たばこの匂い、彼女の匂い
佐藤砂糖
第0話 プロローグ
第0話
今日は忙しかった、高校一年生の夏休みからやりはじめた焼肉屋のアルバイトも、一年近くたち慣れてきたとはいえ、日曜日の夕食時の忙しさには疲れを感じざるを得ない。
タイムカードを押して、まだ残って仕事をしている先輩たちに「お疲れ様です」と挨拶を交わしながら、裏の従業員用のロッカールームに行くと、先にあがっていた同じバイトの子たちが和気あいあいとお喋りしていた。
私がロッカールームに入ると、2人ともこちらに気づいたのか、こちらに振り向きながら
「あ、
「葉月先輩お疲れ様です!」
と挨拶をしてきた。
「
と私も返す。
私と同じくらい、160センチくらいの身長で、黒い髪をまとめてポニーテールにしている子が
そして私と澪より顔一つ分くらい身長の低く、黒い髪をショートに切り揃えている子が
澪と由紀ちゃんは高校のバスケ部の先輩後輩で、学校でも一緒にいるところをよく見る気がする。
二人とも運動部なだけあって健康的な肌艶で、きれい系というよりは可愛い系の顔立ちだ。
どちらも可愛いくて美人だから、可愛い女の子が好きな私は毎日癒しをもらっていて助かっている。
「そういえば葉月、今日お客さんに絡まれてたっぽいけど大丈夫だった?」
「そうですそうです、けっこう酔っ払ったお客さんだったんで心配してたんです!」
二人に言われ、私はああ、と思い出す。
「大丈夫だったよ、あの後
と心配してくれる二人を安心させるように言う。
そう、あれは今日の19時くらいだ、私がいつも通りテーブルに注文を届けていると、若い大学生くらいの男の人のグループに「君可愛いね」だの「連絡先教えて」だの絡まれたのだ。
知り合いや仲のいい友達などに容姿を褒められるのは嬉しいが、初めて会うようなお客さんにそういうことを言われても、嬉しい感情より不快感のほうが大きい。
普段なら適当にあしらうのだが、今回は相手がお客さんだ、お金をもらって食べに来てもらってる以上不快感を露わにして対応するのも憚られる、と対応に困っていたのだ。
対応に困りながら適当に相槌を打って困っていると、助けにきてくれたのが
海那さんは23歳の社会人で、私がここのお店でバイトをするより前から働いていて、バイトし始めた私に色々仕事を教えてくれた頼れる先輩だ。
私より少し高いくらいの身長で、黒いセミロングの髪の毛先を赤色に染めている。そんな海那さんは、顔もキレイ系の美人で派手な髪色がとても似合っている。
私も学校に地毛で通るくらいの茶髪に染めているが、これくらい派手な色には染めたことがない。
そんな海那さんはテーブルに来るなり、
「うちはそういうのお断りしてるんで、すいません」
と笑顔で告げて、私の肩を押しながら厨房のほうへ連れて帰ってくれたのだった。
「海那さん、そのあとも「大丈夫だった?葉月はあそこのテーブルもう行かなくていいよ、私や他の男連中で料理は運ぶからさ」って心配してくれてさ、ほんとに優しくて推せる・・・」
二人に海那さんに助けられた時のことを伝えると、
「大丈夫そうならよかったけど、今の葉月の顔みてると心配して損した気分になるよ」
「ほんとですね・・・でも心配してたのはほんとなんで安心です!」
と言ってくる。
そんな顔してるかなぁと、自分の顔をむにむに触ると、確かにちょっと口角が上がっていた。
「でも二人とも心配してくれてありがとうね、二人の美人で可愛い子に心配されて私は幸せです」
と、おどけたように感謝を伝えた。
澪は「はいはい・・・」と呆れたように言い、由香ちゃんは「私はそんな可愛いなんて・・・」と照れるように言っていた。
その後も軽い雑談を交わしながら着替えを済ませ、「そろそろ帰りますか」と二人に言い、解散の流れとなった。
「じゃ、私は裏口から帰るから二人ともお疲れ様」
「ん、お疲れ様。気をつけて帰るのよ」
「葉月先輩お疲れ様でした、お気をつけて!」
と、それぞれ家の方面に近いほうの道に出れる出口からお店を後にした。
私が裏口から外に出ると6月特有のむわっとした空気が全身にあたった。
そういえば、さっき雨が降っていたみたいだったから、それでちょっと蒸し暑いのかな。なんて思い出す。
すると蒸し暑い空気と一緒に、たばこの匂いも一緒にきていることに気づいた。
お店の裏口にはゴミを入れておく屋外ストッカーと、従業員用の灰皿くらいしか置いてないのでタバコの匂いがするところなんて一か所しかない。
店長でもいるのかなと思い、挨拶しようと灰皿のほうに行くと、そこにいたのは男の店長ではなく、私よりちょっと身長が高く、黒いセミロングの毛先を赤色に染めたキレイ系美人の女の人がたばこを吸っていた。海那さんだ。
「あ、海那さん。お疲れ様です」
「ん、葉月じゃん、お疲れ様。あがり?」
「上がりです、海那さん今日はありがとうございました、絡まれてるところを助けてくれて・・・」
「全然いいよ、気にしないで。うちの店、お酒も出してるし、酔っ払っちゃったお客さんがああいう風に絡んでくること、たまにあるから慣れてるのよ」
たばこの煙を吐き出しながら、なんてことないという風に海那さんは言った。
こうして見ると海那さんはやはり美人だと思う。目鼻立ちはきりっとしているし、顔のパーツは全てが整っている。
そういう彼女はタバコを吸う姿も様になっていてかっこいい、私は知り合いや友達からよく可愛いとは言ってもらえるが、かっこいいやキレイなどは言われたことが無いから正直ちょっと羨ましい。
「そんなに見つめられると照れるんだけど・・・」
気づいたら海那さんを見つめてしまっていたらしく、海那さんは笑いながらそんなことを言ってきた。
私は無自覚に見つめてしまっていたことにドキッとしながら「す、すいません」と謝り、
「そ、そうだ、今度今日のお礼になにかさせてください」
誤魔化すようにそう続けた。
すると海那さんは、
「いやいや、ほんとにお礼もらうほどのことじゃないから気にしないで」
なんて、当たり前のように遠慮するのだった。
でもここで遠慮されると私としても申し訳なくなってしまうので、なんとかしてお返ししたい。
「だめです、それじゃあ私の気が収まりません!それに、海那さんには何もわからなかった頃からお世話になってますし、ここで一つお返しさせてください!」
「んー、そこまで後輩に言われて遠慮するのも申し訳なくなってきたな・・・。わかったよ、それじゃあなにかお礼としてお返ししてもらおうかな」
と、渋々といった感じで納得してくれるのだった。
「ありがとうございます!海那さん、なにかしてほしいこととかってありますか?」
「お礼するほうがありがとうってなんか変じゃない?」
そんな風に笑いながら言い、「うーん」と顎に手をやり悩む海那さん。
それからしばらく悩み、海那さんは閃いたように「あ、そうだ!」と言った。
「なんですか?何でも言ってください!」
と海那さんに聞くと、
「私とデートに行こう」
と何でもない風に言うのだった。
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