第16話

 ちゃんとした手順を踏まなくても暗示に掛かった白石さんはデタラメな操作で、まともにゲームが出来ていない。


 白石さんの顔をよく視ると、今にも泣きそうに目に涙を溜め、口元が半開きになっている。身体の方を視ると、股をもじもじさせながら、肩を震わせている。


 普段学校で見せる元気な姿とのギャップで不覚にもドキッとしてしまった。


 日常で向ける鋭い目が、今は力のない潤んだトロ目になっている。しかもその目線は今、私に向けられている。


「あの……勝ったんだけど」

「あ……」

 やってしまった。白石さんを見つめていてゲームをしていたことをすっかり忘れていた。

 前を見るとGAMEOverと書かれた文字の後ろでパズル盤が崩れているゲーム画面がそこにはあった。


「キス……してくれるんですよね」

 完全にその気だ。目が血走ってて怖いし、ガッチリと私の肩を掴んで離さないようにしている。


「そんなに必死にならないでよ……怖い」

「美咲が悪いよ……ゲーム中に散々私を煽って勝たせてくれなかったもん……」

「それは……」

 しまったな……私が負けた時のことを考えてなかった……。

 

「それじゃあ襲う?」

「いや……襲わないけど……」

「そうなんだ……突然だけど先にお風呂入ってきていい?」

「え、まだ昼の三時だよ?」

「そうだけどさ、少し汗かいちゃって」

「ちょっと!?」


 私はその場から逃げるように風呂場へと向かう。


 現状何も思い浮かばないから風呂に入っている間に打開策を考える算段だ。




「はあー」

 こんな日が出てる時間帯に御風呂に入るのは始めてだけど、こんなにリラックスできるなんていいね。これなら妙案も沢山思い付きそうだ。


 私がシャワーで気持ちよくなっているとガタッとドアが勢いよく開く音がした。

「また?昨日も一緒に入ったよね?」

 白石さんの方をチラッと見る……明らかに下半身が妖しくテカっている。

「そんなの知らない」


 私の視線と言葉を無視してシャワーに割り込んできたことで肩同士が直接触れ合う。肌の感触のせいなのか私の鼓動が早くなってしまっている。


気を紛らわすために「襲いにでも来た?」と冗談混じりに声を掛けると白石さんが真面目な表情で「そのつもりだった」と素直な答えが返ってきて余計鼓動が早くなってしまった。


「ははは、そういえば白石さんからは襲えないように催眠術掛けてたんだった」

「なにそれ……」

「そんな怖い顔しないでよー、ちゃんと解除するからさ」

「今すぐして」

「はーい」

 

 これはチャンスかも、ここで全部の暗示を解除すれば一石二鳥だ。


「ほら私の目を視て、私が三から数えて零になると全部の暗示が解けるよ」

「全部?」

「そう……私の事が好きになる暗示も、襲いたくなる暗示も解けるよ」

「え、ちょっと」

 襲えなくなる暗示しか解かれないと思っていたのか、白石さんは私から身体を引いて離れようとしている。


「逃げないの」

 白石さんが逃げないように腰と首に手を回し、胸を密着させる。

「ほら……逃げたくなくなったでしよ?」

「ずるい……」

「大丈夫、一瞬だから。私の目を視て……」

 少しの間、シャワーの音だけが浴室に響く。

「頭の中から暗示が抜けていくよ……三……二……掛けてた暗示が頭から抜け、霧散していく……一……頭がハッキリとしていく……零、完全に暗示は抜けて、頭もハッキリとしてるでしょ」


 暗示は完全に解けた……はずだ。はずなんだけど……白石さんが私を見たまま固まっているから解けているのか判断に困る。

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