💰ナーガリザードの鱗


 麻痺して横たわっているナーガリザードが一頭。

 硬質の鱗を生やした、中型のトカゲ型モンスターだ。

 このビッシリと生えた赤黒い鱗が斬撃をほとんど寄せ付けないため、剣士タイプのアタッカーには本気で嫌われている。


 さて。どうしてこんなことをしているのかというと。

 今回の目的は、このナーガリザードの鱗を持って帰ることだからだ。

 ダリスの仮説が正しければ、トドメを刺す前に体から剥した部位はチリにならないハズ。


「ジュハ、やってみてくれ」

「…………はい」


 ショートソードからハンティングナイフに持ち替えたジュハが、鱗と表皮の間に刃を滑り込ませた。力を籠めると少しずつ刃が奥へと入っていく。


「どうだ、いけそうか?」

「なん……とかっ」


 少し待つと、ジュハは無事に鱗を一枚切り取ることに成功した。

 渡された鱗を持ち上げて、指でコンコンと叩いてみる。

 薄くて、軽い。なのに金属のように硬い。


「続けてくれ」


 ダリスの指示にコクリと頷いて、ジュハがもくもくと鱗を剥いでいく。


 隣ではヨミが手から直接麻痺の魔法を流し続けているから、麻痺が解ける心配もない。

 ナーガリザードの様子を見ながら、魔法で麻痺の状態を維持している様は、さながら手術中に全身麻酔を施す麻酔科医のようである。


 十枚目くらいでナーガリザードがチリになって消えた。

 致命傷を与えてはいないハズだが、どうやら蓄積したダメージがトドメになったみたいだ。


 ダリスは慌てて手元を確認する。

 ジュハが剥ぎ取った鱗は消えていない。


 ほっ、と小さく安堵の息が漏れる。


 ダリスの仮説は間違っていなかった。

 加えて、五枚くらい剥いだら回復魔法をかける必要があることがわかった。


「よし。もう一匹、いこう」


 先ほどと同じ手順で、ナーガリザードを一頭だけ残して麻痺させた。

 適宜、回復魔法をかけることで延々と鱗を剥ぐことができる。


 三十枚ほど鱗を剥いだところで、服の裾をクイクイと引っ張られた。


「ねえねえ。ボクもやってみたい」

「…………」

「ねえってば」


 鱗を剥いでいる間、やることがなくて手持ち無沙汰にしていたチトセが、自分も鱗剥ぎやってみたいと主張してくる。


 どうしてジュハにやらせていると思っているんだ。

 この作業は、非力ながらもモンスターの体にギリギリ傷を付けられる戦闘力だからいいんじゃないか。

 戦闘力Sのチトセがやったらきっと……。


 いや、これも実験か。


「ちょっと待っててくれ」


 ジュハがナーガリザードの鱗をあらかた剥ぎ取ったところで、余っている鱗をチトセに任せてみた。


 明らかにワクワクした様子のチトセが、ナーガリザードの鱗と表皮の間に刃を滑り込ませ――。


「あ」


 ハンティングナイフがスッと。

 ヨーグルトにスプーンを差し込んだのかと見まがうほどスムーズに、ナーガリザードの体の奥へと滑っていった。


 きっとチトセ自身は、そんなに力を入れたつもりはないんだと思う。

 にもかかわらず、彼女の手に握られたハンティングナイフは、鱗の下にある無防備な身体を蹂躙してしまう。それが戦闘力Sの力だ。


 目の前でサラサラと、チリとなって消えていくナーガリザードの体。


「消えちゃった……」

「残念だったな。仕方がない。人には向き不向きってものが――」

「もう一回」

「……え?」

「ね、もう一回やらせて! 次はもっとうまくやるからっ!!」

「え、ええええぇぇぇeeeee……」


 そのあと、三匹のナーガリザードをチリにしたチトセは、なんとか鱗を一枚剥ぎ取って溜飲を下げてくれた。


 さらに、いくつかの検証を重ねていく。

 爪はどうか。表皮は。脚部は。尻尾は。


 結果、爪や表皮といった小さなパーツは消えなかったが、脚部や尻尾などの大きな部位は本体の消滅と同時にチリとなって消えた。


 サイズの問題なのか、ほかにルールがあるのか。

 もっと調べたかったけど、日が落ちてきたから切り上げることにした。

 素材を収集する方法を、確認できただけでも大収穫だ。


 魔光石の稼ぎはいつもの半分くらい、だけどナーガリザードの鱗は百枚以上手に入った。

 成果は上々だ。


「モンスターの鱗ばかり、こんなに集めてどうするんですか?」

「……気色悪ぃな」


 ジュハとヨミが赤黒い鱗が入った袋をいぶかしげに見つめている。

 あ、生ゴミを見るときの視線だ、コレ。


 モンスターの素材を収集する文化がないから、奇異な行動に見えるのだろう。

 自分の上司が、動物の死骸から皮やら爪やらを剥いで持ち帰ろうとしていると考えたら…………。うん気色悪いな。彼らは何も間違ってない。


「ちょっと考えがあってな。まあ、楽しみにしててくれよ」

「楽しみに……?」


 袋いっぱいのゴミに何を期待すればよいのか、とジュハが顔中にクエスチョンを並べている。

 まあ、こういうことは口で説明するより現物を見せた方が話が早い。


 明日のダンジョン探索は休みだ。

 早速、試作品に取り掛かろう。



💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰 🪙 💰



「蛇トカゲの沼地ですって? なんだってあんな不人気エリアに……」


 メンバーから報告を受けたショウは眉を寄せる。


 数カ月前、静かな湖畔のダンジョンにおいて、強力なイレギュラーモンスターであるミノタウロスナイトが何者かに討伐されるという出来事があった。


 その後の調査によって、ミノタウロスナイトを討伐したのはダリス=クラノデアなる子爵家の三男坊と、その奴隷である黒髪黒瞳の異国人の女、チトセだとわかった。


 ダリスはその後、奴隷を二人増やしてパーティーを増強した。

 結果は上々。モンスターが強く、相応の実力が求められるダンジョン奥地で狩りをするようになり、彼らは街の冒険者の間でも知らぬ者はいないほど有名になった。

 二つ名まで持つ彼らは、今では町を代表するパーティーの一つだ。


 ショウはダリスを、自身のクラン『ホークスブリゲイド』へ勧誘するも、にべもなく断られている。正攻法で彼を引き入れることが難しいと感じたショウは、情報を集めるためメンバーに彼らの動向を探らせていた。


 その矢先に入ってきた報告がコレである。


 蛇トカゲの沼地は、静かな湖畔のダンジョンにある不人気エリア。これまで大きな魔光石を求めてダンジョンの奥で狩りをしていたダリスが、なぜわざわざコスパの悪い狩場に現れたのか。


「引き続き、監視を続けてください」


 これが彼らを、我がクランへと引き入れるための種になるかもしれない。




💰Tips


【ハンティングナイフ】

 堅牢で大型のナイフ。

 狩猟の際に動物の皮を剝いだり、肉を切ったりといった用途に使用する狩猟用ナイフのこと。日本ではサバイバルナイフという呼び方が一般的。

 刺すのではなく、切るための道具であり、動物を殺すための短剣とは形状から異なる。もちろん対モンスター用の武器としての使用も推奨されていない。

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