02青宿 悠人 01
私の死もご多分に漏れず自殺である。
首吊り自殺。
ロープはホームセンターで麻のものを購入し使用した。詳しくは記載しない。いや、記載できない、というのが正しいか。実のところ死ぬ間際のことについては死後になった今となっては曖昧であり、わからないからなのだ。それにこれを読んだ人物に自殺念慮を抱かせたり、具体的な手法を記すことで模倣されては困るからでもある。死神になった後とはいえ、そんなことがあれば気分が悪くなるに決まっている。どうやって死んだのかはこの死神の本に書かれている。皆まで言うまい。この世界に送り込まれた全員の死に際が記されているのだ。そう、神北も海星も六合東も戀風も。すべて手にとるようにわかってしまう。死神というのはそういう存在であるらしい。
死神の仕事はもう一つある。龍神の作り出した死後の安らかな世界を守ることである。誰にも邪魔されず、平穏で安らかな日々を送ることができなかった者たちのために幸せな生活を何不自由なく与える世界。その世界の守護である。具体的には世界の破壊を企む者、世界からの脱出を図るもの、世界内部で殺人若しくは平和や秩序を乱そうとする者たちの排除・粛清である。また、死神には一人に一つ武器を与えられており、それは黒々しい異彩を放つ共通の特徴を持っている。黒曜石のように黒く鋭利で、ダイヤモンドのようにどこまでも純真で硬い武器。
青宿悠人は武器を先輩から譲って貰っている。
今は記憶が無いので名前が『リトルバスターソード』という名前であること以外は覚えていないが、この世界に迷い込んだときに死神を放棄した死に損ないの死神から譲り受けたものだった。
※ ※ ※
揺れる。揺れている。
エンジン音。振動音。
ガスの抜ける音。発射の汽笛。エンジン音。エンジン音。
タイヤの微かに擦れる音。ゴーッと空気を切る音。エンジン音。エンジン音。
目を覚ます。
いつの間にかバスに乗っていた青宿は、やがて隣に誰かが座っていることにきがつく。
「私はいったい……」
「気がついたか」
「あなたは?」
「私は赤坂という。この通り武器を片手に旅をしている」
「武器?」
「そうだ。そうしてちょうど今、武器を誰かにあげようとも考えていた」
「なぜ?」
「疲れたのだ。見ての通り私はボロボロだ。傷だらけで、腹部には致命傷を負っている」
「えっ……」
「ああ、なに。心配することはない。死ぬことはないから安心したまえ。それよりも私は戦いに疲れてしまった。だからこの武器、リトルバスタードをきみにあげようと思う」
「私に?」
「そうだ。君に」
そう言うと赤坂という男は私にリトルバスタードという大剣を渡した。黒くて重い剣だ。
「はははは。これで良い、すべてよい。確かに君に託した。それを使おうと使うまいと君の自由だ。だから君はこれから旅に出るのだ」
「旅?」
「そう。旅だ。君は旅人だ」
旅人。その言葉は何故か懐かしい感じがしたし、今の私に実にぴったりだと、そう思えた。
「世界に抗うのも良し。世界に従うのもまた良し。大切なのは選んだ選択を裏切らないと言うことだ」
「裏切らない」
「そうだ。こっちのほうがいいと思ってこっちを選んでみたが、やっぱりあっちのほうが良かったからあっちに変えるわ……なんていうのは最悪だ。それは裏切りとなる。裏切った顛末はどうなるか。……私の腹のようになってしまう。無惨だな。はははは!」
「その、私には何がなんだか……」
「考えるな。諦めるな。しかして自分の選択を裏切るな。どのような結末だろうと受け入れろ。それが
「死神?」
「そうだ。死神だ」
赤坂は一息吐き、少し苦しそうに腹を抑えながら続けた。
「死神っていうのは悪い存在ではない。むしろいい存在だ。片方から見れば神の元で働く公務員のように見えるかもしれないし、もう片方から見れば反逆者に仇為す敵のように見えるかもしれないが、しかし悪い存在ではないのだよ。実にヒーローそのものだと私はそう考える」
「ヒーロー、ですか」
「そうだ、ヒーローだ。成ればわかる。ならぬとわからぬ」
頑張りたまえ。
それだけを言うと、赤坂という男は霞むように、微笑むように姿が薄くなっていき、やがて消えてしまった。
赤坂との会話の記憶がなくなり、自分が日雇いの仕事探しの旅人であると錯覚し始めたのはこの直後からであった。
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