第10話 酒場

今日も変わらずベッドの上でお気に入りのライトノベルを開く。


ふと隣に目を移すと共同のベッドテーブルに新聞が置かれていた。


新聞には大きな円盤の写真が記載されている。どうせいつものオカルト新聞だろう。


新聞の隙間から銀紙の切れ端が見える。


アイツは工作が好きだからなぁ…また何か作ったのだろう。


新聞からライトノベルに目を移し再度読め進める。


タイトルは「異世界転生者の†ブラッドトリガー†」この小説は描写にリアリティがあり話に引き込まれるから好きだ。


まるで本から鍛冶師が剣を打つ金床アンティルの匂いが今にも漂ってくるかのようだ。


部屋の外から暖かく味わい深いコーヒーの香りがする。


きっともうすぐベルが鳴る。


そんないつも通りの朝、僕の日常。


あの時は思いもしなかった。


これが久遠霜多くおんしょうたとして迎える最後の朝になると――――


「・・・おいっ、おいっ!!」 「おい新入り!サボってんじゃねぇぞ!」


「は、はい!すみません!」


「たく、使えねぇな」


はぁ〜あ あの本の通りだったらなぁ〜今頃僕は可愛い女の子達に囲まれて、チート能力で無双してみんなから尊敬されて.....こんな辛い思いせずに済んだのになぁ...


これじゃ夢も希望もないじゃないか。


思えばあの日、あの夜、僕の身体を包んだまばゆい光。


あれが全ての始まりだった。


「よいしょっと」


僕は重荷を背負い直し作業を再開する。


「よぉ〜し一旦休憩にするぞー」


「ふぅ」


ディーンは一息つくと頬の汗をシャツで拭う。


「お仕事終わったー?」


子供たちがトコトコ歩み寄ってくる。


子供たちの方へと顔を向けるとライと見慣れない少年がいた。



ディーンはその少年の風貌に首を傾げる。


まず目に付いたのは少年の着ている服。


袖幅が異様に広く、ベルトのように腰に帯が巻かれている。


また、真っ白な髪をかき分けるように額から二本の角を覗かせていた。


この世界に来て異形の人々は見慣れてきたつもりだったけど角の生えた子供なんて初めて見た。


しかもあの服は元いた僕の故郷の――――

そこまで考えを巡らせたところで当初の違和感の正体に気づく。


少年に気を取られ気がつかなかったがアンナがいない。


どうしたのだろうか。


「なぁなぁ、またあの曲聞かせてくれよ〜」


考える間もなく、ライから演奏をせがまれる。


「ごめんよ、この後夜まで酒場で給仕なんだ」


「えー聞かせてよぉ〜」 「そうだよ、聞かせて聞かせて」


「仕事が終わったらね」


「ちぇ〜」


「わかったよ...約束だよ!」


文句を言いつつも子供たちは去っていった。


ディーンは笑って2人に手を振った。


「あ」


アンナがどうしているのか聞きそびれてしまった。


――――――――――――――


「あそこか...」


渡された地図から目を離し、店を見上げつぶやく。


酒場の外には複数の騎士がたむろしており、席が空くのを今か今かとれ込んでいる。


嫌だなぁ


あの甲冑をみると、押された烙印が疼く。


ディーンは頭の片隅に追いやったはずの接客相手にげんなりしながら店の前へと重い足を向かわせる。


坂を登りながら店へと近づくにつれ、次々と少年少女が酒場へ入っていくのが見えた。


年の程はディーンと同じぐらいだろうか。


総じて容姿が整っており、中でも少年たちは中性的で美形揃いだった。


そして皆、悲壮感の漂う表情かおをしている。


ディーンは不審に思い裏手へ回り窓を除く。


そこにはおぞましい光景が広がっていた。


まず、ディーンの目に飛び込んできたのはおしめをした男だった。


男は女装した少年にあやされキャッキャと笑っている。


年齢としは20代後半だろうか鍛え抜かれた身体には無数の切り傷が走り、いかめしい顔に無精髭を生やしている。


そんな歴戦の騎士であろう男が今度は大きな声で鳴いている。


「おぎゃーおぎゃー」と野太い声で鳴いている。


「あ、あぁ」


ディーンはあまりの光景に腰を抜かしその場にへたり込む。


ポン、っと後ろから肩を叩かれる。


若干トラウマが脳裏をぎるが無視をして振り返る...


「お前上玉だな、今晩俺とどうだ?」


所々抜け落ちた黄色い歯をこちらに見せて男はニタァっと下卑た笑みを浮かべる。


「ぎゃあああああ!!」


ディーンは来た道を脱兎のごとく駆け抜けた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「ふぅ、ここまでこればもう大丈夫だろう」


ディーンは少し距離をとって安心し、肩で息をする。


一呼吸ひとこきゅうおき、当たりを見渡す。


すると、こちらの方へ、フラフラとした足取りで向かってくる小さなシルエットが目に入る。


どこか見覚えのあるその子供はアンナだった。


「アンナ!なんでこんな所に!?」

「ここは危険だ!色んな意味でヤバイ!!」


ディーンはアンナを連れて引き返そうと手を引く...が動かない、根が生えたようにそこから動かすことが出来ない。


「な、なんでひ」


言いかけたところで異変に気づく。


今、この瞬間まであった自分の影がない。


替わりに背後の影が刻一刻と大きくなっていく。


遂にはスッポリと自身の身体を覆い尽くす程の影を落とす。


夕刻であることを差し引いても、背後の影はあまりに大きすぎた。


恐る恐る振り返る


そこにアンナの姿は無く、代わりに巨大なバケモノの姿があった。


化け物は巨大な口から無数の牙を覗かせ、髪の隙間から幾つもある目玉をギョロギョロと忙しなく動かしている。


そこに来てようやく今掴んでいるのがアンナの手首などではなく、化け物の指であったことに気づく。


反射的に掴んでいた化け物の指から手を離す。


瞬間―――――ブシュ


「え」


突然、右腕に激痛が走る。


「〜~~~ーーーーーーッ」


激痛に苛まれる中、ディーンは確かに見た。


化け物の牙の間に自身の右腕が挟まっている光景を。

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