青竜洋裁店は今日も

宵街 桜

【読切シナリオ】青竜洋裁店は今日も


⚪︎青竜(せいりゅう)洋裁店内(夕)

   ★昭和レトロな店内。水色のミルクガラスランプの真下にある焦茶色のカウンターを挟んで向かい合う店長(60)と小林昭仁こばやしあきひと(38)。小林は両手をカウンターの上に乗せている

小林「死装束を作ってくれ」

   ★小林バストアップ。決死の覚悟を決めて戦場に突っ込む時の兵士のような表情

   ★店長バストアップ。真顔だが、曇ったサングラスと口髭で表情がわからないように

   ★一コマ目と同じ状況で、店長だけが俯いて白い紙を手に取る

店長「かしこまりました」

店長「では、こちらに情報の記入を」


○同・カフェスペース

   ★茶色のアンティークの丸テーブルに紙を放り、同じくアンティークの茶色い椅子に乱雑に座る小林

小林M「……こんなにあっさり通るなんて」

   ★渡された紙を覗き込む小林。紙には「氏名」「生年月日」「職業」など、よく聞かれる個人情報を記入する欄がある。コマの端に鉛筆と消しゴム

   ★体を丸めて黙々と紙に記入する小林

   ★声と共に丸テーブルにコーヒーが入ったカップが置かれる。それに気づいて顔を上げる小林

店長の声「書けましたか?」

   ★小林の反対側の椅子に座る店長。小林は戸惑った表情をしながら、右手人差し指を軽く噛む

小林「あ……はい」

   ★微笑み、軽く頷く店長。

   ★小林が書いた紙の一部。「職業」の欄には「無職」と書かれているが、何か長い言葉を書いて消したような跡がある

   ★微笑んでいる店長。両手をテーブルに乗せ、指を組んでいる

店長「さて……」

店長「ご存知かもしれませんが」

店長「うちで仕立てた服は願いを叶えます」

   ★緊張で顔をこわばらせる小林。問うように首を傾ける店長の後頭部

店長の声「貴方の願いは何ですか?」

   ★小林の口元アップ。きつく閉じられているが、微かに震えている

   ★小林の口元アップ。息を吸うように、小さく口を開ける。「デ」と発音しようとする。唇は震えている

   


〈回想〉

⚪︎小林の実家・台所(夜)

   ★小林母の後ろ姿。小林の一人称視点

小林母「またお祈りメール?」

小林の声「あ……うん」

   ★暗転。小林母の溜息

小林母の声「はあ……」

〈回想終わり〉



   ★視線を机に向けたまま、ぼそっと言葉を落とす小林

小林「……可愛いお洋服を着て死にたい」

   ★俯いて、居心地悪そうな顔をする小林。横からのアングル

   ★店長の声に、弾かれたように顔を上げる小林。横からのアングル

店長の声「かしこまりました」

   ★微笑んだままの店長

   ★呆然とした表情の小林

店長の声「デザインは如何致しますか?」

   ★上着のポケットからくっしゃくしゃになった紙を取り出し、のろのろと店主の方へ差し出す小林。小林の顔は動揺一色

   ★くしゃくしゃの紙を丁寧に伸ばしてデザインを見る店長

店長「これはこれは」

   ★感心した表情で、サングラスを額の上に乗せる

店長「とても良く描きこまれていますね」

   ★丸テーブルを挟んで話す小林と店長。小林は緊張した面持ちで、膝の上で手を握りしめている。

小林「……これで、作れますか」

店長「ええ」

   ★店長は紙を見ながら微笑んだまま

店長「しかし困りました」

   ★店長の言葉に動揺し、思わずといった表情で言葉を漏らす小林

小林「え……」

   ★瞳を閉じて、紙を持っていない方の手をひらりと振る店長

店長「いつもはデザインの相談から始めるので」

店主「こんなに早く話が終わったことがありませんでした」

   ★まだ湯気が立っているコーヒーカップのアップ

店長の声「どうです?」

店長の声「もう少しお話ししていきませんか?」

   ★机の上のコーヒーカップを見つめる小林

   ★暗転、またはページを変える


⚪︎青竜洋裁店内(昼)

   ★カウンターを挟んで向かい合う店主と小林。カウンターの上には透明なビニールに包まれたピンクのロリータ服。引きのカット

   ★カウンターに置かれたロリータ服のアップ

店長の声「こちら、ご注文の品になります」

   ★思い詰めた顔で見下ろす小林。バストアップ

店長の声「小林さん」

   ★カウンター裏、店長側からのカメラ。手前から店長の背中、カウンター、驚きと困惑の表情の小林

店長「着て帰られますよね?」

小林「え」

   ★手前に笑顔の店長のバストアップ。店長の背後にはアンティーク調の試着室

店長「こちらへどうぞ」


⚪︎街(夕)

   ★帰路につく人々(首から下のみ)。スーツのサラリーマン、スカートを無理矢理短くした女子高生、奇抜なデザインのズボンを履いた人(MArimo)など。流れの中を逆行していくロリータ(小林)。小林は金髪ウェーブロングのウィッグを被り、メイクもしている

女子高生「補習めんどい」

サラリーマン「疲れた」

通行人A「いいねつかない」

通行人B「今流行の」

   ★同じく首から下のみ。小林のみ前のコマより進んだ場所に。他の人達は皆立ち止まって、振り返る

サラリーマン「え」

女子高生「今の見た?」

   ★MArimoの顔アップ。かけていたサングラスを頭の上に乗せる。良いものを見つけたと言わんばかりの、期待に満ちた表情。横からのアングル

MArimo「Wow!」   


⚪︎青竜洋裁店・カフェスペース(朝)

   ★茶色のアンティークの椅子に座り、タブレット端末(アイパッドぐらい)を見る店主。目の前の丸テーブルには湯気の立っているコーヒーカップと白い紙

   ★タブレット端末を眺めたままコーヒーカップを手に取る店主。ホッとした表情

店主「ご期待に添えましたか?」

   ★タブレット端末のアップ。インスタグラムみたいなSNSの画面には、楽しそうなMArimoと緊張した顔の小林がハグしている写真。タイトルに「新たな原石を見つけちゃったワ!」と書かれている

   ★店主の反対側に座っている小林母と、顔を上げて小林母を見る店主。二人とも微笑んでいる

小林母「ええ」

小林母「上手くいって良かったわ、この」

   ★机の上にあった白い紙のアップ。小林が最初に書かされた紙の備考欄に「就職して母を喜ばせたい」と情けなく細い字で書かれている

小林母の声「バカ息子」

   ★小林母のバストアップ。瞼を閉じて、呆れた表情。しかし右目から涙が一滴流れている

小林母「あなたが生きていてくれたら」

小林母「私は充分に嬉しいのよ」

   ★ドアベルのアップ。書き文字で「カランカラン」

   ★手前から、小林の足(派手なズボン)、小林母の後頭部、立ち上がる店主。小林の足元から斜め上に向けられたカメラ

店主「いらっしゃいませ……おや」

   ★扉を開けたままの体勢の小林(派手な服)。垢抜けた、スッキリした顔立ちになった小林。金髪ウィッグを被っている

小林「あれ、母さん?」

   ★ページを変える


⚪︎青竜洋裁店・店の前(昼)

   ★開店準備をしている店主。木製のスタンド看板を置いている

   ★スタンド看板「願いを叶える服、要りませんか」のアップ

   ★店の中に入り、扉を閉めようとする店主のアップ

店主N「青竜洋裁店は」

   ★ページを変え、丸々1ページ使う。ページ上部にナレーション。ページ下部に店の全体

店主N「今日も、皆様のご来店をお待ちしております」



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