💰キラキラ光る、奴隷の星よ


「おっ! 兄ちゃん、兄ちゃん。そんな黒髪の気持ち悪い貧乳なんか捨てて、ほら、うちの女奴隷を買っていきなよ。ちゃんと仕込んであるから、夜も大満足だよ」


「お兄さん。ちょうど、新しい戦奴が入ったんですよ。ほら、見てください。この背の高さ、肌のキメ、筋肉の盛り上がり、目つきの鋭さ、いいでしょう。惚れ惚れしますよね。戦闘力はB! この奴隷が、なんとっ、たったの金貨400枚なんです! お買い得ですよっ!!」


 奴隷売り場は今日も活気にあふれている。

 ダリスはこの十五年ですっかり慣れてしまったが、往来で堂々と人身売買が行われている街の様子は、元の世界の感覚で眺めると異様な光景だろう。


 自由・平等・博愛。そんな崇高な理念はこの国には存在しない。


 前回訪れたときよりも、奴隷商が積極的というか、ダリスに寄ってくる人数が増えている。理由は明白で、奴隷チトセを連れて歩いているからだ。

 奴隷を連れているということは、すなわち奴隷を買える資金力があるということ。


 観光気分の冷やかし客が多い奴隷売り場において、奴隷連れの客は期待値が高い上客だと見られる。


 その奴隷が例え、金貨5枚で買った見切り品の奴隷だったとしても。 


 お客と奴隷の見分け方、という話を聞いたことがある。

 もちろん奴隷紋を確認するのが確実だが、右手の甲をいちいち確認するのは大変。

 そこで奴隷商たちは、鍛え上げた感覚で奴隷紋から微かに流れる魔力を感知し、相手が客か奴隷かを瞬時に見極めるそうだ。


 卓越した職人芸、ちょっと格好いい。



「⦅こんなに賑やかなところだったんだ⦆」

 ※⦅⦆内は日本語です


 チトセが物珍しげに辺りを見渡している。

 彼女が最近までいたのも同じ奴隷売り場なのだが、彼女はもっと奥の、日の当たらない見切り品置き場だったから、大通りの喧騒とは無縁だったらしい。


 そんなことよりも、だ。


「⦅…………あ、ああ⦆」と返事をしながら、ダリスは小さく息を吐く。


 こっちは昨日の『気持ち悪い』を気にして、気まずい思いをしながら今日という日を迎えたというのに、チトセはすっかり平常運転でダリスに話しかけてくる。なんなんだ。


「⦅なんで――――なの?⦆」


 え?

 もしかして『気持ち悪い』って、女子高生にとっては「おはよう」の挨拶くらいライトに使えちゃうフレーズなの?


「⦅ダリス、聞いてる?⦆」


 こっちはメンタルがブレイクされたのに。

 でも、あまりウジウジと昨日のことを気にしていたら、また『気持ち悪い』って言われそうだしな。

 ここは大人の余裕で水に流すのがベターか。


「⦅ダ・リ・ス!!!!⦆」

「⦅え? あ、はい!⦆」 


 大きな声で名前を呼ばれ、ダリスは慌てて返事をする。どうやら何度も声を掛けられていたらしい。


「⦅だから、なんで奴隷なの? って⦆」

「⦅え?⦆」


 何の話?

 戸惑うダリスに、チトセは呆れ顔で続ける。


「⦅ダンジョンで狩りをして生活費を稼ぐなら、フリーの冒険者とパーティーを組んだり、クランに入るって手もあるよね。なんで奴隷なの?⦆」


 再び同じ問いを重ねるチトセに、ダリスは一瞬、言葉を失った。

 この何日かチトセと話していて感じていたが、やはり彼女はとても鋭い。

 

 もちろん、ここで「君には関係ない」と突き放すこともできる。

 この世界における主人と奴隷の関係を鑑みれば、至って普通の対応だろう。

 しかし、今後のビジネスにおいて、レジェンドクラスのステータスを持つチトセに不信感を与えるのは得策でないように思えた。


「⦅俺は……ただ日銭を稼ぐために、ダンジョンでモンスターを狩りたいわけじゃないんだ⦆」


 ダリスは何を話すべきか、頭の中で整理をしながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「⦅俺はクラノデア子爵家の人間として、一人の男として、ビジネスで成り上がりたいと思っている。フリーの冒険者と組んでも分け前は折半、それもチトセ一人分だ⦆」

「⦅ダリスが戦ったらすぐに死んじゃうもんね⦆」


 チトセの相槌に心を抉られながらも、ダリスは黙って頷き話を続ける。

 

「⦅そこで俺が十五年かけて出した答えが、を使ったモンスター狩りなんだ。奴隷は俺の所有物、初期投資こそかかるもののそこから先の稼ぎは全て俺のものになる。もちろん衣食住の費用はかかるが、それくらいは必要経費だ⦆」


 奴隷売り場の中を、この世界には存在しない言語で会話している二人。

 先ほどまでコバエのように群がってきていた奴隷商たちも『なんかあいつら様子がおかしいから近寄らないでおこう』みたいな顔をして、近寄ってこなくなった。


「⦅俺のスキルは人の隠されたステータスを覗き見ることができる、っていうのはもう話したよな。このスキルをうまく使えば、他のヤツラが真の才能に気づいていない掘り出し物を見つけられる。流石に君ほどのステータスを持った奴隷はそうそういないだろうけど⦆」


 戦闘力S、ほかのステータスも軒並みSかA。

 そんなバケモノが何人もいてたまるか。


「⦅最強のステータスがあれば、最強ってわけじゃない⦆」

「⦅うん。知ってる。俺もその場にいたからね⦆」


 最強のステータスを誇るチトセが持つ、多数の敵に囲まれると途端に対処できなくなるという大きすぎるマイナス特性。まさかの落とし穴だったが、彼女がタイマン最強であることに変わりはない。


 むしろ、パーティーとはそのような欠点を補うためにある。


 などと話をしているうちに、ダリスたちは奴隷売り場の中央を抜けて、暗がりへと入った。今日の目的地である見切り品コーナーだ。


 檻に囚われた奴隷たちのステータスを鑑定しながら、ぐるりと見て回る。

 ちょっと前までチトセが囚われていた檻にも、もう新しい奴隷が入れられていた。


「⦅ヒトウサギ……?⦆」

「⦅亜人だよ。ウサギ型の⦆」


 檻の中には一人の亜人がいた。

 飴色の髪。頭頂部の左右から生えた耳。

 元から低いのであろう背を、ぎゅっと丸めてさらに縮こまっている。


 誰がどう見ても、貧弱で臆病なウサギ型亜人。

 しかしダリスの目には、キラキラと星のように光る掘り出し物に見えていた。




💰Tips


【亜人】

 この世界における『亜人』の定義は以下の通りである。

 ・人型と他の動物の外見を合わせ持つ存在である。

 ・人語を理解し、理性的なコミュニケーションを取ることができる。

 ・ダンジョンに発生するモンスターではない。


 ご多分に漏れず、王国においても亜人は迫害の対象となっている。

 一部の例外を除いて、大きな都市で市民権を得ることはできず、他国との国境近い場所で生活せざるを得ないため、他国の侵略時に囚われて奴隷として売られてしまうことも少なくない。

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