💰概ねすべてがFである


「⦅……なあ、取引をしないか?⦆」

「⦅取引? なんか難しそうだから、ヤダ⦆」

 ※⦅⦆内は日本語です


 ダリスの提案は、チトセにむべもなく断られた。

 しかも、ちょっと小首を傾げながら。


 理由が『難しそうだから』って、そんな雑な話ある!?

 もちろん、これくらいで諦めるわけにはいかない。

 なにせ相手はレジェンドクラスのステータスを持つ逸材だ。


「⦅ちょ、ちょ、ちょっと待て。せめて内容くらいは聞いてくれ。俺は君がこの異世界で暮らしていくのをサポートす――⦆」

「⦅え? 生活をサポートしてくれるの? やったあ!⦆」

「⦅待て、待て。話は最後まで聞けって。その代わり――⦆」


 モンスターを倒して欲しい、そう伝えようとしたダリスの前で、チトセは両手を交差させて自分の身体を守るような姿勢を取った。


「⦅まさか……そういう目的?⦆」

「⦅いや、ち、ち、違う! そういう変な話じゃなくて⦆」


 本当に下心なんて無かったのに、否定すればするほどチトセが距離を取っていく。

 女子高生って難しい……。


 前世は享年三十五歳、女子高生とは年齢でダブルスコア。

 仕事に忙殺されていた社畜に、ハイティーンとの接点などあろうはずもなく、ダリスにとってもはや女子高生は未知の生物と変わらない。


「⦅君に、モンスターを倒して貰いたいんだ!⦆」

「⦅…………モンスター? なにそれ。意味がわからない⦆」


 本日四回目の『意味がわからない』を頂きました。本当にありがとうございます。

 考えてみれば、いきなりモンスターとか言われても困るよな。

 ひとつずつ説明していくしかなさそうだ。 


「⦅まず、この世界にはダンジョンって場所があって、そこにはモンスターがいる⦆」

「⦅ダンジョン、モンスター⦆」

「⦅そう。で、そのモンスターを倒すと手に入る『魔光石』っていう石を売るとお金が貰える⦆」

「⦅魔光石、お金⦆」


 チトセがオウム返しをするロボットみたいになってしまった。

 ちゃんと話を理解しているのか不安ではあったが、ダリスはいったん最後まで話しきることにした。


「⦅生活するにはお金が必要だろ? だからモンスターを倒して、魔光石を手に入れて、お金を稼がなきゃいけない⦆」


 本当は『買った奴隷を冒険者にして、ダンジョンでお金稼ぎをしよう』計画のために戦ってもらう必要があるんだけど、今の話も決して嘘ではない。

 

 いかにダリスが貴族令息とはいえ、独り立ちするために家を出た身。

 住む場所だけはこの別邸をタダで使えるものの、仕送りのようなものはないから、日々の生活費は自分たちで稼がなくてはならない。


 まずは生活費を稼がなくては、『買った奴隷を冒険者にして、ダンジョンでお金稼ぎをしよう』計画なんて夢のまた夢。


「⦅わかった。……けどわからないこともある⦆」

「⦅わからないこと?⦆」

「⦅どうして、“ボク”なのか⦆」


 チトセの真っ黒な瞳から、射貫くような視線がダリスに突き刺さる。

 第一印象で、ぼんやりしたマイペースな女子高生だと思っていたが、その視線は全てを見透かしたような鋭さだった。


「どうしてって……だから、取引――」

「どうして、“ボク”と取引しようと思ったのか、ってこと。こんな細い身体をした女に『モンスターを倒して貰いたい』なんて……誰が見ても人選ミスだよ。でも、さっきのダリスは……ボクがモンスターを倒せる前提で話をしてた」

「あ……」


 思わず声が漏れてしまった。

 チトセに言われて初めて、自分のうかつさに気がついた。


 最初に取引を断られて、こんな逸材を逃してはならないと焦ってしまった。

 彼女の問いに答えるには、ダリス自身のギフトについて明かさなくてはならない。


 個人情報がどうとか言うつもりはないが、シンプルに面倒くさい。

 この世界のことを何も知らず、アニメやラノベの知識もなく、剣と魔法のファンタジーですら『意味がわからない』と言ってのける女子高生に『鑑定』の概念を教えるとか最高に面倒くさい。


 なんていっている場合ではないので、ダリスは諦めて懇切丁寧に説明した。

 たぶん、一時間くらい掛かった。



「真・鑑定。……ボクが戦闘力S。で、ダリスが?」

「…………Fだ」


 そう。今さらだがダリスの戦闘力はFだ。十段階評価の一番下だ。

 ダリスはこの真・鑑定のスキルを自覚したとき、まず最初に自分自身を鑑定した。


 Fの文字が群れをなしていた。

 かろうじて成長限界がCである以外、全てのステータスがF。


 当時はまだ『鑑定』について何も知らなかったから、色んな人のステータスを覗いて回った。結果、Fが一番下という結論に至り、三日寝込んだ。


 それから幾度となく鑑定を試みたが、FがEに変わるような奇跡は今のところ起きていない。

 

【ダリスのステータス】

――――――――――――――

戦闘力  F

属性   光

勇気   F

集中力  F

反射神経 F

魔力   F

成長速度 F

成長限界 C

――――――――――――――


 戦闘力が全てではない。

 だが、ほかのステータスにこれほどFが並んでいてはどうしようもない。


 この残念な鑑定結果は、チトセを納得させるには十分な効果があったらしい。


「たしかに、それじゃボクが戦うしかないね」

「……わかって貰えて嬉しいよ」


 一言でまとめると「俺は弱いから戦うのはよろしくね」という話だ。

 まぎれもない事実なのだけど、こうやって口にして認めるのは男として忸怩じくじたる気持ちになる。

 

 ダリスは敗北感に打ちひしがれながら、窓から空を見上げて思った。

 そうだ。買い物に行かなくちゃ。




💰Tips


【反射神経】

 刺激や動きに、瞬間的に反応する能力。

 ダリスのスキル『真・鑑定』によって、戦闘力と同じく10段階で表される。

 敵のちょっとした動きに瞬時に反応できれば、攻撃をかわすことも容易である。

 反射神経が良い者は、盾を使ったガード、武器を使ったパリィが得意。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る