8-5◆渡会 楓の行動

 ネックレスの件は父ではなく先生から、飯島の余罪について調べて欲しいと警察に持ち掛けた。


 あのネックレスのヘッドについて聞いたところ、飯島の部屋から押収されたアクセサリーの中にそれはあった。


 他の被害者が協力を拒む中、警察は余罪について立件できそうだと、捜査を始めてくれた。


 そして私たちは、行永さんが勤めていた学校の卒業生に向けて、彼女の追悼アルバムを作りたくて、写真を集めているという内容を写真や動画系のSNSアプリにいくつか公開した。


 さらに、アプリ内で行永さんの名前でタグが付いている画像の検索をした。夏休みが始まった日、ついに私たちは事件当日の昼に撮られた動画を見つけることができた。


 警察に動画を見せて、行永さんが亡くなった日でなくては、そのヘッドを手に入れることができないことを教えた。さらに父が、飯島の証言について調べたことも伝えた。殺人の可能性が出てきたことで、別件としても捜査が始まった。


 再逮捕に向けて動いていると三日前に先生から電話があった。優亜の救出で親しくなった署員が先生に密かに教えてくれたそうだ。これでようやく、飯島の罪が表に出る。だが、これで終わりではない。これから始まるのだ。


 夏休みはもう半分が終わってしまった。時計に目をるとすでに十二時を廻っている。


 テレビを消すと、伸びをしてソファから立ち上がる。部活がない日は、リビングでだらだらと過ごすのが朝の日課になりつつある。そろそろ本気で宿題を片付け始めなくてはならないと決意した私は、お茶のペットボトルを持って、自分の部屋に戻る。


 椅子に座ってテキストを開いたが、目の前にあるスマホを立ち上げて保存した動画を開く。行永ゆきながさんの最後の映像だ。


 二人の女子生徒が背後から座っている行永さんを映しながら近寄る。彼女は黒くて長い綺麗な髪を、後ろで一つにまとめて流している。


 真後ろまで近づいて「先生」と声を掛けると、振り向いて「何してるの?」と少し困ったように桜色の唇がたしなめる。やや長めの前髪は斜めに流していて、黒目がちの綺麗な瞳がカメラを見る。


 首元にはあのネックレスがある。「一緒にアレ踊って」と一人が言って手を取る、行永さんは渋々立ち上がって生徒と二人で恥ずかしそうにちょっとだけ踊る。


 その姿が愛らしい。「先生、最近元気ない、もう一回」と画面の外から声がする。「今日はこれでお終い」と言って行永さんが画面に近づいてきたところで動画が切れる。


「はぁ……勉強したいのに。また見ちゃった」


 彼女が美しい大人で、見る度に自分と先生との間にある壁の大きさを感じる。結局私の告白は、優亜ゆあの救出とか飯島のことで、有耶無耶うやむやのままだ。


 私は立ち上がってベッドの方に移動すると、そのままベッドに仰向けに倒れ込む。先生は行永さんの復讐のために私に近づいた。あの事故の真相が明らかになり、再逮捕に向けて進む今、先生が私と会う意味はない。


 その事実だけが、私の中でずっと沈んでいる。あの時、優亜からの電話が鳴らなかったら……。先生の指が唇に触れた時の感触を思い出して苦しくなる。


 一体もう何日同じことを考えて悩んでいるのか……。私はおもむろに立ち上がると深呼吸してスマホをつかみ、先生の連絡先をタップする。呼出音が鳴る。


『どうした? 電話は珍しいな……』

 先生は特に驚く様子もない。邪険じゃけんにされたらどうしよう……と、どきどきしていた私はなんだか気が抜けた。


「先生、何してるかなと思って……」

『午前中まで補習してた。今、昼買いに出たとこ』

 先生も夏休みのつもりでいたけど、そんなわけはなかった。完全にタイミングミスだ。


「えっ、すいません。先生は休みじゃないんですね、じゃあ……」

『そうだよー、先生の休みは明日からだから。あ、切らないでいい、歩いてるだけだから』

 休み前だからなのか、先生の声は少し嬉しそうに聞こえる。


「どこかお店に行って、食べるんですか?」

『いや、コンビニ行くだけ。渡会は涼しい部屋で宿題やってる?』

「いえ……まぁ、半分くらいは当たってます。外、暑いから倒れないでくださいね。補習って午後もあるんでしたっけ?」


『いや、午前中だけ』

「もう終わったのに、歩いてコンビニって……学校戻るんですか?」

『まだやることあるし。あと、カギ閉めに当たったから、俺一人だけ五時まで帰れないんだよ……』

 私は思わず声を出して笑ってしまった。


「先生、ツイてないですね。明日からお盆の間、学校閉まっちゃうんですか?」

 お盆の期間は部活も休みなので、学校に行くことはない。知らなかった。

『そう、一週間。警報オンにして帰って、先生は誰も来ないから本当に入れないよ』


 先生の答えを聞くチャンスは今日なのかもしれない。


「私……教室に忘れ物あるんで、今日取りに行っても良いですか?」


『……良いよ……何時?』

「先生が帰る頃。じゃあ、後で」

 通話を終了すると、私はまたベッドにダイブする。いつまでも待ってるだけじゃ前に進めない。


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