6-5◆渡会 楓の憂鬱
お風呂から出てリビングを
ベッドの上に
思いつくままに頭の中に思い浮かべる。
永山さんは、優亜が一方的に先生を好きだったが、相手にされなかったと言った。先生は、優亜の言ったことを否定した。私を大事だと言った。
優亜が、私を先生から遠ざけるために嘘を
タニは優亜と知り合いだった。タニは何故か私に、優亜を拉致しようとしたユウタと、イイジマコウタという人物を知っているかと聞いた。
そして優亜は今、連絡が取れない。どこにいるか分からない。優亜がいなくなった理由は分からない。先生のこっちで何とかする、という言葉が浮かんだが、二人が付き合っていないのなら、先生が優亜の
まだ他にも、私には考えることがある。嫌がらせメッセージへの対処。裁判記録のこと。ふと気になって、ベッドから起き上がり、机の上のスマホを取りに行く。嫌がらせメッセージは今日も来ていない。
これまでのペースからすると、昨日または今日のうちに、いくつか届いてなければおかしい。私があまりに何も反応しないから、飽きてしまったのだろうか。
玄関から、がちゃりと音がして、「ただいま」と声がする。祥子さんが帰って来た。私は、部屋のドアを開けて「おかえり」と声を掛ける。
「
祥子さんは私の顔を見るなり、そう言った。
「うん、3時過ぎくらいには。部活も休み」
「良かった。阿川さんのところから連絡があって、裁判記録の写しできたって。けど、黒塗りって言うの? 何か色々読めないようになってるらしくて。それで弁護士事務所の方で保管してる資料も一緒に見せてくれるんだって。明日4時半に訪問することになったから。学校終わったら、すぐに家に帰ってきてね」
「えっ……、祥子さんは仕事中でしょ? 一緒に来てくれるの?」
「そうよ。私が連れていくから、大丈夫」
「分かった。ありがと」
「あんまり読んで楽しいものじゃないから、無理して全部読まなくてもいいからね」
祥子さんは私の頭に手を置いて、微笑む。私が頷くと頭をするりと
***
五階建てのビルの四階が
出されたお茶を飲んで待っていると、長い髪を後ろで一つに束ねた紺色のスーツ姿の若い女性が、両手で分厚いファイルを抱えて入って来た。机の上にファイルを置くと、祥子さんの方に歩み寄る。
「こんにちは。山井です。阿川は不在なんですが、裁判資料は私が全て管理していますので、ご安心ください」
祥子さんと私に名刺を差し出す。祥子さんも自分の名刺を出して挨拶を交わす。名前の上にパラリーガルと書いてある。
「ありがとうございます。このファイルが裁判記録ですか?」
祥子さんが、分厚いA4ファイル二冊を横目でちらりと見る。
「いえ、これはうちの事務所で管理している当時の資料です。
ファイルからクリアファイルに入れた書類を取り出す。一部だけ、ということだが、スマホよりぶ厚い紙の束を目の前に置かれる。
「日本では不許可が多かったり、公開が限定的というのは、本当なんですね……。資料は持ち出し不可ですよね? 今日はこの部屋、何時まで使わせていただけるんでしょうか?」
祥子さんが心配そうに尋ねる。私も同じことを思った。この分厚い資料は、持ち帰ってはいけない感じだ。全て読んだら、一晩以上かかりそうだ。
「はい。私は今日、九時までおりますので、その間使っていただいて大丈夫です。裁判記録のふせんを付けてある判決文のページをざっと読んだ後で、高裁のファイルの第三回公判あたりを読み込んでいただければ、裁判の争点が分かると思います」
祥子さんが、山井さんの説明に
「どう? 読めそう?」
裁判記録をクリアファイルから抜き出して捲る。漢字が多くて読みづらいが、内容は思ったほど難しくなさそうだ。そして、文章の色々な部分が黒く塗られている。資料のA4ファイルのページをぱらぱらと捲る。こちらには人の名前や、地図、写真が入った文章がある。このファイルだけでも十分わかりそうだ。
「たぶん大丈夫……かな」
「良かった。楓……、私いったん会社に戻らないといけないの。迎えに来るから、連絡して」
祥子さんの顔をじっと見る。祥子さんは申し訳なさそうに、手を合わせる。
「お忙しいんですね……。承知しました。私は隣の部屋にいるから、分からないことがあればいつでも声かけて」
山井さんはにっこりと私に笑いかける。
「あと、相談いただいてる脅迫SMSの件ですが……。執行猶予期間が終わる、この時期になって始まっているので、被害者の関係者、ということも考えられます。資料の中に気になる人物がいたら、教えてくださいね。携帯電話の番号が分かっているので、契約者情報の照会申出を進める予定です」
私にそう言うと、山井さんと祥子さんは何か小声で話しを始めた。料金と法的な対処に関することについてのようだ。会話が終わると、山井さんは再びにっこりと笑って一礼し、部屋を後にした。
「祥子さん……本当はあんまり読みたくないんでしょ?」
「そう言われると、困っちゃうな。達兄が責められてるし、お姉の事故の状況とか……読みたいかと言われると……。読みたくないのよね」
祥子さんは、父の公判には一度も顔を出さなかった。裁判記録で確認することを提案したのも祥子さんだ。なんとなくそんな気がしていた。
「迎えはいらないよ。読み終わったら、一人で帰る」
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