No.37【短編】コンビニ店員の佐藤さん

鉄生 裕

コンビニ店員の佐藤さん

時刻は深夜3時を回った頃だった。

20代前半くらいの若い女性が一人、神妙な面持ちで入店してきた。

彼女は入口近くに置かれていたゴキジェットを手に取ると他の商品には目もくれず、この世の終わりみたいな顔をしながら一直線にレジまで歩いてきた。


「いらっしゃいませ。こちら一点で八百八十円になります」 


彼女は手汗で少しだけクシャクシャになった千円札をレジ上のトレーに置いた。


「百二十円のお返しです」


僕からお釣りを受け取った彼女は、足早に店を出て行った。

ふと横を見ると、隣のレジで一部始終を見ていた佐藤さんが何かをブツブツと唱えながら、店を後にする彼女に向かって念を送っていた。


「なんで彼女にハンドパワーしてんスか?彼女のこと消すつもりですか?」


「そんな物騒な事しないよ。僕、マジシャンじゃないし。マジックじゃなくて、魔法。ゴキブリが怖くなくなる魔法をね、彼女にかけてあげてるの」


佐藤さんは顔を真っ赤にしながら、彼女に魔法をかけ続けている。


「そんな事できんスか?」


「なんか気づいたら、できるようになっていたんだ。自分でもびっくりだよ」


彼女に魔法をかけ終わったかと思うと、突然苦しそうな表情になった佐藤さんはバックヤードへと走って行ってしまった。




コツコツと就職活動を進めていた僕は、大学三年の終わりには既に内定先が決まっていた。

コンビニの夜勤を始めたのは、卒業までの暇つぶしだった。

バイトで人脈を広めたいとか、社会人になった時のために接客業を経験しておきたいとか、そういった向上心のようなものは更々無かった。

だから、このコンビニでかれこれ十ヶ月近く勤務しているが、他のアルバイトの人とまともに会話をしたことが未だに無かった。

でも、佐藤さんだけは違った。

僕よりもずっと年上の佐藤さんは、こんな不愛想で生意気な小僧に対しても、

いつも明るく笑顔で話しかけてきてくれた。


ちなみに、先程のゴキジェットの女性だが、あれから30分後くらいに彼女はまたコンビニへやってきた。

すると今度は、少し高級なアイスを一つだけ買って店を出て行った。

おそらくだが、彼女はゴキブリとの戦に勝利したのだろう。

アイスを手に取った彼女の表情は、先程の彼女とはまるで別人だった。


「ゴキジェットの子、また来ましたよ。多分ですけど、無事解決したっぽいっス」


バックヤードの椅子に座りながら、相変わらず苦しそうな表情をしてる佐藤さんにそう伝えた。


「それは・・・よかった・・・」


「マジで、大丈夫っスか?」


その日、佐藤さんがバックヤードから表に出てくることは無かった。




【36日】


「ねぇ、村田くん」


「なんスか?」


「お客さん全然来ないし、何か面白い話でもしてよ」


「俺、面白い話してって言われるのが一番嫌いなんスよ」


「・・・ごめん。それじゃあ、コンビ二あるあるとかは?」


「コンビニあるあるですか?」


「例えば、『 間違えて他店のホットスナックの名前言われると困っちゃう』とか」


「そういう事ですね。それだと、

『タバコは銘柄じゃなく番号で言え』

『会計する時くらいイヤホン外せ』

『電話しながらレジに来るな』

『このご時世に立ち読みなんかするなよ』

『ポイントかバーコード決済かわからないから、会計の時に無言でスマホ提示するな』

とかっスかね」


「・・・村田くん、もしかしてコンビニのバイト嫌い?」


「嫌いじゃないっスよ」


「そっか。それならいいんだけど」


「どうしてそんなこと聞くんスか?」


「べつに、特に深い意味は無いんだけどね。・・・ねぇ、村田くん。もし僕にできることがあれば、その時は遠慮せずに何でも言ってね」


その日はその会話を最後に、佐藤さんの方から僕に話しかけてくることは無かった。




【29日】


「ねぇ、村田くん」


「なんスか?」


「バケモンカードって知ってる?」


「最近人気のカードゲームですよね。それがどうかしたんスか?」


「今日の昼に、このコンビニにもバケモンカードが入荷したんだよ。


それでね、ちょうどそのタイミングで男の子がカードを買おうとしたんだよ」


「あのカード、なかなか手に入らない事で有名ですよね。その男の子、良かったじゃないっスか」


「それが、良くは無いんだよ。男の子がカードを買おうとした時に、突然おじさんが横入りしてきてね。入荷した分をまとめて全部買いたいって言ってきたんだ」


「いますよね、見ててこっちが恥ずかしくなってくるような大人。どういう教育受けてきたんスかね」


「その時にレジをしていたのが畑中さんだったんだけど、そのおじさんに順番に並ぶよう注意したんだ。そしたらそのおじさん、逆ギレして大声で騒ぎ出したんだよ」


「しょうもない大人っスね」


「それを見ていた男の子の、怖くなったのかカードも買わずに帰っちゃって。騒ぎに気付いた店長がバックヤードから出てきて対応したんだけど、結局そのおじさんが強引に全部買い占めていったんだよ」


「最悪っスね。そいつ、どんな見た目ですか?もし深夜に来たら、俺が一言言ってやりますよ」


「村田くんって、そういう人に対してもストロングスタイルでいけるから凄いよね。僕は怖くてそんな強気にいけないよ。でも、たぶんもう大丈夫だよ」


「もう大丈夫って、どういう意味っスか?」


「あのおじさんには、死なない程度の惨い魔法をかけておいたから」


「・・・怖っ。佐藤さんの方がよっぽどストロングスタイルじゃないっスか」


「でもさすがに、今回の代償は大きかったよ」


「そういえばこの前のゴキブリの時も、凄い辛そうでしたもんね。そんなにヤバいんスか?」


「そうなんだよ、凄い辛いんだよ。実は魔法を使うとね・・・、お腹がとてつもなく痛くなるんだよ」


「・・・え?お腹っスか?」


「うん、お腹。めちゃくちゃ痛くなるの。さすがに今回は死ぬかと思ったな~」


「それだけっスか?」


「すっごい痛いんだよ。村田くんが想像してる二十倍は痛いんだから」


「・・・」


「本当だよ!?ねぇ、村田くん!聞いてる?なんでそんな冷めた顔してるの?」


「あ、俺もう上がりの時間っスわ。お疲れっしたー」


「ちょっと!?村田くん!本当だよ。本当にめちゃくちゃ痛いんだから!」




【23日】


「村田さん!」


誰もいなくなった店内でお菓子の陳列をしていると、突然名前を呼ばれた。

驚いて振り向くと、そこには畑中さんが立っていた。


「うわ、びっくりした。すいません、全然気づかなくて。それにしても、こんな時間にどうしたんスか?」


畑中さんは僕より二つ年下の大学生で、大学が休みの日のお昼にこのコンビニで働いている。

だから、夜勤の僕とシフトが被ることは無く、彼女とは数回だけ挨拶をした程度だった。


「どうしても村田さんに直接お礼が言いたくて」


「お礼ですか?」


「先日のカードの件です」


「・・・もしかして、バケモンカードの?」


「やっぱり、村田さんだったんですね。あの時カードを全部買っていった人なんですけど、昨日の昼にまた来たんですよ。そしたら、突然泣き出して、その場に土下座して何度も私に謝ったんです。きっと村田さんが何かしてくれたんだろうなって思って。お客さんにそんな事できるの、このコンビニでは村田さんくらいしかいないですから」


「・・・畑中さんから見た僕の印象って、そんなに物騒なんですか?」


「よかったらこれ、食べてください。それじゃあ、お仕事中にすいませんでした。夜勤、頑張ってください!」


畑中さんはそう言いながら透明の袋に入ったクッキーを僕に手渡すと、早足で店を出て行ってしまった。


「いやー村田くん、青春だねぇ~」


「うわっ、びっくりした。佐藤さんスか。いつも言ってますけど、急に背後に立たないでくださいよ」


「村田くんも隅に置けないねぇ~」


「でも、あれは俺じゃなくて佐藤さんのおかげじゃないっスか」


「たしかにそうだけど、僕がやったなんて誰も信じないでしょ。今回は特別に、村田くんの手柄にしてあげるよ」


「それはどうも。それにしても、一体どんな魔法をかけたんスか?」


すると佐藤さんは不敵な笑みを浮かべながら、

「それは秘密~」と言ってバックヤードへ行ってしまった。




【20日】


「今更ですけど、佐藤さんってどうしてここにいるんスか」


「僕も分からないんだよね。いかんせん、ここにいるより前の記憶が一切無いから。どうしてこのコンビニなのか分からないし、ここから出られない理由も分からないんだよね」


「そうなんスね」


「それにさ、最近なんだか薄くなってきてない?」


「髪がっスか?」


「・・・違うよ。村田くん、それはシンプルに傷付くよ。髪じゃなくて身体だよ、カ・ラ・ダ」


「たしかに言われてみれば、薄くなってるような気がしないようでも無いっスね」


「やっぱりそうだよね?僕、薄くなってるよね?何かの前兆なのかな・・・」


「佐藤さんって、いつからこのコンビニにいるんでしたっけ?」


「うーんとね、かれこれもう4週間とちょっとくらいかな」


「もしかしたらですけど、人は死んだら四十九日間は現世に留まるってよく言うじゃないっスか」


「ってことは、僕はいずれ成仏しちゃうってこと?」


「あくまで仮の話ですけど」


「でも、たしかにそうだよね。ずっとこのままってわけにはいかないもんね。そっか、僕もいつかは成仏しちゃうんだね」


その日、僕は初めて佐藤さんの寂しそうな顔を見た。




【16日】


「西野武右さん」


「え?」


「佐藤さんの本当の名前っスよ」


「もしかして、調べてくれたの?でも、こんな短期間でよくわかったね」


「他にやることも無かったんで。それで、知りたいっスか?」


「何を?」


「佐藤さんがこうなった原因っス」


「・・・」


「べつに、佐藤さんが知りたくないなら、それはそれでいいと思いますよ」


「・・・知りたい。せっかく村田くんが調べてくれたんだし、教えてもらってもいい?」


できることなら、僕も話したくは無かった。

それを聞いた佐藤さんがショックを受けるのは、明らかだったから。


「・・・交通事故っス。ここからちょっと行ったところの交差点で。しかも、佐藤さんを轢いた相手は飲酒運転だったそうです」


「・・・」


「佐藤さんが望むなら、佐藤さんを轢いた奴を見つけてここまで連れてきますよ。そしたら、佐藤さんのあのキモい魔法で、そいつを佐藤さんの好きなようにできるでしょ」


「村田くん、ありがとう。でも、良いんだ」


「良いって、何が良いんスか?飲酒運転ですよ?事故じゃない。佐藤さんはそいつに殺されたんスよ!?」


「良いんだよ、本当に」


「でも、佐藤さんは・・・」


「ありがとう。でも、本当にもう良いんだ。それより、どうしてなんだろう?」


「何がですか?」


「僕の死因が交通事故なら、なんで僕はここか出られないんだろう」


「たしかに、どうしてなんスかね」


「それと、村田くん。さっき、キモいって言ったよね?僕の魔法のこと。村田くん、ずっとそんな風に思ってたの?」


「いや、違うんスよ。あれは、その・・・、スイマセン」




【9日】


「村田くん、わかったよ」


「うわっ、びっくりした。何度も言ってますけど、急に背後に立たないでください。幽霊だと思うじゃないっスか」


「・・・僕、幽霊なんだけどね」


「ああ、そうだった。で、どうしたんスか?」


「僕がここにいる理由だよ。きっと、あのお客さんだよ」


佐藤さんはそう言いながら、缶チューハイコーナーの前に立っているスーツを着た女性を指さした。


「どういう事っスか?」


「僕がまだ生きていた頃、このコンビニで彼女とぶつかったんだ。そしたら彼女の持っていたコーヒーが僕の服にかかって、その時に彼女がハンカチを貸してくれたんだよ。他の記憶は全然思い出せないのに、彼女を見た瞬間、なぜかそれだけは思い出したんだ」


「もしかして、あの人のことが好きなんスか?」


「・・・うん、好きかも」


「それでこのコンビニってことっスか。まさに未練ってやつですね。ちょっとキモいっス」


「よくもまぁ、そんな辛辣な事をはっきりと言えるよね。呪っちゃうよ」


「佐藤さんがそれ言うと、冗談に聞こえないんでやめてください」


「・・・ねぇ、村田くん。一つお願い事を頼んでもいいかな?」




【5分】


「今日で四十九日目っスね」


「うん、そうだね」


「あの人、来ました?」


「いや、来てないかな」


「もう少しで、日付変わっちゃいますね。あの人、来るといいっスね」


「でもあと5分しかないでしょ。さすがに今日はもう来ないんじゃないかな」


「でもまぁ、今日で佐藤さんが成仏しちゃうって決まったわけじゃないし。あれはあくまでも仮の話っスから」


「そうだよね。今日会えなくても、明日になれば会えるかもしれないもんね」


「そうっスよ。あ、そうだ、これっスよね」


僕はポケットから水色のハンカチを出して佐藤さんに見せた。


「そう!これこれ!まだ捨ててなかったんだね」


「いや、佐藤さんのご実家に行ったんですけど、この前佐藤さんが言ってたハンカチは見つけらんなくて。だから、似てるものを買ってきたんスよ」


「そうだったんだ。なんかごめんね。わざわざありがとう」


「あの人、来るといいっスね」


「うん、そうだね。でも、僕のことが見えるのが村田くんで本当に良かったよ」


「急にどうしたんスか?」


「村田くんってさ、昔から僕みたいな人のことは見えてたりしたの?」


「いや、佐藤さんが初めてっスね」


「そうなんだ。僕らって、意外と似た者同士だよね。だからかな、村田くんだけが僕のことを見える理由」


「・・・」


「村田くん、どうしたの?体調でも悪いの?」


「・・俺と佐藤さんって、似てますかね?」


「え?そこ?そこ引っかかってたの?もしかして、僕と似てるって言われたのが嫌でそんな顔してるの?」


「・・・はい」


「・・・ごめん。やっぱり僕と村田くんは似てないかも。僕の勘違いだよ」


佐藤さんがあまりにも寂しそうな顔をするものだから、僕は思わず声を出して笑ってしまった。


「冗談っスよ。なんて顔してんすか。たしかに、俺と佐藤さんはどこか似てる部分があるかもしれないっスね」


「なんだよ~。あんなに嫌そうな顔されて、僕も結構ショックだったんだよ。今日が最後かもしれないんだから、もうちょっと優しくしてよ~」


「はいはい。気を付けますよ」


「本当に気をつけようと思ってる?でもまぁ、僕のことを見えるのが村田くんで良かったっていうのは、本心だからね」


「そういうのはいいっスから。ほら、こんなしょうもない話をしてるから、あっという間に十二時になりま・・・」


ほんの数秒前までそこにいた佐藤さんは、気が付くと何処かへ行ってしまっていた。


そこに佐藤さんの姿はなく、あるのはレジの上にポツンと置かれた水色のハンカチだけだった。

そしてその日を最後に、佐藤さんが僕の前に現れることは二度と無かった。




~2ヶ月後~


「お久しぶりですね。あの女性、やっと来ましたよ」


”西野家之墓”と書かれた墓石に向かって、僕は言った。


「僕が直接会ったわけじゃないんですけど、畑中さんが働いてる時にちょうどあの女性が買い物に来たらしくて。すいません、畑中さんに佐藤さんのこと全部話しちゃいました」


僕はポケットから水色のハンカチを取り出すと、線香やお茶が供えられているその隣にそっと置いた。


「あの女性、佐藤さんのことちゃんと覚えてましたよ。

『もしあの方お会いすることがあれば、あの時は本当にすいませんでしたとお伝えいただいても良いですか?』

って佐藤さんに伝えておいてくださいって、畑中さん言われたみたいです」


僕はコンビニ袋から缶ビールを二本取り出すと、

「佐藤さんって、ビール飲む人でしたっけ?まぁ、今日だけは付き合ってくださいよ」

そう言いながら二本の缶ビールのプルタブを引っ張り、そのうちの一本を墓石の前に置いた。


「畑中さん、あの女性を見つけた瞬間、嬉しくて泣き出したらしいんすよ。笑っちゃいますよね。佐藤さんの話を初めて彼女にした時も、大泣きしてたんですから。それで、泣きながらあの女性に言ったそうなんですよ。『このハンカチ、貰っても良いですか?』って。

号泣しながら突然そんな事を言われたら、あの女性からしたら嫌でもハンカチをあげるしかないですよね」


僕は笑いながらそう言うと、缶ビールに口をつけた。

それからしばらくの間、僕は墓石の前であの日々のことを思い出していた。


「それじゃあ、そろそろ行きますね」


あっという間に飲み干してしまった缶ビールの空き缶をコンビニ袋にしまいながら、きっとそこにいるであろう佐藤さんに向かって言った。


「ああ、そうだった。もう一つだけ、佐藤さんに報告しなきゃいけないことがあるのを忘れてました。俺、畑中さんと付き合う事になりましたわ。人生で初めての彼女ですよ。これも全部、佐藤さんのおかげですね。でも、俺は佐藤さんに何もしてあげられなかった。だから、その代わりと言ってはなんですけど、毎月会いに来てあげますよ。佐藤さん、友達少なそうですし。今度は畑中さんも連れてきますね。それじゃあ、また今度」


”西野家之墓”と書かれた墓石に向かって少しの間だけ手を合わせると、墓石の横に置いておいたリュックを背負いその場を後にした。




今頃、佐藤さんは何処で何をしているのだろうか。

もしかしたら、僕が見えなくなってしまっただけで、まだあのコンビニにいるのかもしれない。

もしそうなのだとしたら、たまにでいいから、またあの笑顔を見せて欲しいかなと思ったり思わなかったり。

そんな日々を、僕は大切にしていこうと

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No.37【短編】コンビニ店員の佐藤さん 鉄生 裕 @yu_tetuki

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