29.ヤミィ・トウェルフ —名残—-1

 砂が舞い散ると同時に、青い糸が飛び交い、ビシィっと鋭い音が走った。

「ははっ、そろそろわたしの攻撃パターンを覚えろよ。このままでは簡単に全滅するぞ! ちゃんと避けられそうな場所も与えてやっているのに、鈍い奴らだね!」

 ロクスリーが、いっそのこと楽しげに嘲弄するのが聞こえていた。


 昨夜より罠を多重に仕掛けていたロクスリーは、張っていた糸を縦横に操りながら黒騎士たちを攻めている。

 その糸の合間を鳥の姿のマルベリーが高速で行き交うのは、泥の獣同然となった黒騎士の気を引くことと、糸をつまんで変化をつけるためだ。

 マルベリーがロクスリーの糸をくわえて、空を飛ぶことにより、糸は複雑にねじれてより相手の予想を裏切り、絡みついて切り裂いていく。

 加えてロクスリーは、刀に糸を単体でも張っていて、それを伸びてしなる刃のように使う。無反りに近しいロクスリーの刀は、破壊力が高かったものの扱いにくいところもあったが、糸はそれに付随して鞭のようにしなり、それによって遠くまで届く刃に変化していた。

 前夜から仕込んでいた糸を効率的に使うためもあり、ロクスリーはまだ刀を鞘から抜いていない。しかし、マルベリーの灰色物質により変質し、ロクスリーの生体エネルギーにより鋭く変化している糸が巻かれている鞘は、ほとんど刃物と変わらぬ鋭さを増していた。

 以前、”魚釣り”で、彼がよくやっていたように、鞘に収めて釣り竿を模したような状態でも、敵を切り裂くことができるのだ。

 それで、ロクスリーは最小限の動きで相手を圧倒することができている。

 以前のロクスリーことサーキット・サーティーンは、長剣の破壊力を背の高さと素早さで高めるようなところがあった。いま、体の劣化によりあまり素早い動きができなくなった彼は、マルベリーの協力を得る形で戦闘を有利にしていた。

(確かに、以前のサーキットより今の彼のほうが強いかもしれない)

 私は、かつてのサーキットが秘匿された恩寵を使い、自分の力を開放したところをみたことはなかったものの、なるほど、これであれば今のロクスリーのほうが厄介だろう。

 劣化前の彼の動きを忠実に模した複製品サーキィ・サーティーンと比べて、もそれは顕著だった。

 サーキィは弱くない。ヤミィを含めた叛乱した黒騎士たちは、うまく恩寵システムの制限から逃れていた。何をどうしたのかわからないが、ヤミィやサーキィは、恩寵による力の開放と身体強化がなされた状態をキープしたまま戦闘に臨むことができており、それが制圧に派遣された我々を苦しめた要因だった。

 しかし、ロクスリーはそんなサーキィを確実に翻弄している。

(私も、今のロクスリーとはやりたくないな。あのようにされてしまえば、私の奥の手であるカウンターが通らない)

 この時ばかりは、ロクスリーが敵でなかったことを喜ぶべきだと思った。

 そんなロクスリーが、砂の下にもぐった黒騎士たちを翻弄してくれるため、私とネザアスも戦闘が楽だった。糸の罠に追い立てられた者たちは、ヒトの姿を保てずに不定形に崩しながら砂から飛び出て私たちを襲う。

 襲われたタイミングで構えていた私は、それを冷徹に迎えて打ち倒せばそれで済む。

 的確に一撃で倒せば、体力の消耗も少なく、この少年の姿でもさほど不利ではない。しいて言うなら体が小さいため、リーチが短い程度のこと。

 わたしとは真逆で、弟は自分から積極的に攻めることを得意としているが、それにしても糸の罠で半ば混乱している敵が襲ってくるところを、先手を打ってたたきつぶしているわけで、やはり消耗も少なくすむし、小さな体でも戦えていた。

「あにさま、大丈夫?」

 ざっと戻ってきた弟と背中合わせになる。

「ああ。お前も大丈夫か?」

「うん。平気。ふふふっ、多勢たぜー無勢ぶぜー、楽しいな」

 弟がかつての彼を思い起こさせるような不敵な笑みを浮かべる。

 彼は、多数を敵に回して立ち回ることに燃え上がるようなタイプの男だった。ここにきて昔の感覚がよみがえっているのか、そのキラキラした左目が燃え上がるように赤くみえる。

 そんな弟が言った。

「あにさまは、やっぱりすごいな」

「すごい?」

 そう尋ねたところで私に目の前にいた、もはや人の姿をしていない黒騎士が濁った声を上げながら襲い来る。それを私は冷静に迎えると、まっすぐに突いて核を破壊した。黒騎士は黒い液体をまき散らしながら砂の上に還っていく。

「やっぱりなあ」

 と弟がニッと笑った。

「あにさま、反撃したあと静か。息も乱さないし、すぐ元の構えに戻れる。おれ、あにさまのそういうとこ、すごいなって思う」

 こんな時に褒められて、けれど悪い気がしなくて。

「そうか」

 と私は笑った。

「だが、お前やロクスリー殿もとてもすごい。我々黒騎士は、皆、能力が少しずつ違った。戦闘用である性質で競い合ってしまったが、本当はこうして協力するべきだった」

「ふふっ」

 弟が笑ったのが、一瞬、かつての、大人の弟の笑みに見えた。

「あにさまの言う通りだな」

 行くぞ、と弟が叫んで自分から攻撃を仕掛けていく。

 一方、ロクスリーは戦闘を有利に進めながらも、ヤミィを探していた。

「ヤミィ! お前の部下は全滅するぞ!」

 ロクスリーが、まだ姿の見えないヤミィ・トウェルフに対して呼びかける。

「いい加減に出てこい」

 ロクスリーの呼びかけにも関わらず、ヤミィの気配がない。流石に気が長いロクスリーですら、やや焦っている気配があった。

 まさか、彼がここに本当に来ていないはずもない。それはロクスリーどころか、私も弟も感じている。島の周辺に、底知れぬ存在感を感じる。巧妙に隠せど感じる黒い重たい殺気、それはヤミィのものだ。

 と、前方を攻めている弟が何かに気づいて飛びのいた。打ち倒された仲間の、もはや遺骸とも言えないような泥が、砂浜に飛び散っていたがそれを集めるように表面に何かが這っている。

「これ……」

 弟がぽつりと言った。その瞬間、泥を食った黒い塊が、口を広げるようにして大きく地面から吹きあがる。

「ネザアス!」

 私が声をかけたとき、不意に私は自分の隣から殺気を感じた。

 はっと、そちらに刀を向けるが、相手のほうが早い。一撃目を避けたところで素早く切り返されたのを、私は身をそらせてギリギリで交わした。傷は通らなかったが肩の着衣がかすれる。

「チッ!」

 と舌打ちをして地面から沸き上がった黒い塊から人の姿になったのは、複製品レプリカのサーキィ・サーティーンだった。

「ヤミィの兄上がずいぶん評価していると思ったが、ただの旧式ではないんだな。流石は長兄って言われるだけはあるか」

 サーキィは長い刀を片手に持っている。ロクスリーがそうであるように、細身ながら背が高い彼は、たおやかな美青年ぶりに似合わず、パワータイプの戦士だ。長いために重量のある刀を振り回せる身長と力を持ち、素早く動ける。

「邪魔をするな!」

「ネザアスを助けるのかい、長兄」

 かつてのサーキットを思わせる若造ぶりで彼は、尋ねてくる。偽物だとわかっていながら、私はその言葉を聞くと、まだかすかに心の奥底がざわつく。

「あんな粗暴な上、長兄を大切にもしていないような弟、助ける価値もないだろう?」

 かつてのマガミ・B・レイを思わせる、その冷たい微笑みに私はぞわっとする。

「怒ったのか?」

 自分ではさほど表情を変化させたつもりはなかったが、サーキィが嘲笑うように言った。

 ざっと私は足を踏み込む。サーキィの放つ刀の先にまとわりつく汚泥のカケラを切り裂く。

「ネザアスは、私の大事な弟だ。サーキットも……」

 ぼそりと私はつぶやく。まるであの時マガミに答えなかった返事をするように。

「嫉妬していようが、弟は邪魔ではない!」

 サーキィを振り払い、大きな泥の化け物に襲われている弟に駆け寄っていく。

「ドレイク、ネザアス!」

 それに気づいたロクスリーが、我々に加勢しようとしたが、はっと足を止めた。

 ロクスリーも感じたであろう重たい殺気。それが唐突に彼のそばに現れている。

 ぐわあっと大きな黒い影がもちあがり、ロクスリーにとびかかる。

「ちッ!」

 どうにかそれをまだ鞘から抜かないままの長剣で受け止めたところで、とびかかってきた泥がじわじわと人の姿を取り出した。

 背の高いロクスリーや元のネザアスよりさらに大柄で体格の良い男。

 外見モデルのナカジマ・ギンジに似たドレッドまではいかないもののぐるぐるの癖のついた髪。

 日焼けした褐色の肌に燃え上がるような選ばれた赤い瞳。

 男の持つ刀は汚泥にそまり、大きな黒い棒のようですらある。

「久しいな、兄御前あにごぜ

 低い声でその男はロクスリーに言った。

「一撃で沈まなかったのはさすがというより意外というべきであった。腕を上げたのだな、兄御前」

「ヤミィ、……貴様」

 ロクスリーはがりっと歯噛みする。青い糸で補強している鞘が、それでもきしんでいる。青い糸がブツブツ途切れているのが私にも見える。

「それほど劣化した体で、我が剣、受け止められるとは思わなかった。兄御前との勝負など、すぐにつくものと思っていたが……」

 笑みすら浮かべないまま、ヤミィ・トウェルフは、瞳孔が開いたような目で彼を見て、無表情に彼を嘲弄していた。口元とは裏腹に何の感情も、いや、厳密には破壊衝動だけがその瞳の奥にある。

 ロクスリーの足元の砂がわずかに沈む。

「ロクスリー殿!」

「お前たちの相手はこちらだ!」

 サーキィが、黒騎士の残骸がまとまった大きな泥の獣を私の弟にけしかける。

「くっ、サーキット!」

 弟に襲い来る大きな汚泥の塊をはらいのけつつ、私は叫んだ。

 ロクスリーは、体を壊したときに下半身の筋力が落ちている。それが為に以前のようなパワーに頼る戦闘手法を見直し、以前と変わらない上半身の力を十分に使いながら、なるべく負担の少ない戦闘方法を編み出したのだ。

 だからこそ、直接的に力の勝負になると、明らかに不利だ。膝をつかせられたら、と私が焦る。

 と、ヤミィのすぐそばを紅いものが飛んだ。びっと青い糸がかすかに光る。

「マルベリー……」

 ぼそりとつぶやくヤミィに、ロクスリーの目が見開かれる。

「貴様にっ!」

 ロクスリーは、崩れそうな膝を立て直す。と、同時に切れていた青い糸が、ぶわっと広がって伸びた。

「その名前を呼ぶ権利はないだろうが!」

 マルベリーがしゅっとヤミィの周囲を一周したとたんに、ロクスリーは上体を起こすようにして、ヤミィの剣を押し返す。と、その瞬間、糸がヤミィと彼の刀を絡めて切り裂いた。

 ヤミィは表情も変えず、上半身の傷を眺めることもしない。すでにヤミィの刀は打ち砕かれ、どろどろの黒い塊になり、崩れる。その隙にロクスリーは虎口を逃れていた。

「もはやこれまでだ、ヤミィ」

 ザッとロクスリーは、右手に刀を持ち、左手で鞘を払う。そしてその刃で左のてのひらを傷つけた。流れる血潮をまとわりつかせて、刀身に左手指先を滑らかに這わせると、その血の中の黒騎士物質ナノマシンが刀身を青く輝かせていた。

「わたしは、もう少し早くこうするべきだった。お前が他の者を傷つける前に。他の可哀想な黒騎士がお前達に狂わされる前に、お前を殺して止めておけば」

 ヤミィの上半身は、黒い汚泥によりすぐに元通りになっている。持っている得物も、汚泥をまとって大きな木剣のような元の姿になる。

「全てのケースにおいて、お前が彼らを狂わせたのではない。ただお前を目覚めさせた彼らが、その狂気の原因であるのは理解する」

「兄御は甘いな」

 ヤミィは当然のように告げた。

「おれは生まれてより、ずっと待っていた」

 彼は語る。

「この黄昏の帝国をすべる機会を。この世界を生きていける支配者は、我ら黒騎士。汚染に弱い人類は生きていけぬ、この滅びかけの黄昏の世界の新たな住人として、独立できる日を」

「なんだと?」

 ヤミィは語る。

「兄御前は違和感を感じなかったのか? いいように作られ使われる、人型をしているだけの兵器。創造主の憧れの複製として、消費されていく。本物ではないとして扱われる屈辱だけが与えられ」

「だからと言って!」

 感情がのらない彼の声に、しかし、深い憎悪と憤怒が染み出すようだ。ロクスリーは、そんなヤミィの声を振り払うが如く、声を高めた。

「お前が他の者を狂わせたり、傷つけていいはずがないだろう! 確かにわたしもお前も、ネザアスやドレイク、エリックさえも、アマツノくんの人形だ! ただ、彼はあえて我々に混ぜ物をして、欠けさせた。不完全に作ることで、増長することも狂うこともないように。けれど、その欠けた部分がいけなかった。お前とて、それを受け入れられたなら、こうはならなかった」

 ロクスリーは目をすがめる。

「ヤミィ、黒騎士とて一人では生きられぬ存在だ。黄昏の世界の住人として、この世を闊歩できるなどと、幻に酔った戯言だ! 我々は何かしらで、ニンゲンに頼らなければ、生きていけない。黒騎士は弱い存在なのだ!」

 ロクスリーは鞘を払い捨て、ヤミィに切先を向けて構えた。鞘が砂の上にざんと音を立てる。

「兄としてなどとは言わぬ。わたしの勤めとして、お前を殺す!」

「やれやれ。世捨て人の兄御前とあろうものが、珍しく熱いことを言う」

 ヤミィは静かに言った。

「だが、兄御らしくもないその執念こそ命取りだ。この勝負、兄御の負けだぞ」





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