💰お値段はいかほど


「ジュハ! 左からバクラージ!」

「はい!!」


 飛び掛かる態勢を取っていたバクラージが、いつの間にか後ろ脚を広げて踏ん張っていた。

 頭部にあるドリルのような角が、ジュハにその先端を向けている。


「角ミサイルが来るぞ!」


 ダリスが声を発したのとほぼ同じタイミング。

 バクラージの頭部から角が切り離され、凄まじいスピードでジュハを襲う。


 なんなんだ、あの兎。

 頭の中に火薬でも仕込んでんのか?


「やああっ!」


 ジュハの気合と、カンッと響く高い音。

 角ミサイル(命名:ダリス)は、盾に弾かれて明後日の方へと飛んで行った。


 以前までの木製ラウンドシールドだったら、またしても大穴を空けられていたに違いない。しかし今回は、ダリスが作ったうろこの盾は違う。堅く、丸みを帯びた盾は角ミサイルの軌道を変えて弾き飛ばした。


「よしっ!!」


 嬉しすぎて、思わずガッツポーズを取ってしまう。

 それが隙になった。


「ダリス! 前!!」


 チトセの声に顔を上げると、ダリスの目の前にまでモンスターが迫っていた。


 鉄の鎧よりも堅い甲羅をまとったアーマージロ。

 体を丸めてボールのようになると、そのまま転がってくる。


 甲羅で全身を守りながら体当たりする、という攻防一体の技だが。


 アーマージロはダリスにたどり着く前に、横から矢を受けて崩れ落ちた。

 チリにはならない。矢に籠められた麻痺の魔法効果で動けなくなっているだけだ。


「ありがとう、ヨミ。助かった」

「ふん。お前に死なれたら、また奴隷売り場に戻されるかもしれねぇからな」

「相変わらずだなあ……」


 どこまでもヒネくれている。

 だけど、ツンデレムーブだと思えば悪くない。

 ……いや、むしろ良い。美人さんだし。

 ヨミの美しい顔から、ツンツンした意地悪な言葉が飛んでくるのがクセになってきている。


 地に伏したアーマージロと、その身体に刺さった矢を見てダリスはほくそ笑む。

 矢はモンスターの堅牢な甲羅を突き破っていた。


 うろこの盾と一緒に作った、ヨミのための試作品。

 黒いやじりが付いた矢。ナーガリザードの爪を研いで作った鏃だ。

 検証を重ねていく過程で、うろこと一緒に集めておいた爪が役に立った。


「ふっふっふ。これは売れそうだ」



💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰



「いらっしゃい。……おっと、奴隷遣いのダリスさんじゃないですか」


 武具屋の扉を開けると、店主が出迎えてくれた。

 チトセが使っている大剣が飾られていたスペースには、もう別の剣が並んでいる。


「今日は盾を見に来たんだ」

「はいはい。またラウンドシールドが壊れたんですか? もう十個くらいまとめて買っていかれた方が良いんではないですかねぇ」


 ここのところ、毎月のように剣やら盾やら買いに来ているものだから、すっかりお得意さんになってしまった。


 うろこの盾を手に入れた以上、もうラウンドシールドには用はない。と、言いたいところなのだけど……、うろこの盾のベースはラウンドシールドだから、商売にするならこれまで以上にラウンドシールドを買っていく必要がある。


「そうですねぇ。十個まとめて、買っちゃうか……」


 ラウンドシールドの値段は銀貨2枚、隣に並んでいる鋼鉄製の盾は金貨4枚だ。

 安い金属を混ぜ合わせた低品質の合金製の盾でさえ、金貨2枚もする。


 ここにもし、鋼鉄製の盾にも劣らない性能の盾がお求めやすい価格で並んでいたらどうだ。ちょっと見た目がグロテスクだったとしても、冒険者たちは買っていくハズだ。


 値段は合金製の盾よりも安いくらいがいいだろう。


 そうだな……銀貨5枚だとどうなるか。


 ラウンドシールドの仕入れ値との差額で一個あたり銀貨3枚の儲け。必要となるうろこの数は盾一つにつき平均10枚。一回の狩りで得られるのが100枚として盾は10個作れる。銀貨30枚は金貨3枚の粗利だ。


 金貨3枚か……。悪くはないけど、物足りない。


 それなら、思い切って金貨1枚。

 ちょっと高い気もするけど、合金製の盾より軽くて丈夫で値段は半額。

 それだけの価値は十分にある。


 ラウンドシールドの仕入れ値との差額で一個あたり銀貨8枚の儲け。さっきと同じ計算で、銀貨80枚は金貨8枚の粗利だ。


 そうだ、忘れちゃいけない。

 ナーガリザードのうろこを集めるとなると、魔光石の稼ぎが半分になる。

 最近は一回の狩りで金貨2枚くらい稼げていたから、半分ということは金貨1枚の損失。


 やはり売値は金貨1枚くらいにしないと厳しいな。


 ダリスはそのまま足を進め、弓矢が並んでいる場所を物色する。

 矢は二十四本セットで銀貨6枚。ラウンドシールドが三個も買える。

 そもそも矢は高級品、かつ消耗品なので冒険者の間ではあまり人気がない。


 ダリスたちはヨミの魔法を飛ばすために使っているが、必要のないときは徹底的に節約している。気軽に使っていたら、魔光石の稼ぎでは足らずに赤字になってしまうから。


 市販の矢よりも多少貫通力の高い矢を並べたところで、それほど魅力的な商品には映らないだろう。


 それと問題がもう一つ。

 ダリスが作った試作品は、市販の矢の鏃を取り換えたものだ。

 つまりダリスが例の矢を作るためには、市販の矢を仕入れなくてはならず儲けも市販の矢との差額分にしかならない。


「こっちはちょっと厳しいかな」


 あの威力を見たときは『ふっふっふ。これは売れそうだ』なんて思ったのだけど。

 よくよく冷静になって市販の商品と比較してみたら、そんなに簡単じゃないことに気づく。


 ダリスは小さくため息をつき、ラウンドシールドを十個買ってお店を出た。


 とりあえず売るものと値段は決まった。

 さて、次はどこでどう売るか……だ。




💰Tips


【粗利】

 売上から原価を差し引いたもの。売上総利益とも呼ぶ。

 人件費や地代家賃など、会社全体にかかる費用を差し引かないおおまかな利益。

 ダリスの計算でもうろこの盾を作るためにダリスが働く人件費は含まれていない。


 さらに材料となる『ナーガリザードのうろこ』も、自分たちで調達するため原価はゼロで計算されている。

 売値の八割が粗利(粗利率80%)という数字は非常に高いが、自己調達によって原価率を限界まで抑えることで成立している。

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