勇者、さらいます。

メリーさん。

第1話 疑心暗鬼なジジイなんて誰得だよ、気持ち悪い

――ああ、何てみたいな状況だ。


この場を客観的に見れるのは俺くらいだろうか。

それぞれの分野において頂点に位置する臣下達が集った空間。

数多の思惑が絡まり合った魔の巣窟。

この国の栄華の象徴のような玉座の間において、今まさに魔王討伐を終えたばかりの歴戦の勇者が排除されようとしていた。



但し、その姿は威風堂々。

凛とした顔つきの一人の若い女は、花盛りの年代だというのに頬には大きな傷を負い、化粧も装飾もなく、ただただ強くなろうと研鑽を重ねてきたのだと思わせる。

個人的には、強い女性の象徴といったその姿はとても好印象である。


が、そんな女が権謀術数が巡らされた王城にて、今哀れにも犠牲になろうとしていた。


「ああ、大義であった」

苦々しく話すこの国の王は分かり易く焦燥が見られる。

クマのできた目元、ずっと貧乏ゆすりが止まっていない。名前も定かではないこの王の癖なのかはわからない。


大方自らの立場が危ういと思って焦っているんだろうか。


過去の王様は魔王討伐を成し遂げた勇者に国を譲り、国は一気に栄華を極めることとなった。

今の王族にもその血脈は続いている。


当時絶大な人気を誇った勇者は、高い戦闘力はもとよりその人柄の良さも相まって多くの国民から人気を博した。

もともと王様は気弱な性格であったこと、またはっきり言って指導力不足気味であったこともあり、縁の下の力持ちである臣下達が動き回り、遂には唯一無二の王の座を、勇者にすげ替えた。


自らの看板を人気を上手く利用し、国民達を先導していく。それを影で支える文官連中が政策を支え国を動かしていく。結果的にこれが物凄く上手く行ったと言えよう。

今この国が大国と呼ばれる基礎を作り上げたのがその元勇者が王様となった頃の功績だろう。


ちなみに今の王はその勇者の分家にあたる筋だそうだ。

本当に誰に似たのか、勇者のイメージからかけ離れたただの凡人のようで

人に流されやすく、直ぐに保身に走る傾向が見てとれる。

可もなく不可もなく。それがこいつの評価。

仮にも偉大な勇者の血筋ってんだろうに情けねえな…。


そんな今も険しい表情の王様くんは、ずっとこうして勇者の帰還に怯えていたんだろう。


ただ周りの人間への根回しだけは一丁前に手早かった。

まったくだ。

王という立場をも差し出さなくてはいけない、そんなことを考えていたらいてもたってもいられなくなったのかね。


…にしても今代の勇者の意思なんて確認している訳でもないくせにな。

野心家に見えるか?

ただ一心に国民の為に任務を全うした武人の顔だぜ?


自信がないくせに、王という立場が余程好きらしい。

疑心暗鬼なジジイなんて誰得だよ。気持ち悪い。


自分可愛いばかりじゃねえか。

多大な犠牲を払い続けてきたのは、このジジイ自身が命令を下し立派にこの役目を全うし帰ってきた女勇者だけだろ?

いい加減に気付けよ、この国はよ。



しっかしこの勇者、やはり実に俺の好みだ。

欲しい。

排除されるってんなら、もう必要ないんだよな?

いっそのこと俺がさらってやっても… 

後先考えずにやっちまうか?



…ああ、俺か?

俺はいわゆる正義の救世主様ってやつ。

なんて冗談。

そんな良いもんじゃねえよ、この国の、または負の遺産、あるいは恥部かも。


少し前まで、自らの意思で立つこと・話すことすらできずずっと眠り続けていた。

眠るというか、封印だな。

それも既に普通の人間なら余裕で寿命を全うするほどの、気の遠くなるような期間を封印され眠り続けた。


幸い解けた封印に、今でも誰も気づくことはない。

何となしに身体を解して大人しくしていたんだが、それももう飽きた。

湿気たこの城からはさっさとおさらばして、やりたいように過ごしていくか。


なんだか俄然やる気になってきたな。


……それじゃ、タイミングよく勇者様をさらっちまおうか。

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