シンソウ少女編
1.真相少女
「世界の真相を知りたくはないかい」
「君は誰だい?」
「私はシンソウ少女。透明少女たちを護る者」
「そしたら……僕は誰だい?」
「君はまだ不確定。迷ってる状態。迷い込んだ状態。死神にもなれるし、透明にもなれる。別の形もある。私達シンソウとか、ね」
「そっか。まだ決まってないんだ」
「そう。決まったら教えてね」
「わかったよ。そうする」
ええと、
「わたしの名前は
種田。
僕の名前。
種田 │
僕は、
僕はなぜここにいるの?
※ ※ ※
日差しの強い夏だった。雲は一つもなく、薄く白が見えるほどに濃い蒼に染まった空は、今日も大きくて広くて雄大だ。僕はそんな空が好きだ。誇らしくさえ思えてくる。気分が晴れ晴れとして、すっきりと清々しい気分になり、そして泣きそうになる。
自分がこれまで生きてきた意味がないと思い、それは悲しいな、って泣きそうになる。
生きてる意味は何か考える。分からない。生きてきた意味は何か考える。分からない。生きる意味はないのか? 分からないが、そうかもしれない。自分の代わりはいる? いくらでもいる。少し休んでも何事もないように世界はまわるもの。かけがえのないものが自分にある? いや、そんなものはない。なにもない。かけがえのないものなんてこの世にはない。希少価値だとかそんなものはない。存在しない。大概はお金のように何か別なものと交換することができる。代替性がある。掛け替えなくない。そう。自分にはなにもない。生きる意味も、生きてきた意味もなにもない。この空のように空だ。広くて大きいだけ。雄大ですべてを受け入れるだけ。受け入れて諦めるだけ。まるで僕は空のようだ。だから、悲しいなと思って泣きそうになる。
「泣いているのか?」
誰だろう。話しかけられた。商店街のシャッターの一つに背もたれ、片膝を立てて座り、側に巨大な刀のようなものを立て掛けている。黒い服装の上下に、長い前髪。よく見えない。
「……だれ?」
僕は尋ねる。わからないから尋ねる。
「死神だ。泣いているのか、と聞いた」
「死神さん? ううん。泣いてないよ。泣きそうになったけど、泣けない。泣くに泣けない。そういう気持ちなんだ」
「そうか」
「うん」
死神さん。死神。どこかで聞いたことのある言葉だと思ったけど、さてどこだったのだろう。思い出せない。……うう、暑い。ひざしがつよい。汗が流れる。僕も彼のようにどこかで休もう。
「なあ、仕事……必要じゃないか」
「? 仕事?」
「ああ、仕事だ」
死神さんに声をかけられ、引き止められた僕は仕方なくそのまま話をする。
「正確には必要なのは俺の方だ。俺は今仕事がない。無職だ。そこで、提案なのだが用心棒を雇わないか? そうすると俺は仕事を得て無職ではなくなる」
「僕にメリットは?」
「用心棒を雇える。そして用心棒を使って仕事ができる」
「仕事?」
「そうだ、仕事だ。世の中仕事をしないと生きていけない。生きるだけでお金はかかるだろう? 税金、食費、家賃。エネルギーや水と食料を自給自足できたとしても、税金は払わないといけない。世知辛いが」
「税金……」
「お前まだ子供だからわからないとか考えてないか? 令和の次のこの時代、成人年齢はもはや17まで下がったんだ。見たところ高校生ぐらいだろう。そう遅い年ではないだろう」
「え? 成人はこの間18に下がったんじゃ……あれ? 令和の次?」
「設定上そうなっているらしい。詳しくは俺もよく知らないんだけどな。まあ、あれだ。そんなことより用心棒雇えよ。な?」
「は、はぁ」
なんか状況的に断りにくくなってしまい、僕はこの身の程も素性も知らない男を用心棒として雇うことにした。
「私は名を青宿という。よろしく」
「はい、死神の青宿さん。僕は種田霖といいます」
「そうかリンか。なんか懐かしい名前だな……いや、悪いこっちの話。よろしくな、霖」
「それで、用心棒を雇って行う仕事ってなんですか?」
「霖。それはあれだ」
死神の青宿が指差す方向。それはバス通り沿いの果てなき一本道のずっとその先。蜃気楼や逃げ水のように見える冗談のような代物。
巨大な四本の翼を広げ、地に四の足を着けて静寂と共に過ごしている龍だった。
「えっ……あれ敵なんですか?」
「そうだ、敵だ。目標だ」
「えっ、でもあんな遠くの……でもこんな距離でも姿がはっきりわかるほど巨大な龍なんて、なんで?」
「なんで、とは」
「いや、危害とか危険あるのかなって。ほら、遠くに観覧車が見えるのと要は同じじゃないですか?」
「確かにそのとおりだ。霖の言うとおり、あれはあそこにいるわけじゃない。見えるだけでしかないから脅威云々で言えば危険は限りなくゼロに近い」
「見えるだけでいない?」
「そういう世界だと思え。この町は外から入れても出ることができないからな。つまり町の外にいる龍は見えるけどあそこにいるわけじゃない。そういう訳だ」
「えっ、そしたら用心棒ってーー」
「必要だ。きっと役に立つぜ。食費だけでいいから、雇ってくれ」
「えぇ……。そう言われましても…………」
僕は悩んでいた。そもそも雇えるお金がない……と思う。そういえば僕はどうやって生活していたんだっけ?
「それならとっておきの場所がある。良いアジトがあるんだ」
死神はそう言うと、すっと立ち上がり、刀を背にして歩き始めた。僕は仕方がないのでついていく。町から歩いて十数分ぐらいのところ。見覚えも土地勘もまったくない不安な心持ちでついていく。
とある学校の敷地内に入り、校舎の裏側にある体育館の裏に来た。そこは大きな木が二本生えているせいで鬱蒼としていて薄暗く、人目につきにくい。気温も少し下がったように感じで、幾分涼しく思う。
体育館に寄り添うように、一つ大きめの穴が空いていた。人工的で、落とし穴やマンホールの穴よりも綺麗に見える。そして明るい。そんな穴だ。穴には階段が掛けられていた。それは下へ下へとどこまでも続いているかのようで、誘うような恐ろしさを一部では感じ取れてしまうほど続いている。
階段を降りていく。掴んだ手を下の段にかけ、体を縮こませて、下を見、死神が先行しているのを確認してから足を下の段へと降ろす。繰り返す。やがて階段側に別の通路ような円形の穴が見えた。死神はすでにその中をよつん這いで進んでいる。下が下水道の水になっていることと、ちょっとすると死神を見失いそうになることが同時進行したため、急いでその穴へと体を追いやった。
穴を抜けるとしばらくは無機質なコンクリの通路が続いていた。電気は裸電球が所々にあるのみでだが、至って明るい通路だった。見通しも良い。古く風化している様はなく、使い古されている中古感が感じられない新品のような通路。
そのデジタルな通路に似つかわしくない、木製のアナログなドアがその部屋の入口だった。『PUSH』と書かれているので、押して開けるタイプのドアらしい。よく見ると木製で、ところどころほつれており、角のほうがそのような傾向にある。傷もあちらこちらについており、年季を伺わせる存在だ。
「ここだ」
そこは使い古されたバンドハウスのような空間であった。人の気は他になく、電気を付けると温かみのある部屋であることがわかる。エントランスには雑多にソファが一つ置かれ、カウンターが一つある。奥の方を見やるとドアが見え、部屋がいくつかあるようであった。
「すきなへやを使うといい。おれはこの辺りをねぐらにしているから」
死神はエントランスのソファで寝るのだという。まるで何かから防衛する見張り役のようなポジション。
「わかりました」
「食料はカウンターのうらにあるから好きなときに食べるといい。俺もそうしている」
「はい」
「したらな。俺は少しようがあるから外に出る」
「え? 用心棒は?」
「大丈夫。そんなに遠くはないから呼べばいつでも駆けつける。そうだ、それならばこれを」
そう言うと死神は僕に小さな笛を渡した。これを吹けというのか?
次に見上げたときに死神はそこにはもういなかった。
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