8.渡会 楓の行動

8-1◆渡会 楓の行動

 優亜ゆあは救出されたけど、あれから一週間学校を休んでいる。永山さんに聞いてみたら、インフルエンザで入院したと言うことになっているらしい。心配なら家に行ってみたら? と言ってくれた。


 永山さんは昨日行ったらしく、結構ヒマみたいと教えてくれた。アプリで優亜に連絡すると、来たきゃ来ればと返してくれた。私は明日の土曜に行くと連絡した。



「とりあえず、お礼は言っとく……ありがと」


 優亜の部屋に案内されて、オレンジジュースを運んできた母親が部屋を出ていくと、優亜はベッドから上半身を起こして唐突に口を開いた。


「うん……。身体の具合はどう? 夏休み入る前に学校来る?」

「別に病気じゃないから、何ともない。けど登校は九月から」


 優亜はベッド脇のテーブルに置かれたオレンジジュースに手を伸ばす。手首にはまだ赤くこすれたような傷跡が幾つもついていて、優亜が手錠でつながれてると言っていた声がよみがる。


「あ、そうだこれお見舞い……羊羹ようかんなんだけど、一口タイプの詰め合わせで、食べやすいから……」

「ババくさっ」

 差し出した紙袋を見て、優亜が憮然ぶぜんとしてつぶやく。


「やっぱり、ケーキとかのが良かったよね……ご――」

「あたし、そこの羊羹好き。今食べたいから頂戴ちょうだい


 両手を差し出してきて、紙袋を受け取る。包装を開けて栗羊羹を選ぶと黙々と食べる。


「あたしに、何か言いたいことがあって来たんじゃないの?」

 羊羹を食べ終わると、指を舐めながら私をじろりと見る。その顔が幼く見える。ノーメイクだからだ。


「うん。その……私に送ってきてたメッセージ。あれ、どうして?」

かえでが嫌いだから。何にもしなくても、あたしが欲しいもの簡単に手に入れてて。キレイで……、ちょっと苦しめばいいと思ったの」


 優亜がうつむいてひざを抱える。私からすれば優亜の方がよっぽど美人だし、友達だって多いし、何もかも持っているように見える。


「私なんて全然優亜にはかなわないよ。普通に学校通うだけで精一杯なんだから」


「うそばっか。じゃあ中田……あたしにくれない?」

「だめ。……あ、先生はモノじゃないし。それに私も、好き……だから」


 優亜が少し顔を上げて私を見る。少し驚いた様に目を開く。

「優亜が先生と付き合ってるかもって思ってた時が、一番苦しかった」


「そんなの、あたしに比べたら全然大したことないんだからね。あんな汚いおっさんにヤラれて……そのこと知られてて……はっきり言えば? あたしなんか中田が好きになるわけないって!」


 優亜は唇を震わせながら私を睨みつける。咄嗟とっさに優亜の身体からだに手を伸ばして抱きしめた。優亜は私を振りほどこうとして身体からだよじる。


「私ね、優亜に指輪届けに行ったとき、あんまり綺麗きれいだからびっくりしたの。シェイク、誘ってくれたのも本当に嬉しくて、友達になりたいなぁって。女の子見てドキドキしたの優亜が初めてだよ。この気持ちは、今も変わらないよ」


 優亜はもがくのをやめて私の肩に頭を預ける。

「楓にモテたってしょうがないんだから……。……ごめん……ごめんね」


 優亜がすすり泣く声が聞こえる。私は優亜の背中をさすってしばらく抱きしめたままでいた。ちゃんと優亜に先生のことを打ち明けて相談していたら、もう少し違う関係になれたかもしれない。泣き止んだ優亜からそっと身体を離す。


「ねぇ……どうして誘拐されたの? 優亜があいつのところに行ったの?」

 優亜が唇をみしめて下を向く。まだ聞かない方が良かっただろうか。


「……脅してやろうと思ったの。私に気がある感じだったから、ちょっと脅せば何でも言うこと聞いてくれるんじゃないかと思って、家まで尾行つけて……お金と……」


 優亜が拳をぎゅっと握りしめる。私はそっと手を重ねて、優亜の目を見つめる。少しだけ優亜の力が抜ける。


「はじめビビりまくってて、ひたすら謝ってきたから成功したと思って。カードとかは部屋に置いてるっているから……もうサイアク」


 飯島浩太とは直接会ったことがないけれど、かなり狡猾こうかつな人間のようだ。えて弱いふりをして安心させて、優亜を部屋に誘い込んだと言うことだ。


「永山さんも言ってたけど、他にも被害者がいるかもって……捕まったからきっとこれまでやったことの罰を受けるよ。共犯……もう一人の方も捕まったし」

 優亜は頭を振り、こちらを見る。犯行は飯島が主導していたようで、共犯は何人かいたそうだ。飯島だけの場合も多かったらしい。


「どうかな、逮捕はされたけど。どうせ三年もしないうちに元の生活に戻るんじゃないかな……悔しすぎる」

「え? そんなばかな……」


 脅してやろうとした優亜にも非はあるのかもしれないが、そんなに軽いのだろうか。

「それに……あいつに盗られたものも返してもらってない。もう戻ってこないかも」

 悔しそうに唇を噛む。


「盗られたものって?」


「リップとピアスと、指輪……。なんか、そこの扉くらいの大きいショーケースがあって、他にも沢山アクセが入ってたの。その中に仕舞ってさ。あいつ、ああやって集めてんの。特別な思い出の記念品って言って……本っ当気持ち悪い」


 優亜が部屋の入口の扉を指さす。聞きながらゾッとした。その品の数だけ被害者がいると言うことだ。特別な思い出と言っているから、本当はもっとたくさんの被害者がいるかもしれない。


 飯島浩太は父の事故にも関わりがある。そのことについても知っているか聞きたいけど、これ以上あれこれと質問するのは少し心が痛む。


 先生と父は飯島浩太に直接会っているはずだ。あの二人にも聞いてみよう。先生には、現場写真も見てもらって考えたいことがある。


 父の事故と直接関係あるか分からないが、資料を読んだときに“被害者と面識がある可能性あり”という走り書きがあったことを思い出す。


「変なことばっかり聞いてごめんね。また、お見舞い来てもいい?」

「いいよ。楓のこと嫌いじゃないし、またババくさいお菓子持ってきて」

 私たちは顔を見合わせて笑った。


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