悪い子供にメリークリスマス

 教会から賛美歌が聞こえてくる。老若男女が混ざった明るい歌声だ。

 今日はクリスマス。

 素晴らしき聖なる日。


 だがダニエルには無関係だった。

 彼には両親がいなかった。

 流行り病で病死したのだ。

 孤児となり、一人で生きていくしかなかった。まだ十二歳であるにも関わらず。


 教会は孤児を保護している。

 しかし流行り病は規模が大きかった。孤児の数が多く、比較的年上のダニエルは受け入れてもらえなかった。


 恨みはない。

 ただ、羨ましいと思うだけだ。

 

 ダニエルは子供の特権を失い、働いていた。

 だが給金はとても足りない。そもそもろくに働けない子供はまともに雇って貰えない。


 だから、盗みを働くしかなかったのだ。生きるには。


「待てガキ!」


 パンを盗んだのが見つかり、店主に追いかけられる。

 当然だ。

 ダニエルの事情など、相手には関係ないのだから。


「うわ!」


 大人と子供の体力差は覆せない。追いつかれ、殴られ、蹴られ、踏みにじられた。

 止める者などいない。暴力は続く。


 店主が立ち去った後で、ダニエルはゆっくりと立ち上がる。体中が痛い。歩くだけでも辛い。

 だが、それはどうでもよかった。

 それより食べ物がないのが辛かった。

 痛みは耐えられても、空腹は耐えられなかった。


 傷ついた体を引きずり、歩く。

 帰るのは一人の家。寂しい家。あるべきものを失った家だ。


「お腹空いた……」


 家で膝を抱えた。

 空虚に響く腹の音は、止める手段がない。

 それに問題は空腹だけではなかった。

 寒い。隙間風が寒かった。暖めるにもただではない。勝手に薪は拾えないし、買う金もない。


 やがて夜になった。更に寒くなった冬の夜。祝いなどない、クリスマスの夜。

 ダニエルは空腹を抱えて、眠れない。眠らない。

 毛布だけが唯一の命綱。震えてこの夜を耐え凌ぐしかなかった。祝宴を夢想しながら。



 そんな寒々しいばかりの中、ふと顔を上げれば。

 寒い家に、不気味な訪問者が来ていた。

 黒い、ボロボロの服。落ち窪んだ眼窩。木肌のような腕。怪人のような何者かだった。


「ひっ!」


 ダニエルは思わず悲鳴をあげてしまった。

 怖い。恐ろしい。余計に震えが大きくなる。


 眼の前の怪人には、心当たりがあった。


 今日はクリスマス。

 良い子のところにはサンタクロースが来てプレゼントをくれる。

 しかし、悪い子のところには、ブラックサンタクロースが来てお仕置きをすると言う。


 盗みを働いた自分はお仕置きされるのだ。今日は失敗したが、確かに過去何度も悪い事をしていた。

 恐怖に震える。死を覚悟する。

 ダニエルはギュッと目を閉じた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 許しを請うべく、謝り続けた。

 死にたくない。反省しているからお仕置きは許して、と。


 しかし。

 何事も起きない。

 罰はいつまで経っても下されない。

 代わりに感じたのは、熱。寒さを和らげる暖かさがダニエルを包む。


 不思議に思って恐る恐る目を開ければ、意外な光景があった。


「え……?」


 黒いサンタクロースは、ただじっと佇んでいた。

 その前には、赤い炭。熱の発生源。怪人が用意したと思われる、寒さを追い払う品物だ。


 そして彼は湯気の立つ芋を差し出してくる。


「いいの……?」


 ダニエルは受け取って食べる。慌ててかぶりついた。

 空腹に響く、久々の食べ物。

 すぐに食べ終わって、しかしすぐ黒いサンタはお代わりをくれた。また行儀悪くかぶりつく。

 正直味はいまいち。だとしてもご馳走。

 幸せだ。幸せに満たされた。

 涙が溢れた。


 炭と芋。燃料と食料。

 悪い子供へのプレゼント。

 この孤独で厳しい冬には、おもちゃやお菓子よりも欲しいプレゼントだった。


 満腹になるまで食事に夢中。夢のように久しぶりの幸せを味わい尽くす。

 その間に、いつの間にか黒いサンタクロースはいなくなっていた。

 後に残るのは多くの炭と芋だった。しばらくは寒さと空腹をしのげる程多くの。


 悪い子供でも、認めてくれたようだ。

 生きていいのだと。辛い思いはしなくていいのだと。


 聖人だった。彼こそが、この聖なる夜に相応しい聖人だった。

 ダニエルは心からそう思ったのだ。


「……ありがとう、サンタさん」

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