本文
〇都立
入学式の立て看板。
〇同・体育館
パイプ椅子に座る生徒たちと演台の前で校長先生が式辞を述べている。
燿、たまたま後ろを振り返った彩春と目が合う。
彩春は出席番号一番、燿は出席番号最後の四七番。
燿M「入学式の日、僕は見えない恋に落ちた」
燿のアップ、目を見開いて頬が火照っている。
燿「っ!?」
燿、目を逸らしてブレザーの制服を握るようにして胸を抑える。
書き文字で「ドキドキ」と、心臓の鼓動を抑えているとわかるように表記。
燿M「もしその初恋を、もう一度見ることが叶うなら――」
暗転。
〇同・職員室・廊下(昼)
職員室と書かれた看板が下げられている。
T「二年後」
〇同・職員室
お昼休み、会議をしている先生など、教師たちがまばらにいる。
燿、少しガタイのいい先生の前で俯いている。
担任教師「柳川、本当にここが第一志望でいいのか?」
教師、机に置かれた「進路希望調査」と書かれた紙を燿の方に少し滑らす。
そこには「国立相宮大学医学部」と書いてある。
担任教師「三年生になって、確かにお前は一年の時よりも頭は良くなった」
燿、口元のアップ。固唾を飲む。
担任教師「が、まだ上級クラスの底辺じゃないか」「医学部目指す子はみんな最上級クラスにいるんだぞ?」
教師、立ち上がって燿の頭に「進路希望調査」の紙を置く。
ぽすっ、と優しめの効果音。
担任教師「お前、どうしても医者になりたいわけじゃないんだろ?」「強い志望動機がないなら、他の学部の方がいいぞ」
燿、顔のアップ。頭に乗せられた紙でできた影の中で物憂げな表情。
燿、頭の紙をそっと手で受け取る。
燿「わかりました」「考えておきます」
教師、燿の背中をぽんぽんと叩く。
担任教師「医学部以外だったら受かるだろうから、自信持てよな」
〇同・職員室・廊下
燿、職員室の扉を閉める。
燿、受け取った進路希望調査の紙を握り締めて、くしゃくしゃになる。
燿「……弱くて不純な動機だって、いいじゃないか」
〇燿の家・外観
「柳川」の表札。
〇同・燿の部屋
燿、机に座り参考書を開いて勉強している。
燿M「僕は二年前、一目惚れをした」
燿、必死にペンを動かす。
脇に積まれた参考書はすべて「〇〇の基礎」と書いてある(〇〇は科目名)。
ノートには、赤ペンで採点し間違った跡がたくさんある。
燿M「同じ高校に入学した、綺麗な黒髪ボブのあの子に」
燿、頭に冒頭の彩春のシーンを思い浮かべる。
燿、頭を振って振り払ってまた勉強に戻る。
燿の部屋のドアがノックされて開き、燿の母が顔を覗かせる。
燿の母「燿、今バラエティ番組で医学部の特集やってるけど見る?」
燿、椅子から立ち上がる。
燿「うん」「今行くよ」
〇柳川宅・リビング
燿、母と共にやってきてテレビを眺める。
燿の母「医学生にインタビューですって」「燿、今話してる生徒さんのこと見える?」
燿、苦笑いをする。
テレビでは、医学部の人の恋愛事情について聞いている。
燿「……ううん」「まだ見えないや」
燿の母、手を頬に置き悩む仕草をする。
燿の母「医学部受験は厳しいんじゃないの?」「良い大学に行きなさいとは言ったけれど、何も医学部にしなくたって……」
燿、困ったように頭を掻きながら半笑いをする。
燿「大丈夫」「この一年で最上級クラスに昇格……」「もしくは最上級クラスの生徒が見えるようになったら、きっと受かるって」
燿の母「そう?」「あんたの意見は尊重したいけど、くれぐれも無理はしないでね」
燿、目を伏せながらリビングの扉に手をかける。
燿「ありがとう母さん」「僕は勉強に戻るね」
燿、二階の自室に戻るために階段を上っている。
燿M「現代の学歴社会では、学力が離れすぎていると会話が成立しなくなる」「姿が見えなくなってしまうから」「そんななか――」
燿、自室の席に座り、背もたれに全体重をかける。
顔は天井を向き、腕で目を覆っている。
燿M「僕は、寄りにもよって」「学力が離れすぎている彼女に一目惚れをしてしまったのだ」
***
〇回想・背景・白
燿M「将来、そんな未来のことなんてわかるわけがなくて」「そのために勉強するなんて、できるわけがなかった」
私服にランドセル背負った、100点のテストをたくさん持っている燿のカット。
母親に言われている。
燿の母「やりたいことが無かったら、なるべく良い中学校に行くのよ」「きっと将来の選択肢を増やしてくれるはずだから」
燿M「僕は親の言うがままに、地元で一番頭の良い中学校に進学した」
学ランを着た中学生の燿、満点ではないテストを持っているカット。
数枚は地面に落としている。
父親に言われている。
燿の父「良い高校に行けば、良い大学に行ける」「そうすれば、就職してからが楽だぞ」「とりあえず良いところに行っておきなさい」
燿M「僕は親の言うがままに、地元で一番の高校を受験した」「そこには落ちて、二番目の高校に通った」
ブレザーを着た高校生の燿、手をだらりと下げているカット。
30点台のテストが宙を舞っている。
燿M「自発的にできない勉強が続くわけがなくて」「運良く成績が良かった小学校から、どんどん成績が落ちて」「高校では勉強について行けず、僕は落ちこぼれになった」
***
燿、目を覆っていた腕を下ろして、天井を向いたまま脱力する。
燿「僕はもう一度、初恋が見たいんだ」「やっと自分の意思で決めたんだから」「それで勉強ができるようになったんだから」「それでもいいじゃないか……」
〇相宮高校・外観・夏(昼)
「ミーンミーン」と、蝉が鳴いている声。
〇同・廊下・掲示板の前
掲示板に「夏季模試 採点結果」と書いてある紙が貼ってある。
燿、二、三人の男子生徒の隣で紙を見上げている。
燿の視線の先には「120位 柳川燿」と書いてある部分のアップ。
燿「点数は上がってるけど、まだ医学部の合格判定はBに届いてないな……」
燿、上の順位に目を移してとある名前を見つける。
燿「……追いつけたらいいな」
「27位 小野彩春」と書いている部分のアップ。
暗転。
***
〇同・入学式の体育館
冒頭の目が合うシーン。
その直後、体育館の引きのカットで燿と彩春の立ち位置関係を見せる。
燿と彩春の席に注目させる。
入学式の後、クラス分けの紙を見る燿のシーン。
燿の心中語。
燿「小野彩春さん、か……」
***
〇同・廊下・掲示板の前
掲示板の引きのカット。燿の姿を後ろから全身が見える。
燿、掲示板の前から左へ捌ける時の心中語。
燿「頑張ろ」
燿が見えなくなってから彩春が右からやってきて、掲示板の前で止まる。
彩春の顔のアップ。
彩春「私の順位は……あった」「二七位、まぁまぁかな」(セリフなので漢数字にしました)
彩春は下の順位に目を向けて、一つの名前を見つける。
「120位 柳川燿」と書いてある部分のアップ。
彩春「……勉強頑張ってるみたいだけど、どこ目指してるのかな」
彩春M「二年前、私は恋をしたのだと思う」
彩春、冒頭のシーンの逆で燿と目が合いドキドキしているシーンのワンカット。
***
〇同・廊下
彩春、友達二人と手前に向かって談笑して歩いている。
燿、全く同じ廊下で一人、参考書を抱えて奥に向かって歩いて行く。
お互い見えていないが、すれ違っている。
彩春M「入学式以来、会ったことはなかったけれど」「確かに恋をしていたと思う」
燿、何かに気づいたように振り返る。
燿「?」
彩春、何かに気づいたように振り返り、首をかしげる。
彩春「?」
燿と彩春、何もわからずまた歩き始める。
***
〇同・廊下・掲示板の前
彩春の顔のアップ。
瞼を閉じて手を胸に当て、笑顔が浮かんでいる。
彩春M「彼とはもう会えないのかもしれないけれど」「それでも私にとっては――」
彩春、目を開く。
彩春「……素敵な思い出だったな」
彩春、軽い足取りで右側へ捌ける。
〇彩春の家・外観(夕方)
「小野」という表札。
〇同・リビング
晩御飯が並んでいる。
彩春、母親とご飯を食べている。
彩春の母、彩春を見る。
彩春の母「彩春、勉強の調子はどう?」
彩春、目を伏せたまま、母親と目を合わせないようにしてご飯を食べ進める。
彩春「順調だよ」「この前の模試もA判定だったし」
彩春の母、手を叩いて喜ぶ。
彩春の母「さすが彩春ね」
彩春の母、安心したようにほっと息をつき、やっとご飯を食べ始める。
彩春の母「それでも油断しちゃだめよ?」「A判定取れているからって、恋愛なんかに現を抜かしていたら、合格できないんだから」
彩春は俯いて黙る。
彩春「……わかってるよ、ママ」
彩春、立ち上がって食器を重ねる。
彩春「ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ」
彩春の母「それはよかったわ」
彩春「私、部屋で勉強して来るね」
彩春の母「えぇ。早く寝なさいね」
〇同・彩春の部屋
彩春、自分の部屋に入ると、後ろ手で扉を閉めてそのままもたれて座り込む。
彩春M「私は、良い子だった」「お母さんの言うことを全部聞いて、その通りに生きてきた」
彩春が母親に言いつけられているワンシーンのカット。
彩春M「私の進学先は医学部。小学生の時から決まっていた」
彩春が母親によって友達の輪から離されているワンシーンのカット。
彩春M「私の交友関係は、お母さんが全部決めていた」
彩春が母親によって、有名企業社長の息子と引き合わされるワンシーンのカット。
母親と社長が談笑している。
彩春M「私の将来さえも、決められていた」「私に自由意思はなかった」「お母さんが私を全て作り上げていた」「だから……」
冒頭の目が合うシーンの燿のカット。
彩春M「私とあの子だけしか知らないあの瞬間」「母が知る由もないあの気持ち」
目を逸らして顔を赤らめ胸を押さえている燿を見て、心臓の音を高鳴らせる彩春。
彩春M「それが、私がただ母親の操り人形ではないという証明」「心の支えになっていた」
彩春、扉に持たれながらも立ち上がる。
彩春、机に向かいながら独り言。
彩春「……私、まだまだ頑張るよ」
彩春M「見えない初恋は、私の中で綺麗な思い出になっていた」
暗転
※ここから燿と彩春を対比したいです。二分割して、燿と彩春一つずつでワンセット。
〇相宮高校・自習室(教室)・秋
校内敷地の木々が紅葉し、もみじが舞っている。
燿、自習室の机で積んである参考書と向かっているカット。
燿M「ただひたすらに勉強を続けた」
〇同・職員室・秋
彩春、先生に質問している。
彩春M「ただひたすらに勉強を続けた」
〇燿の家・冬
燿、羽織を着てこたつで勉強する。
燿M「もう一度初恋を見るために」
〇電車の中・冬
彩春、寄りかかって単語帳を見ている。
彩春M「もう見えない初恋を胸にしまって」
〇国立相宮大学・冬
「国立相宮大学」の表札。
燿、学校の右から正門に向けて歩いている。
正門前で立ち止まる。
自分が手に持っている「5132」と書かれた受験票を握り締めている。
燿M「僕は受験の日を迎えた」
セリフ無し、彩春の隣で試験を受けるカット。
〇同・冬
「国立相宮大学 入試会場」の看板。
彩春、学校の左から正門に向けて歩いてくる。
正門前で立ち止まる。
自分が手に持っている「5133」と書かれた受験票を握り締めている。
彩春M「私は受験の日を迎えた」
セリフ無し、燿の隣で試験を受けるカット。
※ここから二分割ではなく、元に戻します
暗転。
〇同・外観・冬
大学の俯瞰図。雪が積もっている。
T「合格発表の日――」
〇同・校舎内
燿、合格発表の模造紙が張り出された看板の前に立つ。
人混みの間から覗いて、自分の番号を探している。
燿「どこだ、どこだ……」
模造紙5100番台の書いてあるところを見つける。
燿M「頼む、あってくれ……!」
模造紙に向けている視線を落としていく。
5126、5128、5129、5131、5133と縦に並んでいる。
燿M「あ」
燿、落ち込んで紙を落とす。顔は俯き、こぶしを握り締めている。頬に涙が伝う。
燿M「ダメだった……」
彩春、歩いてきて燿に近づく。手には燿が落とした受験票を持っている。
彩春「あの、落としましたよ?」
燿が顔を上げて、彩春に気づく。彩春も燿の顔を見てハッとする。
燿「あ、えっと」「ありがとうございます……」
彩春「い、いえいえ……」
燿と彩春、二人とも相手の顔を見れず頬を赤らめる。
燿「……」
彩春「……」
燿「あ、あのっ……!」「あ」「先にどうぞ」
彩春「あ、あのっ……!」「あ」「先にどうぞ」
燿と彩春、完全にタイミングが被って、笑いあう。
彩春「えっと」「同じ高校、ですよね?」
燿「なんでそれを……」
燿と彩春、お互いに焦る。
彩春「それは、その……。あ、制服が同じ、だから」
燿「あぁー! そう、ですね!」
彩春、気を取り直して燿に話しかける。
彩春「受かったんですか?」
燿「え? あ、いや……」
彩春、口ごもる燿が不思議で首をかしげる。
彩春「?」
燿、気まずそうに口を開く。悲しそうな顔で笑う。
燿「……僕、落ちたんです。多分学力が足りなかったんです……」
彩春「え?」
二人を映す引きのカット。
彩春の口のアップのカットで、彩春が口を開き燿に話しかける。
彩春「学力、足りなくないと思いますよ」
燿「え?」
彩春、燿の手を引いて走り出す。
燿、急に手を掴まれて頬を赤らめる。
彩春「ついてきて!」
燿「ちょっと……!」
燿と彩春、人混みを掻き分けて合格発表の模造紙が貼ってある看板の隣に行く。
小さな掲示板があり、「補欠合格者発表」とある。そこには「5132」があった。
彩春「ここに受験番号ないですか?」
燿「え?」「……あ、あった!」「でもなんでわかったんですか……?」
彩春、自分の受験番号が書かれた紙を両手で広げて燿に見せる。
彩春「私は合格してたから」「こうして見えるということは、受かってると思って」
燿、目を光らせて感動する。
燿「そうだったんだ……!」
彩春「うん」「高校では会わなかったけど、これからも同じ学校だね」
彩春、握手をするために手を差し出す。
彩春「私は小野彩春。これからよろしくね」
燿「……」
燿、彩春の手を見つめて固唾を飲む。しばらくの沈黙。
彩春、固まってしまった燿が心配で首をかしげる
彩春「……えっと?」
燿「……」
燿、意を決して顔を上げる。
燿「僕っ、柳川燿っていいます! それで……!」
燿、差し出された手を両手で包むように握る。
燿「小野さんは覚えてないかもしれないけど」「実は入学式にあなたのこと見かけてて」「多分あの時の僕は、初恋したんです」
彩春、照れて赤面。顔のアップのカット。
彩春「え、えぇ!?」
燿、彩春にお構いなしに話を続ける。
燿「それで、高校にいる時にはその時以外会えなかったけど」「もう一度あなたを見るために」「初恋の相手をもう一度だけでも見たくて、勉強を頑張れた……」「ここまで来れたんです!」
彩春、まだ少し頬を赤らめたまま茫然としている。
燿、彩春のその様子に気づきハッとする。掴んでいた手は離す。
燿「あ、ごめんなさい」「急にこんなこと言われて、気持ち悪いですよね……」
彩春、手を顔の前で振って否定する。
彩春「いや、そんなことは全然……」
燿、自分がテンパってやってしまったことを頭を抱えて後悔している。
彩春、頭を抱えている燿に向けて、口を開く。
彩春「……覚えてますよ」
燿「……え?」
彩春「入学式のこと、覚えてる」
燿「そう、なの……?」
彩春、腕を後ろに組んではにかむ。
彩春「私もね、あの時のことがあったから」「勉強頑張れたんだよ」
燿、その笑顔に見惚れる。
彩春「あの時は初恋した、って言ってたけど」「……今は恋してくれないの?」
燿「なっ!?」
彩春、「何言ってんだろ私」と言いながら照れて顔を手で仰ぐ。
燿「えと」「恋、してもいいんすか……?」
彩春「……っ!!」
燿、緊張で顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
燿と彩春、お互いに視線をやる。
燿「……」
彩春「……」
燿と彩春、慌てて目を逸らし合う。
燿M「緊張して顔が見れない……」「どうしればいいの!?」
彩春M「恥ずかしい……」「どうすればいいの!?」
燿と彩春、お互い視線を明後日の方向に向けながら、お互い一歩だけ歩み寄る。
燿M「やっと見えた初恋は、再び始まろうとしていた」
IQ格差恋愛 星宮コウキ @Asemu
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