💰黒くて、硬くて、大きくて


 檻から解放されて、屋敷まで移動したときにも通った大通り。

 うなだれた様子のダリスの背を見ながら、チトセは後ろを歩いている。


 ついさっき「買い物に行くぞ」と外に連れ出された。

 それにつけても、よくよく感情が表に出るタイプの男だ。


 ダリスから説明された真・鑑定というスキル。

 鑑定結果はダリスしか確認することができないから、チトセには真偽を判断する術がない。


 なのだけど、肩を落として落ち込む彼の背中が、先ほどの話が真実だと語っていた。


 きっと根が正直で、人が良いのだろう。

 悪い人ではなさそう、そして要領が悪そう。


 お金しか見なくていい値引き交渉くらいならともかく、損得の指標すら立場によって異なる条件交渉には根本的に向いていない。

 

 さっきの取引(笑)にしても、あまりにお粗末。

 あれはそもそも、チトセが圧倒的に不利な状況だった。


 この世界の言葉がわからず、住むところもなく、もちろんお金だって持っていない。ダリスの庇護下に入る以外の選択肢なんて初めから無かった。


 自分の戦闘力がSだということも知らなかったから、チトセが取引に出せるモノなど何もないわけで。彼がもっと鷹揚に構えてさえいれば「生活の面倒をみる代わりに」といくらでも条件をつり上げることができる立場だった。


 それなのに。

 バカな振りをして「なんか難しそうだから、ヤダ」と断っただけで大慌て。

 下心があるのだろう、と揺さぶれば、まるで小中学生のような初心うぶな反応。


 元の世界にいた頃からチトセにとって、ダリスという男はあまりに扱いやすく、笑いを堪えるのが大変だった。


 今だって油断したら思い出し笑いをしてしまいそう。

 制服のスカートの裾をギュッと握ってガマンしていると、ダリスがある建物の前で足を止めてチトセの方を振り返った。


「⦅着いた。ココだ⦆」

 ※⦅⦆内は日本語です


 建物の奥から、カンカンと金属がぶつかる音が聞こえる。

 ダリスは金属製の扉をゆっくりと押し開けた。

 そこには剣、槍、斧といった物騒な武器や、皮革製と思われる軽鎧がぎっしりと陳列されていた。


「⦅これ全部……ホンモノ?⦆」

「⦅そりゃ、そうさ。ダンジョンに行くのに、手ぶらじゃ何もできないからな⦆」

「⦅でも、これ。ダンジョン以外でも使えちゃうよね……⦆」


 右も左も、日本ならどれも銃刀法違反で捕まってしまうような、刃渡りの長い武器ばかり。やろうと思えば、簡単に人を殺すことができる代物だ。

 こんな危険物が自由に買えるなんて、元の世界でいうところの銃社会に近い。


「⦅現代日本を基準に考えると有り得ないことだよな。もちろん街中で振り回せば捕まるけど、ときどき、が起こるのも確かだ。厳しい処罰の取り決めはあっても逃げた犯人が捕まるケースは珍しい。それでも……⦆」

「⦅どんどん武器を売った方が、この国にとってメリットが大きいんだね⦆」


 ダリスが無言で頷く。

 奴隷売り場なんてものがあるくらいだから、ちょっと覚悟はしていたけれど……この国はずいぶんと人の命の価値が低いみたいだ。


「⦅まずは武器からみてみようか。どれが良いとか、ある?⦆」

「⦅……あるわけないじゃん⦆」


 こんなザ・凶器を振り回すようなバイオレンスな趣味は持っていない。


「カテス イタツシモ イメイ ミテデクカ」


 ダリスがこちらの世界の言葉で何やら店主に話しかけ、飾ってあった武器を持って戻ってきた。言葉がわからないのはとても不便だ。


「⦅はい。試してみていいって⦆」


 はじめは槍。

 ……えっと、これはどう持てばいいんだろう。


「ハッハッハッハッハ! タカ ノナモチイ カシラ モンダナ」


 店主がこっちを見て爆笑している。

 笑い方はこっちも向こうも同じなのか。意外な共通点だ。

 言葉はわからないけど、バカにされていることはバッチリ伝わってきた。


 チトセは槍をダリスに返し、代わりに渡された弓を構える

 矢をつがえ、グッと引っ張ると弦がプツンと音を立てて切れた。


「マニ! シテエル オンナダ!」


 店主がブチ切れてる。

 原因は多分、いや間違いなくチトセの手にある弓だろう。

 でも、少し引っ張ったくらいで壊れるなんて思わないし。

 この弓は不良品だったんじゃないかな。


「⦅気にしなくていい。アレは俺がなんとかしておくから、君は他の武器を試しておいてくれ⦆」


 片手剣、大剣、片手斧、両手斧、ハンマー、細剣、短剣。

 ダリスはチトセの横に武器を並べると、店主のところへ行ってしまった。


 それでは、お言葉に甘えて……。

 店主のことはダリスに任せ、チトセは武器の試し振りを続ける。


 片手剣は悪くない。けど、ちょっと軽すぎて不安だ。

 片手斧も軽すぎる。細剣と短剣はもっと軽い。

 戦いの最中に手からすっぽ抜けて、どこかへ飛んで行ってしまいそうだ。


 あっという間に、候補は大剣、両手斧、ハンマーに絞られた。

 正直、どれでもいい。


 ダリスの方を見ると、まだ店主と言い争いをしている。

 ヒマを持て余し、店の中を見回していると、壁に掛かっていた無骨な大剣が目に飛び込んできた。


 黒くて、硬くて、大きくて、分厚い両刃の大剣。


 チトセがこの大剣に目を奪われたのは、強い既視感に襲われたからだ。

 それも元の世界で見たことがある。しばらく考えていたら、大柄な男が似たような大剣を振り回し、敵をバッサバサと斬り倒す構図が白黒で脳裏に浮かんできた。


 そうだ。弟の部屋にあったマンガだ。

 あのマンガも中世ヨーロッパっぽい世界を舞台にした『剣と魔法』のダークファンタジーだった気がする。

 

「マニ! シテエル オンナダ!」


 また店主がブチ切れている。

 ダリスと揉めているのかと思ったら、どうもチトセの方を見ているようだ。


「ルツナ ジイニレカャア エモハノ マソエシオロ!」


 顔を真っ赤にして、怒っている店主。

 その隣にいるダリスが、ニヤニヤしながら声を張り上げた。


「⦅『それはお前に扱える代物じゃない!』だってさ⦆」


 チトセはそのとき気づいた。

 いつの間にか、自分がさっきの大剣を手にしていることに。

 壁から外した記憶はない。


 無意識のうちに、壁から取り外していたらしい。

 チトセは大剣の柄を強く握りしめる。

 それはまるで、長年使ってきた相棒のように、チトセの掌に馴染んだ。




💰Tips


【魔力】

 魔法を行使するために必要な力の強さと量。

 ダリスのスキル『真・鑑定』によって、戦闘力と同じく10段階で表される。

 魔力が強いほど魔法の効果が高くなり、使える回数も多くなる。

 これぞファンタジーの代名詞である。



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