💰大きな誤算


「ジュハ! 右からランページバイソン、上空から湖畔のハゲタカレイクサイドバルチャーが二羽だ!」

「ハァ、ハァ、はい……ッ!」


 今日はこの一戦で最後にすると決めた。

 敵はランページバイソンが二頭と、レイクサイドバルチャーが二羽。

 レイクサイドバルチャーは飛行モンスターで、大剣のチトセにとっては少し面倒な相手だ。しかも魔光石はランページバイソンより小さめ。

 二頭と二羽、合わせて銀貨1枚と銅貨6枚の稼ぎといったところか。

 

 戦い始めたときは、頭の中で算盤を弾いたりもしていたが、すぐにそんな余裕もなくなった。明らかにジュハの動きが精彩を欠いていたからだ。


「⦅チトセ! ジュハがバイソンをさばいたら、すぐに仕留めてくれ!⦆」

「⦅わかった⦆」

 ※⦅⦆内は日本語です


 原因は明らかだった。

 ジュハが疲れていることをわかっていたのに、帰りの時間を気にして休む時間もそこそこに戦いを始めたダリスのせい。


「ジュハ! さっきかわしたランページバイソンが左後方から戻ってくるぞ」

「⦅レイクサイドバルチャー撃破、あと一羽!⦆」

「⦅フリーになった方のランページバイソンも頼む!⦆」

「⦅わかって……るっ!⦆」


 黒い大剣に魔法で炎をまとわせて、瞬く間に、レイクサイドバルチャーを一羽と、ランページバイソンを一頭をチリへと変えてしまうチトセの大剣。


 残りは一頭と一羽。

 それくらいなら、もう安心だ。


 ジュハが残ったランページバイソンを、パリィで華麗にいなしたところ。

 すぐ近くにチトセが構えているから、もうあと数秒で角牛の身体はチリになって消えるだろうと確信した。


 残ったレイクサイドバルチャーの位置を確認。

 上空からジュハに向かって降下態勢を取っている。

 

 距離は十分にある。

 すぐに声を掛ければ、ジュハの反射神経なら難なくかわせるハズだ。


 そう思ったとき、ダリスの中で緊張の糸が切れた。


「⦅ジュハ! 上空からレイクサイドバルチャーがくるぞ!!⦆」

「え!? なんですか?」

「あっ……、しま――」


 やってしまった。

 このタイミングでしゃべる言語を間違えた。


 ダリスは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。


 日本語で話しかけられたジュハは、自分の名前だけは聞き取れたのだろう。

 指示を出したダリスに注意を向けてしまい、上空から迫るレイクサイドバルチャーに全く気づいていない。


 ダリスにとって最も大きな誤算は、ジュハの体力ではなく自分自身の体力だったのだと気づいた。その戦闘力はジュハをも下回る“F”である。


 直接戦わないとはいえ、二種類の言語を駆使しながらパーティーメンバーに指示だしをしてきたダリスは自覚症状のないまま疲労を蓄積していたらしい。

 疲労エネルギーを蓄積した時限爆弾は、最悪のタイミングで爆発。


「上だ!!」


 慌てて、方向だけでも伝えようと叫ぶ。

 ジュハが反射的にラウンドシールドを上空へ向けようとするが、もうレイクサイドバルチャーは十分に接近していた。――もう間に合わない。


 ジュハは戦闘E、レイクサイドバルチャーの一撃をまともに食らえば大きなダメージを負う。場合によっては命を落とす可能性もある。


 全ての動きがスローモーションに見えた。

 鈎型かぎがたに曲がった鋭い嘴が、ジュハの頭部を狙っている。


 あと二十センチメートル、十五センチメートル。

 もうダメだ、と思った瞬間。


 レイクサイドバルチャーを横から射貫く矢があった。


 真横からの衝撃によって、わずかに軌道がそれたレイクサイドバルチャーは、ジュハの頭部を掠め、そのまま地面へと落下した。


「お……落ちた」


 矢はダリスよりも後方から飛んできた。

 誰がモンスターを一射の元に射落としたのか。


 まさかと思いながらも、それ以外の可能性に思い至らず、ダリスは彼女がいたはずの場所を振り返る。


「……ヨミ」


 そこには真っ青な顔をして、小刻みに震えながら弓を持ったヨミの姿があった。

 これまで一度も戦闘に参加してこなかった彼女に、それでも『あなたの身を守るためだから』とハードレザーアーマーだけでなく弓と矢も持たせていたのはチトセだ。


 ここ二週間ほど、いわばお守りのような状態となっていた弓矢がついに本来の用途で使用された瞬間だった。


「ヨミお姉さま!!」


 チトセが駆け寄ると、ヨミは全ての力が抜けてしまったかのように足元から崩れ落ちた。


 それはさておき、お姉さまってどうゆうこと?

 女の子は仲良くなったら姉妹の契りを交わすの?


「すごい! ヨミお姉さま、ありがとう!! ジュハくんを助けてくれて、ありがとう!」


 少ないボキャブラリーを必死でつなぎ合わせ、なんとか感謝を伝えようとするチトセに、ヨミが背後を指差して声を絞り出す。


「……さっさと、トドメをさせ」

「トドメ?」


 背後を振り向くチトセ。

 同じようにヨミが示した方向へと目を向けたダリスは、レイクサイドバルチャーが地に伏せてピクピクと動いている姿を見た。


「さっきのは麻痺矢だったのか」


 思い返してみれば、矢が命中したときのレイクサイドバルチャーはおかしな挙動をしていた。ヨミの戦闘力は、ダリスと同じくFである。これはモンスターに対してほとんどダメージを与えられない、か弱さの象徴。


 そんな貧弱な矢が横っ腹に命中したところで、レイクサイドバルチャーが地面に激突するような結果になるはずがない。

 しかしあのときすでに、麻痺の効果が発動していたというなら合点がいく。


 ヨミの魔法による麻痺の効果で、ろくに動くこともできないモンスター。

 ダリスはひとつ試してみたいことがあった。


「ジュハ、剣を貸してくれないか?」

「あ、はい。もちろんです」


 ジュハからショートソードを受け取るとズシリと重たい感触が手に乗った。


 こんなに重たい武器を振り回して戦うなんて、ダリスには到底考えられない。

 戦闘力EとFの間にある、越えられない壁を確かに感じた。

 戦闘力Sのチトセに至っては、きっと別の生き物かと思うくらいの差があるのだろう。


 ダリスはショートソードを逆手に持ち、レイクサイドバルチャーの心臓部を狙って、思い切り切っ先を下ろした。


 …………通らない。

 多少、羽毛が散ったくらいで皮を貫けない。


 ああ、自分が貧弱すぎて泣きそうだ。


「次、ジュハやってみて」

「わかりました。でも、僕も刃が通らないかも――」

「構わない。それを確かめるためにやるんだ」

「は、はい!」


 先ほどのダリスと同じく、ジュハが心臓を狙ってショートソードを突き刺す。

 結果は成功。散らした羽毛と魔光石を残し、レイクサイドバルチャーはチリとなって消えていった。


「やりました! 僕、初めてモンスターにトドメを刺しました!!」

「ああ、よくやった」


 感極まっているジュハを横目に、ダリスは実験の結果を反芻はんすうしていた。

 戦闘力Eでも、麻痺で弱っているモンスターの弱点を正確に突き刺せば、その命を奪うことができる。


 それが何の役に立つのか、と問われても、今はなにも無いのだけれど。



 それから。

 少しずつ戦闘に参加するようになったヨミを加えて、パーティーの戦いはさらに安定するようになった。

 毒、麻痺を中心にバッドステータス効果を付与する魔法矢は、一時的にモンスターを無力化したり、スリップダメージで敵を弱らせることができる。


 ジュハの負担も減って、ダンジョンで連戦できる時間も長くなった。

 二週間が経過した頃には、「静かな湖畔のダンジョンの奥地で狩りをしている新顔パーティーがいるらしい」という噂が、平原の街ザンドを賑わせるようになっていた。




〇現時点の収支報告

  資金:金貨4枚と銀貨3枚(43万円)

  収入:金貨18枚と銀貨4枚(184万円)

  支出:▲金貨1枚と銀貨6枚(16万円)※1ヵ月の生活費(奴隷3名含む)

     ▲金貨1枚と銀貨9枚(19万円)※1ヵ月の消耗品費・雑費

 残資金:金貨19枚と銀貨2枚(192万円)


 買掛金:▲金貨110枚(▲1100万円) ※奴隷購入費の支払い残額(負債)




💰Tips


【スリップダメージ】

 継続的微量のダメージが入る状態異常のこと。

 もっとも有名な状態異常は『毒』、次が『やけど』だろう。

 特に麻痺との組み合わせが凶悪。

 麻痺によって行動不能となっているところに、スリップダメージでじわじわ嬲り殺し……なんてのは、どう考えても悪役の所業である。

 

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