旅 _ air girl _ 人

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

透明少女編

第1話 しょうゆらーめん

 夏になると、いつも空を見上げる。他の季節よりも空が大きく広く見えるのは雲が存在感を増しているからかもしれない。頭身よりも大きな剣を背にしながら旅を始めたのも確か夏の日だったように思う。その日暮らしの稼ぎを武力と暴力を活かせずに得てきたこの旅は、数日に一度稼げれば良い方だった。現実という現世はなかなか厳しいのだ。暴力と武力はご法度。仕方無しに世のルールに則り、求人情報のフリーペーパーを頼りとする他になく、宛も金もないのでそれをズボンに突っ込んでバスに乗る。そんな旅であった。そして、そのとある夏に、海の合う人の少ない街にやってきた。そう。そんな普通に暑いその日に俺は、

 

 

 

 バスが嫌いになりそうだった。

 

 

 

 

 移動は電車よりもバスの方が好きだった。長時間・長距離移動できる性能がありながら走る期間は限りなく短距離に決められているのが好きだった。高速・長距離などというものもあったが、それではバスの良さである安さがなくなる。旅人に金は常にない。安くて、地元の足を知らない他人が使う。誰かの日常を非日常の時間として共有する。そのゆっくりと退屈すぎる時間を安く買う。おまけに移動できる。だから好きだった。しかし、嫌いになった。いや、正確には嫌いになりそうだった。

 

 

「ねえ? どこからきたの? 何て名前言うの? その長いモノは何? なにするの? 海とか見るの? の?」

 

 

 なぜか質問攻めにあっていた。隣の席に偶々《たまたま》居合わせた金糸雀(かなりあ)色に髪を染めた制服の少女に、それはあまりにも不思議なものを見つけたかのような目で見られ、あれこれ聞かれていた。無理もない。剣を持ち歩く人など、令和だろうと昭和だろうといない。珍しいのだ。彼女はブレザーの制服を着崩すことなく、流行も改造もせずに着ており、そして今が早朝であることから地元の学生だろうかと思うのだった。   

 

 

「私は名を青宿《あおやど》と言う。仕事を探してバスで旅をしている。ええと、学生さん?」

 

「そう! 高校2年! 私は祈鈴いのり。戀風祈鈴《こいかぜいのり》。昔の、難しい方の恋愛の戀に風で、こいかぜです。 お祈りにりんりんの鈴を付けて祈鈴です。あなたは、学生じゃないのかな、な?」

 

 

「ああ、学生じゃない。宛も、身寄りもない、その日暮らしの旅をして過ごしてる。年は、同じぐらいかもしれない」

 

「ふーん。いいね、ね? そういうの」

 

「そうか? ああ、まあ、そうか。確かにそう見えるかもしれない。でも、実のところ良くはないんだ、これ。旅と言っても、その日生きるのに精一杯。端に言えばホームレスだ」

 

「ふーん」

 

 

 少女との会話はそこまでだった。おかけでバスはまだ嫌いじゃない。一人の時間を取り戻したからだ。仕事ならそうはいかない。人との関わりを良しとされ、やらざるを得なくなる。プライベートぐらい、一人で過ごしたい。


 

 それからだった。それはひとり言なのか、俺に対しての言葉なのか、彼女が目線が前を向いていたため判別できなかったが、金糸雀色の少女はぽつりと話し始めた。

 

 

「透明少女はまだ消えてないよ。どちらにしたって選ばないといけない」

 

「ーーな、何か言った?」

 

 

 反応はなかった。

 

 

 それから十数分は海沿いの景色が流れるだけだった。海は渚以外に波はなく、静かであった。青く広いのは海だけでないと張り合う空には大きな雲が未だに一つある。暑さすらも幻想さを感じてしまい、来ると終わる唯一の季節である夏はとても好きだ。冬の終わりには春が来ると言い、秋は過ぎゆくもの。終わりを惜しまれる夏はなぜか儚い。

 

 

 少女は頭を深く下げて途中下車した。やがてバスが終着となって、小銭を入れて降りた。そこは見回しても、調べても知らない町だった。名前の聞き覚えもない。知らない町。ただ、暑い空気の創る季節があるだけの場所だった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 

 町に着いてからは仕事を探し始めた。生活するには何をしてもお金が必要で、お金は仕事をして働かないと手に入らない。少なくとも、学や才のない自分は働かないと稼げない。生きるために、生活するために働く。生きるとは働く。だから生きるのは時々嫌になる。しかし、今は七月だ。五月は過ぎた。諦めて生きるべき季節だ。バイトでも、社員でも、外注でもなんでもいい。自分で生きていく。そう、せざるを得ない環境にいるのだから仕方ない。働こう。

  

 

 保護がなくなる社会人は家族を持たなければ誰かが世話をしてくれることなど、見返りなしにはない。自分を補償できるのは自分だけ。誰かが代わりに剣を握って振ってくれることはない。安心できない世の中に保証は求められない。社会の保険とか、受けられる身分にはない。なにせ、社会不適合者だから。

 

 

「やはりこの街もだめか。働けそうにない、か」

 

 

 しかし、結局ここでも仕事は見つからなかった。三日三晩、仕事だけを探したが、残念ながら住所不定無職の男に尋ねられて答えてくれる仕事はなかった。通信手段すら持つ余裕のないのでは、労働者と見られる前に不審者扱いだ。

 

 

 仕事を探している間、高架下や公園の滑り台の上、防波堤でやり過ごしてきたが、やはりそろそろ限界であった。人間食事をしないといけないことをこの時ばかりは思い出す。

 

 

 なけなしのバス代にするはずだった金で食事をしようと、何とか食堂を見つけて入った。もはや移動はできない。これを終えたら、どうにかして稼ぎ口を見つけなければ。

 

 

「こんにち、は……」

 

 

 営業中、だよな?

 

 

 店には誰もいなかった。カラカラと手動でガラス張りの扉を開ける音が虚しく響く。町の食堂。年季の入った建物と開店した時の時代を感じる内装。天井にある扇風機はまわっているから、無人ではないとおもうのだが。やれやれ。

 

 

「出直します…………あっ」

 

「ごめんなさーい。ああっ!!」

 

 

 エプロンを後ろで結びながら飛んできたのは、3日前にバスで会った制服の子だった。今はピンクのワンピースに急いでつけた水色のエプロン姿。ツインテールに結んではいるが、あの髪色は今日も鮮やかだ。

 


 可愛らしい店番にうながされるまま、背にしていた剣、リトル・バスターソード通称リトルバスターを壁に掛けて丸椅子に座る。ダサい名前だろ? 俺もそうお思う。付けたやつはよほどひょうきんな奴なんだろう。間違いない。

 

 

「いらっしゃいませ。ホームレスの旅人さん、さん!」

 

「どうも。ええと、バスで会った」

 

 

 ええと、誰だっけ。

 

 

「祈鈴です。ご注文決まったら呼んでくださいね、ね?」

 

「はい」

 

 

 そうか鈴をつける祈鈴《いのり》だ。彼女は水を出しすと、少し離れたとこへてけてけ歩いていき、手を前で組んで注文を待ち始めた。

 

 

 偶然もあるものだな、と思いながら置かれているメニューを開く。そこには一行のみ書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 しょうゆラーメン…………300円

  

 

 

 

 

 他のページを探そうにも、見開き一枚のみだ。厚さがあるので、いかにも何ページもありそうだが、どれだけ探しても「しょうゆラーメン」だけ。しかも。300円。安い。が、不安になる。頼んで大丈夫だろうか。

 

 

 祈鈴の方を見ると、ニコニコと注文を待ち望んでいる。仕方ない。

 

 

 

「すみません。注文おねがいします」

 

「はーい。ただいまー」

 

 

 

 手を高く上げて元気よく返事をした。本当に待っていたとは。それにしても「ただいま・・・・」とは。なんだ、帰宅でもしたのか?

 

 

「しょうゆラーメン一つ、おねがいします」 

 

「ありがとうございます。しょうゆラーメン一つ入りました、ました!」

 

 

 

 すると彼女は店の奥、暖簾の向こう側へ、てけてけと向かっていった。どうやら彼女が作るようだ。

 

 

「えーっと、まずはお湯が沸いているのを確認して、麺を冷蔵庫から出して、自動マシンにいれて、ええと、それから、しょうゆ! このしょうゆを入れて、スープ入れて、マシンできたら、勝手に湯きりしてくれるのを見守って、うん、あとはもりつけ~。できた、できた!」

 

 

 全工程を呟きながら、何か、誰かに教えられた通りに作っていた。そして出来上がったしょうゆラーメンをお盆に乗せて運んできた。

 

 

「おまたせしましたー! しょうゆラーメンです、です!」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 ニコニコ微笑んで何かを待っている。

 

 

「いただきます」

 

「はい!」

 

 

 あまり見つめられると、食べづらいんだが……。

 

 

 気にしないようにしながら、割り箸を割って食べ始めた。

 

 

「お、おいしい――」

 

「はい!」

 

 素朴で、出汁と醤油の味。それだけの、インスタントではない手の掛かった安いラーメン。それだけのおいしさであったが、爆発的なうまさが不思議とここにある。

 

 

「お客さん、ところで〝透明少女〟の噂ごぞんじです?」

 

「透明少女?」


 

 その奇妙な言葉の組み合わせに首を傾げたのは、スープを飲み干す途中の、器を傾けた状態の頃であった。

 

 

「そう透明少女。あのね、夏休みにだけ会えるって言う流行りの噂なの。ネットとかSNSじゃなくて、学校の中でだけなんだけど、透明少女ていう噂があるんだ。それは透明だから見ることはできないけど、出会うことはできる。少女だから人間だし、男の子じゃなくて女の子。大人じゃなれない存在で、でも無邪気な子供でもない。会えたら幸せになれるとか、恋が叶うとか、なんかいろいろ諸説諸々あるそうですが、実際は誰も分からない。誰も会ったことがないからなんだ!」

 

「ふーん」

 

「ああ、信じてないでしょ。いや、いいんだ。そう、根拠がないからね。証拠がないから、大人は信じない。そう言う生き物だって知ってる。論理的で、クールに説明できることじゃないと納得しない。逆に言えばそう言うことは大抵納得してしまう愚かな者たちなのだよ、よ!」

 

 

 どの立場なんだ、君は。誰目線ですか。それと、私の年齢は、君のような高校生と大差ないと思う。

 

 

「え? そうなの。なんか、働いてるって言うから大人だと思っていた。そっか、ごめんね。ええと、それよりだよ。今年の夏休みは、私、透明少女を探そうと思うの。夏休みまであと一週間。夏休みは長いようで短い。過ぎゆく夏を全力で迎えるために準備します!」

 

 

 そうですか。

 

 

 スープを飲み干し、腹を満たすことに成功したので、お代を置いて店を出るべく席を立った。

 

 

「ごちそうさま、です」

 

 

 仕事、どうしようかな。少なくとも、次の町への宿泊費と交通費ぐらいは欲しいよな。歩けなくはないが……。

 

 

「月給20万円!」

 

 

 ?

 

 

「衣食住別途支給完全無料、おまけに美少女付き。どう、お兄さん、この仕事受けて見ない?」

 

「美少女というのは、その、祈鈴さんのことで?」

 

「その通り。大丈夫、お店やってるからお給料払えるし。部屋も余っているから、大丈夫だし。うん、大丈夫だ!」

 

 何が大丈夫だ。やるとは一言も――。

 

「仕事。無いんでしょ?」

 

 

 それは、その通りだ。絶賛募集中。

 

「じゃあ、断る理由もないじゃない」

 

 それも、そうだが。しかしーー

 

「仕事内容は。一緒に透明少女を探すこと。短期も短期、一ヶ月限定の仕事よ。旅人さんだから、長居するつもりもないでしょうし、どうでしょうし!」

 

「どうでしょうしじゃない!」

 

「あいた。あれえ? あっ、水桜《みお》ちゃん。もう、なにすんおぉ、お?」

 

「〝なにすんお〟じゃない。まったく。急に何言いだしてんのよ。ごめんね、この子最近いつもこうなのよ」

 


 いや、私は構わないんだが……。仕事を探しているのもその通りだし。

 


「ほらね。人助けにもなる!」

 

「何が人助けよ。それこそお店どうするのよ。あのね、料理担当はあたしなのよ!? それこそ20万円欲しいわ。給与はらえ、祈鈴!」

 

 

 え……、祈鈴が作ったのではないのか……。横でつぶやいていただけ……?

 

 

「まあ、まあ。それはそれよ。水桜は水桜で、好きでやってるんだし」

 

「――まったく、おまえがそれを言うのか。まあ、いいや。それより、このヒトは?」

 

「お客さん」

 

「じゃなくて」

 

「ホームレスさん。旅人さん、ええと、青宿さん!」

 

「青宿といいます。ラーメンおいしかったです。ごちそうさまでした」

 

「いえいえ。お粗末様です。私これしか作れないから、メニューが他にないの。ごめんね。あっ、でも一度に十人前までなら速達で作れるのが自慢よ」

 

「そ、そうですか」

 

「それよりどう? 青宿さん。お仕事〜。なんか強そうだし。ね、水桜ちゃんもいいでしょ〜?」

 

「ちょっと、あたしは関係ない。幽霊探しなんて、私は興味もないわ。この人がいいんなら、いいんじゃない」

 

 俺は考える。この少女の提案は魅力的だが、しかし、水桜という少女の言う通り不安だ。

 

 

 しばし考えて、そして結論を出す。

 

 

「隣街はここより大きいのか?」

 

「隣? そうね、海辺にひっそりとあるこんな田舎町よりずっと都会的だと思うわ」

 

「そうか」

 

 

 現実的な道を歩いてきた俺は、誘いを丁重に断ることにした。仕事を探しに隣街まで歩こう。バスには乗らない。お金が無いからな。隣に電波を放つ女の子が座ってくるのは二度も会いたくない。いくら用心に使える武器を持っているからと言っても、幽霊相手じゃな。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 そう言ってその日は店を出た。



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