🤑幕間のアオハ その2


「ダリスお兄様がまた奴隷を買ったですって!?」


 その日も、アオハの叫声きょうせいが廊下まで響いた。

 たまたま近くを歩いているメイドがいなかったため、特に被害者はいない。


 いや、一人だけいた。

 ロマンスグレーの髪をオールバックにまとめた紳士、ルピリオだ。


 これもまた、いつもと変わらず何事もなかったかのように微笑むと、アオハの薔薇色の瞳を見つめて静かに頷いた。


「今回もやはり見切り品でございました。それも二人、でございます」

「二人も!? 前回のと合わせて三人。そんなに奴隷を買ってどうするおつもりなのかしら。もしかして、若さ迸るお兄様の情欲は、相手が一人では到底収まりきれないということ!?」


 女奴隷を買い集めて酒池肉林。

 そんな趣味を持っている貴族がいるという話を、噂話程度ではあるがアオハも耳にしたことがある。まさか、実の兄がそのような趣味に走ろうとは。


 しかし、それくらいのことでアオハの愛情は揺るがない。

 アオハは自他共に認めるブラコンであり、この世に生を受けたときからダリスのことしか見ていないのだから。


「それで……、今度はどんな奴隷を買ったのかしら?」

「一人は、年上でスタイルが良く見目麗しい、それでいて気の強い女奴隷です」

「今度はセクシー系お姉さまってわけね。わざわざ気の強い女奴隷を選ぶあたり、やっぱりそちらのご趣味が……」


 以前の報告で、ダリスがプレイ用に大剣を買っていたことを思い出す。

 結局、どのような使われ方をしたのかまではわからなかったが。


 流石のアオハも「ダリスお兄さまがダンジョンでナニをしているのか調べて」とまでは言わなかった。


 ダンジョン内部のことを調べるのは、市井での行動を調べるときの数倍、下手をすると数十倍の費用がかかる。モンスターが跋扈ばっこするダンジョンでの調査と、人間しかいない街中での調査では、危険度が大きく違うからだ。

 調査費を自分のお小遣いから捻出しているアオハにとっては、どうしても手を出せない場所である。


「それで、もう一人はどんな女奴隷なの?」

「はい。もう一人は年若いウサギの亜人男子でございました」

「年下で、亜人で、男!? 情報量が多すぎる! ダリスお兄様ってば、ストライクゾーンが広すぎるんじゃありませんこと!?」


 グルメの分野であれば『ゲテモノ』と呼ばれるジャンルがある。

 ゲテモノ料理も(好みはあるが)それなりに美味しいのだと聞く。

 しかし、世の中には美しくて美味しい料理がいくつもあるのに、どうしてわざわざグロテスクな料理を食べようとするのか、アオハには全く理解ができなかった。


 今、ダリスに対して感じている感情はまさにそれだ。


 何が兄を変えてしまったのか。

 元々、兄はそういう人だったのか。


 ダリスお兄様のことが好き、その感情に変わりはないけれど。

 なぜ、どうして、と思うこともまた、アオハの素直な気持ち。


 幼い頃、「大きくなったらお嫁さんになりたいの」と言ったら、

「それじゃあ、俺はアオハが結婚するときのために、世界で一番素敵な首飾りを用意しておくよ」と微笑んでいた兄の顔を思い出す。


 本当は「ダリスお兄様のお嫁さんになりたい」と言いたかったのだけど、幼さ故にうまく言えなかったほろ苦い思い出だ。


 どんなゲテモノ趣味を持っていようと、優しく笑顔が素敵なダリスお兄様の記憶は偽りではない。


 アオハは軽く深呼吸をして「続けて」と報告の続きを促した。


「それから武具屋に行かれまして――」

「また!?」

「そのあとは再びダンジョンへ」

「どれだけダンジョンプレイがお好きなんですの!?」


 新しい奴隷を買っても、プレイは前回と同じものを求めるらしい。


「概ね、三日に一度くらい四人でダンジョンに向かわれております」

「そんな! お兄様ったら、四人プレイでアオカ……んーーー、くっ」


 三人の奴隷をとっかえひっかえかと思ったら、まさかの全員参加型だった。

 またしても口から泡を吹きそうになったところを、今度はギリギリで耐えることに成功した。


「はぁ、はぁ、はぁ。ルピリオ。次はアオハが直接、ダリスお兄様の様子を見に行きますわ」

「…………かしこまりました」


 恭しく頭を下げるルピリオを見ながら、アオハは期待に胸を膨らませる。

 ダリスお兄様が家を出てもう一カ月。


 遠巻きに様子を見るだけであっても、直接この瞳の中にダリスお兄様を捕らえることができるのであれば、アオハにとっての一大イベント。


「待っていらしてね、お兄様。あなたのアオハがお伺いしますから」


 写真の中で笑う兄の笑顔を、アオハは人差し指でそっとなぞった。




💰Tips


【酒池肉林】


 贅沢の限りを尽くした不埒な宴会のこと。

 またしても中国、殷の暴君紂王の故事から生まれた故事成語。


 そもそも紀元前1100年という古代の話であり、本当にこんなことをしていたのかは不明である。ちなみにこれは王の妻子が暮らした後宮や、イスラム社会で王の側室として女性奴隷が集められたハーレムとは全く別だということを付記しておく。



【おねがい】


 以上で『WORKS2 転生社畜、女子高生に学ぶ』・完 です。

 続いて『WORKS3 転生社畜、女子高生と見つける』をお楽しみください。


 これより先、ダンジョンビジネス編になります。

 手に汗握る剣と魔法のバトルは多分ありません。


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