第2話
ここはどこだろう、ふっと感覚が消え入りそうな瞬間、わたしは明確な思考に支配された。わたしの夢、それは宇宙飛行士になること。社会にそうなるように期待されたのでもないし、その役を演じたいだけであろう、勝手に企投しただけなのだ。
理由なんてわからないし、いつの頃から抱懐していたのかもわからない。ただ言っておきたいのは宇宙飛行士に憧れがあるのでは決してない、そんな粗野なものではない、もっとそれ以下のものなんだ。ある物語を規定しておくと日常がいかに悲惨であってもほとんど気にならない。だから規定する物語は荒唐無稽な方が最も崇高に輝きを帯びる。無限の宇宙と明確に対比される有限のわたしという存在、そこには完全な断絶があるように思われる。
そしてわたしはただ己の生きる環境を整えるためだけに宇宙船のような卑小な物体の中で日々雑事に追われその生を無駄に無意味に消耗していく。そこには誰もいない、科学で捏造された重力の下で呼吸し、生活音を発するのはわたしだけ……。たぶん粗末で狭隘な空間だけがわたしを認証し続けるのだろう。そこでのわたしは極めて勤勉で、慎ましく穏やかだ、まるでそれは盲目的な科学という宗教の信者のように……。
そしてどこに向かうという動機すらゼロに等しいくらい希薄であるのに、わたしはたまに満足げに船外の様子を窺い、自分の好奇心を満足させてしまうのだ。宇宙空間を無限にスリップし続け、点よりよりさらに小さい極小の存在になっていく。それらが実現されたら法悦と言ってもいいぐらいだ。それは吹けば飛ぶような儚く脆い観念だった。
時間が無意味にさらに経過した。しかし一体わたしは誰の問いに答える形でこうして思考しているんだろう、まるで謎だ。わたしはわたしなりに熟慮したつもりだった、すべては納得したつもりだった。それは諦観とも救われたともどちらとも言いようのない感情だった。水は高きから低きに流れる、わたしの場合ももちろん流れが遡行するわけではない、ただ停滞する水は必然として腐る。普通ならば水が腐るのを嫌がるだろう、だが本当のところはどうなんだろうか?
わたしなら受け入れる、それは運命とか時間とか善悪の彼岸の向こうにあることだ。わたしは真っすぐなものを直線、曲がっているものを歪曲しているとユークリッド幾何学に汚染されつくしているのか捉える、しかし完全な球体なんて存在としてどうなんだろうなあ、あれは数学者の考えだした妄想だ、球という概念自体それを思考する人の精神を蝕み悪化させるだけなのではないか。それはあまりにも完璧だからだ。
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