ストロベリィボーイ+パイナップルガール
会多真透
プロローグ
「もうじき夜明けだよ。夜が明けたなら、君はここを出てゆくんだ。そしてここで起きたどんな出来事もすっかり忘れてしまって、洋々たる未来を、君は歩んでゆけるんだよ」
「あなたも一緒に行きましょうよ」
「馬鹿を言っちゃいけない」
「ねえ、私本気よ。独りきりで過ごすには、この場所は寂し過ぎるわ」
「君とは行かれない」
「どうして」
「どうしてだって? 僕の姿をご覧よ、火を見るより明らかだろう」
「あなたの瞳は、
「僕は、日の光の下では生きられない」
「なら私も日がとっぷりと暮れて、そして目を覚ますわ。夜半に出歩く人間だっていくらでもいるのよ」
「僕は人の生き血を
「私だって動物の肉を食べるわ。それにあなたが本当にバケモノなら、私を生かして帰すはずないもの」
「魔が差しただけさ。いずれほしいままに
「そうかしら。私たちをここへ誘き寄せたのだって、妹さんを慮ってのことでしょう。あなたはとても優しい心の持ち主よ。実際に傍で見ていたこの私が言うんだもの、間違いないわ。私、ありのままのあなたを受け入れてもらえるよう、誰であろうと説得してみせるわ。ねえだから、ほら。一緒に行きましょうよ」
「そんなことをしたら君が白い目で見られるだけだ」
「いいえ。他のみんなだってきっとそうなのよ。あなたの正体を知れば、自ずと受け入れてあげたいと思うようになるわ。でも私たちは臆病だから、本心だけを口にして生きてはいかれないのよ。たっぷり時間を掛けましょう。よくよく話し合えばちゃんと分かってもらえるわ」
「そうまでしなきゃならないほど、僕という存在はおぞましいのさ」
「違う、そうじゃないの。ごめんなさい」
「謝らないで。僕はこれっぽっちも君を責めちゃいない。レネ、君は何も間違っちゃいないんだ。僕はただ、己の運命が恨めしい」
「そんな悲しいこと言わないで。あなたがあなたでなければ、私たちはけっして巡り合えなかった。二人の出会いは望まれる未来だったのよ」
「ああいけないよレネ、そんな甘い言葉を掛けては。僕の本性はケダモノのそれなんだから、君の優しさに付け込んで一体何を仕出かすか知れたものじゃない。もっと用心しなくては」
「心配性なのね。駄目よ、あなたがあなたを一番に信じてあげなくっちゃ」
「分かるんだ。この頭からは人として携えるべき知性や理性や品性や、それらを含めた一切が崩れ去ろうとしているのが。それはもうどうやっても防ぎようがないんだ。僕らがどれだけ惜しんだところでこの時間を
「私の居場所はあなたの隣」
「君は若いから、恋に恋してしまったんだね。物珍しさに当てられてしまったんだ」
「そんな言い方ってないわ。あんまりよ」
「さあ、僕の気が変わらないうちにお帰り」
「ジャン。あなただっていつまでもこうしていられたなら、そう言ったじゃない。あれは嘘だったの」
「嘘なもんか。君は夜空を賑わす
「それならいっそ人間になってしまえばいいのよ」
「レネ」
「だって世界はこんなにも広いんだもの、やって出来ないことなんてないわ。ねえ、そうしましょうよ。あなたが毎夜、悲嘆に暮れるのなら、世界中を二人で隅々まで回って、それでまるきり人間になる方法を探すの。そうよ、それがいっとういいわ」
「レネ」
「でもその前に、家族と友人たちへお別れの挨拶だけはさせてちょうだい」
「レネ」
「なあに」
「泣かないで」
「泣いてなんかないわ」
「君の涙を見ると、僕は居た堪れない心持ちにさせられる。この胸が張り裂けんばかりに。固く握り締めた決意さえ鈍ってしまいそうになる」
「それじゃあ――」
「君の涙を拭うことすら敵わない、非力な僕をどうか
「いいえ、赦さない」
「僕はね、僕が恐ろしいんだ。どうしようもなく。この身体にはきっと底知れぬ悪意が渦巻いているんだ。いつか、君と過ごしたかけがえのない日々の記憶さえすっかり手放してしまって、身も心もバケモノに成り果てるのだろう。だのに僕はまだ、どこかで自分自身を素気無くあしらえずいる」
「だったら私の血を飲めばいいじゃない。そうしたら変わらずあなたは、あなたのままいられるのでしょう。乱暴に押し倒してでも私の首筋に噛みついたらいいわ。私はひとつも抵抗しないから」
「……」
「ほら、やっぱりあなたはバケモノなんかじゃない。みんなその見かけに惑わされて
「君は、僕の目が好きかい」
「ええ」
「僕の肌が好きかい」
「あなたの見目形がどんなだって好きよ。最初はそう、ちょっと驚いてしまったけれど」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「さようなら、大切な人」
レネがジャンの手を取ろうとするが、それを振り切ってジャンは去ってゆく。
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