7-4◆中田 朔の真実
「どうした? 何か言った?」
「あ、あの、行永さんは
「え? いや、普段から折り畳みを持ち歩いてたし、
渡会は少し考えるように、目線を下に落とした。
「先生、
そこまで言ったとき、また渡会のスマホが鳴り出した。一瞬びくりとしたが画面を見て、すいませんと言って応答しながら車に向かう。
「タニ? さっきはごめんね。実はこれからね、警察に行って優亜を助けてもらおうとしてて……。そう、そうなの。永山さんから……? え? 場所?」
渡会は話しながら車に乗り込み、須藤から聞いた場所を伝える。俺は急ぎ車を発進させながら、その会話に聞き耳を立てる。
「だめだよ、危なくない? 顔わかるの? 行って大丈夫なの? けど、これから警察の人に……そうかもしれないけど……うん。気を付けて、私も一緒に行くと思う」
彼女は、スマホをタップして会話を終了する。
「だれ? もしかして直接須藤を助けに行くとか、そういう話か?」
「はい。さっき話した中学まで一緒だった子です。永山さんから連絡が来たらしく……二人で犯人がマンションに戻ってきても、中に入れさせないように足止めするって言って……」
「え? そんな危ない事だめだ。もう一度電話して二人を止めてくれないか」
渡会が再びスマホを操作する。だが
「だめです。
「いや、もっと心配が増えるからやめて。このまま急いで警察に行って、説明が終わったら渡会は
「それって……いえ、分かりました」
「何が、おかしいんですか?」
「いや、何もおかしくないよ」
「そうやって言わないの、良くないですよ」
こちらが思うよりも怒っている。色々ありすぎて何に対して怒っているのか良くわからない。下手に理由を聞いたり、謝ったりすると逆効果になりそうだ。暫く黙って車を走らせる。須藤の母親から聞いた警察署は思いのほか近かった。
結局、無言のまま警察署の駐車場に入ってエンジンを切り、渡会の方を見る。彼女は真直ぐ前を向いたまま動かない。
「事故現場の写真……先生は見ましたか?」
渡会が唐突に口を開く。
「いや、見てない」
「変だなって、思うところがあって……一つは傘なんです。雨が降ってたのに、傘がなかった。もう一つはネックレス。あれだけが横断歩道に落ちてました。さっきから考えてるんですけど……先生にもあとで聞いてほしくて」
現場に傘がなかった? 当時そんなことは何も教えてもらえなかったが、陽奈子が傘を持っていなかったとは考えられない。確かに違和感はある。
「そんなこと考えてたのか……喋らないから、怒ってるのかと思ってた」
「ちょっとモヤモヤしてただけです……私、無力だなぁって」
こちらを向いて、そう言うとすぐに車から降りる。慌てて自分も降りて一緒に署内に向かう。エントランスには
生活安全課の担当者に状況を説明したところ誘拐事件となり、すぐに動いてくれることになった。準備ができ次第急行すると言って、色々なところに連絡を入れ始める。
須藤の母親は署員と一緒に現場へ向かうと言った。渡会に迎えの電話を入れるよう彼女の方を振り返った。
「私は、先生に家まで送ってもらうことになってます。先生、行きましょう」
そう言って彼女は足早に部屋を出ていく。俺は挨拶もそこそこに彼女の後を追いかけた。
「渡会」
彼女の手を
「俺は、マンションに向かった二人を止めるから、先に―」
「帰りません。役に立たないのは知ってます。けど、一緒に連れて行ってください」
早く現場の高校生二人を止めたいのだが、渡会は強い目で俺を見上げる。
「とりあえず、さっきの子にもう一度電話して。
そのまま手を引っ張って出口に向かう。渡会は、はいと返事をすると、電話をかけ始める。車の前まで来た時に渡会がスマホを差し出した。
「さっき電話してた、タニに繋がってます」
スマホを受け取り、ずっと彼女の手を掴んだままだったことに気づき、手を離す。
「あー須藤の友達のタニさん? 警察に事情は伝えて、すぐに動いてくれることになったんで、もう帰って大丈夫だから。危ないことはせずに、すぐにそこから離れてね」
『え? すぐ警察来るんですか? じゃあ、来るまで見張ってますよ。部屋入って立てこもられたらまずいし』
共通の知り合いは同性だと思っていたので、その声の低さに驚いた。
「いや、君らが怪我するかもしれないだろ? ここから先は警察に任せて……」
『別にそんなの覚悟してるし。それに犯人より俺のが絶対体力あるし。心配ありがとーございます。じゃ、俺ら見張ってるんで、もういいですか?』
高校生男子のこの無敵感。これは電話での説得は無理だ。本来これはもうすでに業務じゃない。このままはいそうですか、と言って放っておいても誰も
「今からそっちに行くから、頼むからそれまで犯人見ても動かないで」
スマホを渡会に返す。車に乗り込むと、当然のように渡会も乗り込む。
「もう本当、元気な高校生ばっかりで先生は苦労が絶えないよ……」
とりあえず全てを諦めて、エンジンをスタートさせた。
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