

 「じゃあ、いいやー。お兄もいい?」

 「ああ」

 「じゃあ、まず特別棟に行こっか」


 僕は、少し離れたところにある渡り廊下を指差し、歩きだした。


◇◆◇


 僕は十五分ほど特別棟を案内し、部活棟へ向かうため外を歩いていた。

 この時間の校舎の外は帰宅する人や、部活動へ向かう人などの行き来があり、かなり賑やかだ。

 僕たちも部活動へ向かう人の後を追い、部室棟へと向かった。僕は帰宅部のため部室棟へ向かうのはかなり久しぶりだ。少し緊張する。


 五分ほどで部活棟へたどり着いた。多くの部活の部室が入っている部活棟は、外観はかなり綺麗で、その上防音設備まで整っている。

 僕たちは、部活棟の中に入ってすぐのところにある、勧誘ポスターが掲示されている掲示板の前で立ち止まった。


 「二人はなにかやりたい部活あるの?」

 「あたしはまだかな~。ひーちゃんはなにかやってるの?」

 「ううん。僕は帰宅部。たっちゃんはなにか決めてる?」

 「俺はサッカーだな」

 「あ、たっちゃんまだサッカー続けてたんだ。ここのサッカー部結構強いらしいけど大丈夫?」

 「お兄の前いた学校も結構強かったらしいし大丈夫じゃない?」

 「俺はどこでも全力でやるだけだよ」

 「スポーツマンは言うことが違うなぁ」


 まぁ、たっちゃんは身長も高いし、体も引き締まってるから、もしかしたらレギュラーで使ってもらえるかもしれないかな。


 「うーん、あたしはどうしようかなぁ。こうもたくさんあると迷っちゃう。部活ってここにあるので全部なの?」


 夏鈴ちゃんは掲示板を指差しながら、僕にそう尋ねた。


 「確か、吹奏楽部とか家庭部とかの文化部系は特別棟でやってるのも結構あったかな。でも特別棟でやってる部活も大体はここにポスターだしてるんじゃないかな」

 「そっかぁ、うーん、あたしは今日はいいかな。友達がどこに入ってるかとか聞いて決めることにする」

 「確かにそれがいいかもね。たっちゃんはどうする? たぶんサッカー部の見学とか出来ると思うけど」

 「お、じゃあ見てみたいな」

 「じゃあ、グラウンド行こっか。夏鈴ちゃんはどうする?」

 「あたしも見よっかな」

 「じゃあ、みんなで行こっか」


 僕たちは部活棟から出て、グラウンドへ向かう。とは言ってもても、部活棟からグラウンドへはそれほど距離もなくすぐについた。


 僕たちはまずサッカー部の顧問の先生のもとへ向かった。

 見学するだけなら勝手に見ればいいけれど、どうせ入部するなら話を通しておいた方がいいだろう。


 「日賀野ひがの先生。ちょっといいですか?」


 僕はゴールの裏にある用具倉庫の前で、パイプ椅子に座っている日賀野明宏あきひろ先生に声をかけた。日賀野先生は僕のクラスの数学を担当している先生のため面識もある。


 「おお、佐久間か。どうした?」

 「部活の見学をしたいんですけどいいですか?」

 「お前サッカーに興味あったのか?」

 「あ、僕じゃなくて彼が」


 そう言って僕は後ろについて来ていたたっちゃんに視線を向けた。


 「ああ、転校生の」

 「はい、本間龍生です」

 「経験者?」

 「はい。小学生の頃から」

 「おー、ポジションは?」

 「センターバックをやっていました」

 「タッパあるもんね。今日はスパイクとか持ってる?」

 「あ、いえ。今日は……」

 「そっか、じゃあ今日は見学だけだね。あと三十分くらいで終わるから好きに見てなさい」

 「はい、ありがとうございます」


 たっちゃんはそうお辞儀して、日賀野先生の隣に立って、グラウンドを見始めた。僕と夏鈴ちゃんは、その横でしゃがみこむ。

 僕はサッカーのことは全く分かんないから、三十分でも少し退屈だ。


 「ねえねえ夏鈴ちゃん。そういえばたっちゃんの前いた学校ってどこなの?」

 「明生大付属っていう男子校だよ」

 「え、本間くん明生大付なの? 強豪じゃん。試合出てた?」

 

 日賀野先生が僕と夏鈴ちゃんの会話を聞いて驚きの声を上げる。


 「一年の十月くらいから徐々にって感じですかね。二年になってからはほぼレギュラーでした」

 「そのタイミングで転校か。辛かったでしょ?」

 「まぁ、俺はどこでも全力でやるだけっす」

 「心強いねぇ」

 「先生も知ってるってことはたっちゃんの前いた高校ってやっぱり強いんですか?」

 「都でベスト8は固いな」

 「へー」


 実際はどうなのかよく分からないが東京でベスト8って聞くとすごく感じる。東京って学校いっぱいありそうだし。


 「じゃあ、夏鈴ちゃんの高校はどんなとこだったの?」

 「あたしは紅玉高校ってとこ。普通の私立高校って感じだったかな」

 「そこでは部活やってなかっ──」

 「ひーちゃん危ない!!」


 夏鈴ちゃんの甲高い声が耳元で響いた。グラウンドの方からサッカー部の人たちの声も聞こえる。

 視線をそちらに向けるとものすごい勢いのボールが目前まで迫っていた。

 僕は顔を背けながら両手で頭部を守った。

 それからしばらくしても想像していた衝撃は訪れなかった。恐る恐る顔を上げると、僕の目の前にたっちゃんが立っていた。


 「ひーちゃん大丈夫?」

 「あ、うん。あ、ありがとう……?」


 たっちゃんの心配する声に僕は首を傾けながら答えた。たっちゃんが僕の前に立っているということはそういうことだろう。

 その時、グラウンドの方から見慣れた顔がこちらに向かってきていた。


 「ごめんな、佐久間。それと君は……あ! 今朝の転校生! ありがとな!」


 クラスメートの林だ。僕とは仲がいいわけではないがたまに話すような間柄だ。


 「ん? 俺たち今朝どっかで会ったか?」

 「いや、そうじゃなくて今朝教室の前で佐久間に抱きつ──」

 「あーーーー!! 林、僕全然大丈夫だから早く練習戻りなよ!!」

 「お、おう」


 僕は林の言葉を遮るように大きな声を上げ、続いてはなった言葉に林は戸惑いながらも頷いてグラウンドへ踵を返した。


 「先生、さっきみたいなことがあるといけないんで俺たちあっちの方で見ます」


 と、たっちゃんが校舎の方を指差し日賀野先生に告げる。

 その言葉に日賀野先生も頷く。


 「そうだな。その方が安全だ」


 たっちゃんは日賀野先生のその言葉を聞き、僕たちの方に向き合った。


 「立てる?」


 そう両手を僕と夏鈴ちゃんの前に差し出した。


 「?」


 僕が首を傾けていると、夏鈴ちゃんはたっちゃんの差し出された手を掴み立ち上がる。あ、これってそういう。


 「ありがと、お兄。ほら、ひーちゃんも」

 「あ、ありがとう」


 そう言って僕もたっちゃんの手を掴み……、あれ、これ恥ずかしいぞ。昔はよく手繋いだりしてたのに。と、一瞬躊躇ったもののゆっくりとたっちゃんの手に触れると、たっちゃんは僕の手を力強く掴み、僕のことをゆっくりと持ち上げた。


 「じゃあ、あっち行こっか」


 たっちゃんによって握られた右手がまだじんじんする。


◆◇◆


 あれから六時頃までサッカー部を見学し、帰路に着いていた。

 もうすぐ二人の家だ。


 「ねえ、二人とも連絡先交換しとかない? スマホ持ってるでしょ?」

 「そういえばしてなかったね。しよしよ! はい、これあたしの。ほら、お兄も」

 「ああ」

 

 三人でスマホを出しあい、連絡先を交換する。なんだか不思議な感じだ。


 「ありがと! じゃあまた明日ね!」

 「うん、また明日!」


 そう言って、二人は家へと帰っていく。僕はそのまま数十秒の距離を一人で歩く。なんだか少し寂しい。いつもは凛花もいるから余計に。


 「ただいまー」

 「お帰り、遅かったね」

 「うん、たっちゃんたちに学校案内してた」


 僕はそう母に伝えスマホを起動する。見慣れないアイコンからメッセージが来ていた。

 デフォルメされたかわいい龍のアイコン。たっちゃんだ。メッセージ画面を開くと、初期からはいっているスタンプでよろしく、と来ていた。


 「ふふ」


 と、そう少し声に出すと、たまたま姉が通りかかって。


 「あんたなににやにやしてんの?」

 「なんでもない!」

 「ふーん」


 姉は興味無さそうにすぐにその場からはなれていった。

 僕はその後、自分の部屋に戻ってからたっちゃんにスタンプを送り返した。

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再開したイケメン幼馴染みに抗えない女装男子の灯織くん 凪奈多 @ggganma

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