第9話
昨日の誘導は上手くいったと思う。
これなら白石さんにも次のステップに進めても問題は無いだろう。明日は土曜日だし、明日にステップを進めても良いかな。
今日は夏菜の日だから、白石さんは少し弄るくらいに留めておく。
今日と明日の予定を心の中で確認しながら廊下を歩くことを止め、教室の扉を開ける。
今日も朝礼が始まるギリギリに登校したようで、皆、自分の席につき始めていた。
私は白石さんと目を合わせて暗示が効いているのか確認して、自分の席に向かう。
完全に効果が切れた訳では無いけど、中途半端に体と目の力が抜けていて、本人が困惑していた。
今日は暗示の強化で済ませておこう。
朝礼が終わり、授業の合間にある時間、本を読みながら誘導文を考えておく。
昼休み、弱まった暗示を掛け直し、明日の土日に私の家に泊まるように言っておいた。
本人は眉間に皺を寄せながら承諾してきたので、ついでに、私の家に泊まるのが楽しくなる暗示も掛けておいた。
鞄に教科書を突っ込み、チャックを閉め、顔を上げる、夏菜が机を挟んで立っていようで私は気付かなかったから、それは凄い驚いてしまった。
「驚かさないでよーびっくりしたじゃん」笑いながら夏菜に話し掛けたが、昼休みの時よりも表情が固い。
「今日は遊べるのよね?」
「うん……遊べるけど?」
私が恐る恐る、遊べると伝える。すぐに表情が柔らかくなって「じゃあ!早く帰ろう?」と上機嫌な声で返され、「うん」としか言えなかった。
「お邪魔しま~す」と私達以外誰も居ない家に挨拶をして靴を脱ぐ。
「私の部屋かリビング、どっちにする?」
「リビングで!」
「オッケー」
リビングの扉を開けて夏菜を部屋に入れてから、冷蔵庫を開けて軽食を確認する。
冷蔵庫上の扉を開き、軽食が納められている最上段を確認する……右からクルミチョコ、ホワイトチョコ、ブラックチョコ、クッキーチョコ……
「相変わらず、チョコばっかりだね~」笑いながら私の背中から話し掛けてくる。
「ごめん……」
「大丈夫大丈夫、クッキー貰うよ~」
「次くる時にはイチゴチョコ用意しとくから」
「いや、チョコじゃん」
冗談を言って一通り用意をしたとこで
「じゃあゲームの電源点けるね」
「あーちょっと聞きたいことがあるんだけどさー」
「なに?」
「昨夜のアレなんだけどさー」
そういえば記憶を塞ぐ暗示も、言い訳も考えずに催眠術を掛けて満足していた……。
何を言われても上手く言い返せそうに無い……どうやって逃げようか……考えて考えて思考するが無情にも話が続けられる。
「安眠誘導で、検索しても美咲の読んだ台本が見つからないのよねー。なんて検索したの?」
「安眠誘導で検索したよ……」
「そうなんだ……汗凄いよ?」
「う、うん?今日は暑いしね」
「もう秋なんだけど……」
ここで催眠術を掛けて記憶を操作することも考える……けど余りにも不自然過ぎる。
瞬間催眠は今からじゃ準備段階の暗示を受け入れてくれない可能性が高い。このままボケてやり過ごすか……。
「もう一度やって欲しかったんだよね」
「え?」と気の抜けた声を出してしまった。
「なんて?」と一応聞き返す。
「だから~もう一回安眠誘導やって欲しいの」
「なんで?」
「その……気持ちよかったから……」
「ふふ」
「ちょっと!何で笑ってるの!」
心配して損してしまった。
まさか一回で虜にしてしまうとは、私の才能か、それとも夏菜が単純なだけか……。どちらにしても、私にとって都合の良い展開になっている。
「ごめんごめん、顔を紅くさせて可愛く言うものだから告白されたのかと勘違いしちゃった」
「変なこと言わないでよ……それで、もう一回して欲しくて、予め台本を用意しておこうと検索しても無くて……それに近い台本は見つけられたけど……催眠音声?てジャンルしか出てこないの」
「ああ、実は昨日のヤツ安眠誘導じゃなくてそっちなんだ」
「そっちって催眠音声?」
「そう、催眠音声の方が睡眠導入に向いてるから勝手にそっちにしちゃった。ごめんね」
「甘々な安眠誘導を期待してたんだけど……じゃなくて、ちゃんと寝れるか考えてくれてたんだね」
最初の言葉が小さくて聞こえなかったけど取り敢えず「そうそう、ちゃんと考えてたの」と言っておく。
「じゃあ今からさ……安眠誘導の方をして欲しいのだけど……」
「別に良いけど遊ばないの?」
「これも遊びの一つだよ……」
安眠誘導が遊びだなんて初めて聞いたけど、突っ込むとめんどくさそうなので黙っておく。
一応ソファーに座り、夏菜を隣に座らせる。
安眠誘導を装い催眠術を掛けるため、右手を首に回して肩に乗せて、口元を夏菜の耳に寄せる。
「これで良い?」
「うん」
凄い満足した顔で頷いている。
ここまで夏菜の顔を見たのは初めてで、少し焼けた肌と首元まで伸びる黒く艶のある髪に目線と思考が一瞬向いてしまい、振り払うようにこれから掛ける暗示を頭の中で確認する。
耳元で「それじゃ目を瞑って私の声に集中してね」と囁く。
夏菜の顔を見ると口元が緩くなっていて、すでに気持ち良さそうにしていた。
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