あなたのとなり、満月を照らす日

鈴索

プロローグ

 三日月が昇る夜。

 昨日の雨がまだかすかに湿り気を残すような森の端を、女の子が歩いていた。

 革鞘に納まった、背丈には不釣り合いな長剣を両の腕で抱え、その手にはキクの花を一輪、包むように携えて。

 うなじの辺りでリボンにまとめた、真っ白な髪を揺らす足取りは、ゆっくりではあるけれど、決して覚束ないものではなかった。


「去り行くあなたが……」


 口ずさむ小さな歌声が、澄んだ空気の中に溶け込んでいく。

 それほどに、今宵の森はとても静かだった。

 

「……どうか、そばに居てくれますように」

 

 やがて、女の子は立ち止った。

 何ということはない、枝葉の生い茂る木々に囲まれた一隅。そこには、素朴ないしぶみが一つ、ぽつんと佇んでいた。

 長剣を地面に置くと、手に持っていたキクをそっと碑の下に添える。

 そして、石に刻まれた"プリムラ・フォルクレア"という名前を優しく撫でた。


「おばあさま」


 夜闇で塗り込んだ空を思わせる、険のない藍の瞳が閉じられる。

 碑の前でしゃがみ込んだまま、女の子は亡き祖母の魂の安らぎを祈り続けた。

 そんな彼女からほんの少し離れた森の外では、月光と星明りの照らすなか、街の灯がささやかに輝いていた。

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