青竜洋裁店は今日も
宵街 桜
【読切シナリオ】青竜洋裁店は今日も
⚪︎青竜(せいりゅう)洋裁店内(夕)
★昭和レトロな店内。水色のミルクガラスランプの真下にある焦茶色のカウンターを挟んで向かい合う店長(60)と
小林「死装束を作ってくれ」
★小林バストアップ。決死の覚悟を決めて戦場に突っ込む時の兵士のような表情
★店長バストアップ。真顔だが、曇ったサングラスと口髭で表情がわからないように
★一コマ目と同じ状況で、店長だけが俯いて白い紙を手に取る
店長「かしこまりました」
店長「では、こちらに情報の記入を」
○同・カフェスペース
★茶色のアンティークの丸テーブルに紙を放り、同じくアンティークの茶色い椅子に乱雑に座る小林
小林M「……こんなにあっさり通るなんて」
★渡された紙を覗き込む小林。紙には「氏名」「生年月日」「職業」など、よく聞かれる個人情報を記入する欄がある。コマの端に鉛筆と消しゴム
★体を丸めて黙々と紙に記入する小林
★声と共に丸テーブルにコーヒーが入ったカップが置かれる。それに気づいて顔を上げる小林
店長の声「書けましたか?」
★小林の反対側の椅子に座る店長。小林は戸惑った表情をしながら、右手人差し指を軽く噛む
小林「あ……はい」
★微笑み、軽く頷く店長。
★小林が書いた紙の一部。「職業」の欄には「無職」と書かれているが、何か長い言葉を書いて消したような跡がある
★微笑んでいる店長。両手をテーブルに乗せ、指を組んでいる
店長「さて……」
店長「ご存知かもしれませんが」
店長「うちで仕立てた服は願いを叶えます」
★緊張で顔をこわばらせる小林。問うように首を傾ける店長の後頭部
店長の声「貴方の願いは何ですか?」
★小林の口元アップ。きつく閉じられているが、微かに震えている
★小林の口元アップ。息を吸うように、小さく口を開ける。「デ」と発音しようとする。唇は震えている
〈回想〉
⚪︎小林の実家・台所(夜)
★小林母の後ろ姿。小林の一人称視点
小林母「またお祈りメール?」
小林の声「あ……うん」
★暗転。小林母の溜息
小林母の声「はあ……」
〈回想終わり〉
★視線を机に向けたまま、ぼそっと言葉を落とす小林
小林「……可愛いお洋服を着て死にたい」
★俯いて、居心地悪そうな顔をする小林。横からのアングル
★店長の声に、弾かれたように顔を上げる小林。横からのアングル
店長の声「かしこまりました」
★微笑んだままの店長
★呆然とした表情の小林
店長の声「デザインは如何致しますか?」
★上着のポケットからくっしゃくしゃになった紙を取り出し、のろのろと店主の方へ差し出す小林。小林の顔は動揺一色
★くしゃくしゃの紙を丁寧に伸ばしてデザインを見る店長
店長「これはこれは」
★感心した表情で、サングラスを額の上に乗せる
店長「とても良く描きこまれていますね」
★丸テーブルを挟んで話す小林と店長。小林は緊張した面持ちで、膝の上で手を握りしめている。
小林「……これで、作れますか」
店長「ええ」
★店長は紙を見ながら微笑んだまま
店長「しかし困りました」
★店長の言葉に動揺し、思わずといった表情で言葉を漏らす小林
小林「え……」
★瞳を閉じて、紙を持っていない方の手をひらりと振る店長
店長「いつもはデザインの相談から始めるので」
店主「こんなに早く話が終わったことがありませんでした」
★まだ湯気が立っているコーヒーカップのアップ
店長の声「どうです?」
店長の声「もう少しお話ししていきませんか?」
★机の上のコーヒーカップを見つめる小林
★暗転、またはページを変える
⚪︎青竜洋裁店内(昼)
★カウンターを挟んで向かい合う店主と小林。カウンターの上には透明なビニールに包まれたピンクのロリータ服。引きのカット
★カウンターに置かれたロリータ服のアップ
店長の声「こちら、ご注文の品になります」
★思い詰めた顔で見下ろす小林。バストアップ
店長の声「小林さん」
★カウンター裏、店長側からのカメラ。手前から店長の背中、カウンター、驚きと困惑の表情の小林
店長「着て帰られますよね?」
小林「え」
★手前に笑顔の店長のバストアップ。店長の背後にはアンティーク調の試着室
店長「こちらへどうぞ」
⚪︎街(夕)
★帰路につく人々(首から下のみ)。スーツのサラリーマン、スカートを無理矢理短くした女子高生、奇抜なデザインのズボンを履いた人(MArimo)など。流れの中を逆行していくロリータ(小林)。小林は金髪ウェーブロングのウィッグを被り、メイクもしている
女子高生「補習めんどい」
サラリーマン「疲れた」
通行人A「いいねつかない」
通行人B「今流行の」
★同じく首から下のみ。小林のみ前のコマより進んだ場所に。他の人達は皆立ち止まって、振り返る
サラリーマン「え」
女子高生「今の見た?」
★MArimoの顔アップ。かけていたサングラスを頭の上に乗せる。良いものを見つけたと言わんばかりの、期待に満ちた表情。横からのアングル
MArimo「Wow!」
⚪︎青竜洋裁店・カフェスペース(朝)
★茶色のアンティークの椅子に座り、タブレット端末(アイパッドぐらい)を見る店主。目の前の丸テーブルには湯気の立っているコーヒーカップと白い紙
★タブレット端末を眺めたままコーヒーカップを手に取る店主。ホッとした表情
店主「ご期待に添えましたか?」
★タブレット端末のアップ。インスタグラムみたいなSNSの画面には、楽しそうなMArimoと緊張した顔の小林がハグしている写真。タイトルに「新たな原石を見つけちゃったワ!」と書かれている
★店主の反対側に座っている小林母と、顔を上げて小林母を見る店主。二人とも微笑んでいる
小林母「ええ」
小林母「上手くいって良かったわ、この」
★机の上にあった白い紙のアップ。小林が最初に書かされた紙の備考欄に「就職して母を喜ばせたい」と情けなく細い字で書かれている
小林母の声「バカ息子」
★小林母のバストアップ。瞼を閉じて、呆れた表情。しかし右目から涙が一滴流れている
小林母「あなたが生きていてくれたら」
小林母「私は充分に嬉しいのよ」
★ドアベルのアップ。書き文字で「カランカラン」
★手前から、小林の足(派手なズボン)、小林母の後頭部、立ち上がる店主。小林の足元から斜め上に向けられたカメラ
店主「いらっしゃいませ……おや」
★扉を開けたままの体勢の小林(派手な服)。垢抜けた、スッキリした顔立ちになった小林。金髪ウィッグを被っている
小林「あれ、母さん?」
★ページを変える
⚪︎青竜洋裁店・店の前(昼)
★開店準備をしている店主。木製のスタンド看板を置いている
★スタンド看板「願いを叶える服、要りませんか」のアップ
★店の中に入り、扉を閉めようとする店主のアップ
店主N「青竜洋裁店は」
★ページを変え、丸々1ページ使う。ページ上部にナレーション。ページ下部に店の全体
店主N「今日も、皆様のご来店をお待ちしております」
了
青竜洋裁店は今日も 宵街 桜 @YoimatiSakura
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