俺の軍勢オンライン ~初級スキル回避を極めたら、俺が分身した~

水色の山葵/ズイ

神話に挑むは英雄回帰

第1話 第二位の夏は終わっている


 目が覚めて自分の部屋から降りて来た俺はリビングのドアを開ける。

 テレビが付いていて剣道の試合が流れていた。


 見てるのは親父だ。

 食パンを齧りながら画面を眺めている。


「何やってんだよ親父」


「あぁ、今日は休みだからな。

 お前は今から学校か?」


 168cmしかない俺に比べて巨漢と言わざるを得ない親父は、サイズが合って無さそうな椅子に座り、ぼんやりとテレビの画面を見ていた。


 俺も釣られる様に視線を移す。


 大きな選手と小さな選手。

 そんな対比名が直ぐに思いつく。

 それくらい両者の体格差は圧倒的だ。


 大きい方の男が竹刀を振る度に、小さい方が追い詰められていく。

 当然だ。間合いが違い過ぎる。

 鍔迫り合いになれば惜し負ける。

 よーいどん。じゃ、確実に小さい方が一本取られる。


 勝ち目があるとすれば、相手の隙を突く事だけだ。


 大きい方が大上段から竹刀を大雑把に振り下ろす。

 それを小柄な方がバックステップで回避した。


 その時、審判が「場外!」と叫んだ。


 その声を聴いた小柄な方。反則を取られた方が審判へ食って掛かる。

 声は聞こえないが、今の反則に文句を唱えているのは明らかだ。


 その様子をしつこそうに抑える審判が、耐えきれない様な表情で小柄な男に更なる反則を言い渡した。


 剣道のルールでは、反則2つで一本だ。

 個人戦は3本勝負で1対1だった。

 つまり、今の反則で小柄な方の負けだ。


「ッチ……」


 それを見て、思わず舌打ちが出る。


「残念だったな」


 画面を見終えた親父が、俺を見てそう言った。


「……俺は負けてねぇ」


 画面からも親父からも目を逸らして吐き捨てる。


「いいや、お前の負けだ」


 親父の冷静な声がそう言ったの引き金に、俺の口を大きく開く。


「見てただろ!

 俺は場外になんか出てねぇ!」


 俺が出たと言われた片足は、白線を踏んでいた。

 場外は、片足が全て白線の外に出たらだ。

 つまり、俺は反則なんかしてねぇ。


「確かにお前は場外には出ていない。

 だが、お前が審判に激高しなければまだ試合は続いていた。

 そのチャンスを捨てたのはお前自身だ」


「反論すんなってのか!?

 ふざけんな、そもそも相手は2メートル越えの外国人だぞ。

 そんなんが相手で、こっちは場外判定もぐちゃぐちゃで勝てる訳ねぇだろうが!」


 拳を握り込む手が強くなる。


 今西暦何年だと思ってんだ。

 それに全国大会の決勝だぞ。

 ビデオ判定くらい用意しとけやクソ運営。


「それでも、相手も出場資格を満たしてるから出てるんだろう」


 腕の長さも体格も。

 体重も間合いも……パワーも。


 日本人離れした相手。


 動きは適当だし技術や予測も並みだった。

 ただ、デケェだけの相手だ。

 けどだから、攻撃を避けるのに範囲ギリギリになるのはしょうがねぇだろ。


 俺がもし相手と同じ身体能力なら絶対勝ってる。


「大きな体とは言え、それを効率的に動かすには相応の努力が居る。

 お前が負けたのはその努力にだ」


「何処がだよ……

 つうか負けてねぇ」


「負けと画面に表示されてるぞ」


「審判が無能なせいだ。

 それに、真剣でルール無しだったら俺が勝ってる」


 そう言うと。


「どんな時代だ」


 親父は俺の言葉を鼻で笑った。



 親父は近くの警察学校で剣道を教えている。

 俺も剣は殆ど親父に習った。

 そして、親父は高校のとき全国1位になっている。


 俺は、1年の時8位、2年の時が3位。

 そして、今年は2位だった。


「あぁ、それとこれはお前にだ」


 そう言って親父は、机の上に置かれていた段ボールを俺の方へ押し渡してくる。

 人の頭が入りそうな位の箱。


「なんだよこれ」


「最新のフルダイブ装置、らしいぞ。

 仕事で協力した企業から謝礼替わりに貰ったんだ。

 お前今月誕生日だろ?

 それに葦波あしは、準優勝おめでとう」


 準優勝。


 その言葉に反応する様に下を向いた俺の肩を叩いて、親父はリビングから出て行った。


 普通に渡せねぇのかクソ親父。

 つか、ゲーム機なんか要らねぇよ。

 ガキか俺は。


「クソ!」


 机を殴りつける。

 皮膚がちょっと剥がれた。

 痛ぇ……


「学校行くか……」



 ◆



 全ては後の祭り。

 今更「怒り」も「努力」も意味など無い。


 そんな事は理解している。


 けれどどうしてか、俺は学校の武道場に来ていた。

 3年はもう引退してる。

 俺がここに居て良い理由は無い。


 今日学校に来たのだってスポーツ推薦の書類を提出する為だ。

 授業も無いしもう帰るべきだろう。


「はっ!」


 なのに……

 俺は、未だ竹刀を振っている。


 俺はこのまま大学でも剣道を続けるのだろう。

 そして、高校でそうだったように二流で止まる。

 そんな景色が頭を犯す。


 振り払う様に薙いだ刀は、けれど闇を裂ける程の威力は無く……

 敗北という事実が脳裏を埋めていく。


「すご……」


 その声がした方向へ視線を移す。


「誰?」


 黒髪にお下げの眼鏡を掛けた……地味な女子生徒。

 そんな生徒が武道場の中に居た。


 彼女は勢いよく頭を下げる。


「邪魔しちゃってごめんなさい!

 私、二年の白銀茅代しろがねちよといいます。

 その……次の授業の準備を先生に頼まれて……」


 素振りを止めた俺に、申し訳なさそうに彼女は言う。

 だが謝らなければならないのは俺の方だ。

 勝手にここを使ってたのは俺の方なんだから。


「だから鍵が開いてたのか……

 こっちこそごめん。

 すぐ出てくよ」


 荷物を纏め、制服姿の彼女の横を通り抜ける。

 その寸前、彼女が持っていたスマホに目が行った。


 今は昼休み。

 彼女がスマホを持ってる事が校則違反とかじゃない。


 俺が気になったのはそれに付いていた「ストラップ」だ。


「「あの」」


 俺と彼女の声が重なる。


「何?」


「いえ、先輩がどうぞ」


「そのストラップさ、最近流行ってるVRゲームのだよね?」


「え、あ、はい!

 要りますか?」


 カツアゲじゃねぇよ。


「いや、そのゲーム面白いのかなって」


「ユニバースセブン……“ゆになな”は世に出たVR作品の中では随一って言われてるくらいの神ゲーです。ボリュームも発売から半年経った今でも完全に攻略されてないくらいありますし、その操作感の良さからVR初心者にも勧められる良作です。私も今一番嵌ってるゲームなんです!」


 突如饒舌になった彼女にちょっとひく。

 だがそのゲームは所謂「神ゲー」という物らしい。


 俺もCMで見たくらいの知識しか無かったが、経験者からの評価がこれだけ高いのだから間違い無いのだろう。


「暇だからゲームでもやろうかと思ってたんだ。ありがとう」


 そう言うと、前髪を触りながら彼女は恥ずかしそうに返事をする。


「すいません、いきなり一杯喋ってしまって……」


「いやいいけど。

 そっちも何かあったんじゃないの?」


 そう聞くと、彼女は親父と同じ事を俺に言った。


「その……準優勝おめでとうございます」


 バッと何故か頭を下げながら言うその姿に、嫌味ったらしさは全くない。


 それは純粋な称賛なのだと理解できる。

 全国二位ともなれば、少しは学校で噂も広がるらしい。


 俺は「ありがとう」と返して武道場を後にした。


 全国一位を取った親父に言われた同じ言葉を、俺は嫌味にしか感じなかった。

 でももしかしたら……


 帰宅した時、俺の手には一本のゲームソフトがあった。

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