超人計画
ラッパー 伝説
第1話ここは絶望しかない 街
とにかく眼下の光景がわたしに遡及してわたしを規定し、わたしたらしめているのだろうか、ともかくそれはそれほど強烈だった、
わたしという個が意味を喪失し消滅するほどに……。まるで激しく明滅するわたしはこのまま消え入りそうに思えるが、それが許容してもらえるほどこの現実、社会は甘くはない。
ともかくこの社会では個人が如何なる人間であるかはそれほど重要ではない。こういう考え自体が思い浮かぶということはわたしはただの愚昧な人間なんだろう。それが痛々しくて仕方がない、わたしの肉体なんてどこかにふっと霧散していけばいいのに……。
頭がガンガン痛む、精神的苦痛から由来するノイズで何も聞こえない、妙に両手のひらの感覚が鋭敏だ。何も考えられない、動きたくもない。
違和感なく両手には拳銃が握られている。なぜだ? それまでの記憶がまったくない、なぜ記憶がないんだ? 記憶すらないのだとすれば、拳銃を握っていることへの良し悪しすら判断できないのではないか? だが拳銃を握ることがあまりよくはないとは思うのだがなぜだ? なぜ悪い? なぜそうだと判断する、いややはり悪いことだろう……。
銃口の先には三発の銃弾を受けたであろう、そして恐らくもう助からないであろう、もしくは絶命しているであろう女性が倒れていた。確定的なことは何も言えないが経験則で絶命していると考える。
顔は? 服は? 下腹部から流れ出る鮮血がやけに毒々しく見えた、人間は内部にこんなショッキングな赤いものを抱懐しているものか……。不思議に思われてならない、奇妙な感覚だった。まるで現実味がない。
視界が歪み、視野も狭くなっていくことだけが喪失感を伴って痛切される。落ち着け、だが落ち着いたってどうなるんだ? そっと指先を添えて確認すると銃口が火傷しそうなほど熱いというとことはわたしが撃ったに違いない、そりゃそうか目の前に撃たれて死んでいる人がいて自分が銃を握っていたのならわたしが殺したことになるのだろう。だが何かおかしい。しかしそのわけは? 皆目見当がつかない。いや違う、ここには確かものなんて何もない、皆無なんだ。
「おい、手を挙げろ。警察だ!」
わたしは背後から峻烈な声を掛けられた。しかしその声はまるで芝居じみて響いた。それはあまりにも馬鹿々々しくて思わず拍子抜けして驚いてしまった。ふっと周りに気をやるとおびただしい数の野次馬がわたしを取り囲み、警察官たちがおよそ現実離れしているとしか言いようのない滑稽な小口径の銃をわたしに向けていた。そのニューナンブという比類なき拳銃にここは日本なんだなとわかった。わたしはもろ手を挙げながらゆっくりと振り向いた。
「手を挙げろ」と言われ従ったのに警察官たちは予想外であるかのような驚愕の表情を浮かべている。その数が十人を超えているのがおかしくて仕方なかった、平和ボケしているなあ、射殺すりゃいいのに。
わたしは微笑んだ、なぜかしら愉快だったから……。そして理解していた、おそらく意識を失うだろうと。だってこの現実を拒絶して受け付けたくはなかったから。もしくはこの経験を思い出したくないから記憶はしているがそれを再生するのを脳が拒否するような。
そんな無責任からはわたしが生まれた……、気が強くする、定かではない。確定した了承なんて何もない。
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