6-3◆渡会 楓の憂鬱

 惨憺さんたんな一学期の期末テストが終わった。優亜ゆあに言われたことが気になって、勉強に全然身が入らなかった。


 優亜に先生とのことをとがめられてから、二人と顔を合わせていない。もう二週間は過ぎていると思う。先生には、父と会ったら報告すると言ったが、連絡できずにいる。


 風呂上がりにペットボトルのお茶を1本、一緒に持って自分の部屋に入った。机の上に置いて、スマホを確認する。先生からのメッセージが入っていた。

『お父さんと会えた?』


 先生は優亜から何も聞いていないのだろうか。今はきれいに消えてしまったが、赤い三日月のあったところをそっとでる。どう返せばいいのだろう。二人で会うことは良くない。


 会うことを、話すことを断ったら……もう先生は私に、連絡をしてこなくなるのだろうか。ごめんなさい、と打ち込んだが文字を全て消す。先生との時間が、つながりが切れてしまうことが怖い。

『まだ、会えてません』


 もう会えないと打つことも、父と会ったと伝える勇気もない。もう少し考える時間が欲しい。自分の気持ちを伝えてから、それから……。

『少し話したい。電話しても大丈夫?』


 メッセージを見て、どくどくと心臓の動きが早くなるのがわかる。迷ったが、部屋にいるので大丈夫と送ると、すぐにスマホが振動を始める。私は息を深くいてベッドに座ると、通話を押した。

「こんな時間にごめんな」

「いえ、全然……大丈夫です」

 初めにいたのは、嬉しさだった。ただ、単純に声が聞けて嬉しいという感情だった。


「すごく、久しぶりな感じがする。何してた?」

「さっきお風呂から出て、部屋に戻ったとこで……」

 言いながら、父と会っていないと伝えたことを後悔し始めていた。

「ちゃんと、髪の毛乾かした?」

「え?……はい」


「そっか……。俺は、灯台に行った時のこと考えてて」

 やっぱり気の迷いだったと、言われたらどうしよう。


「あの時は、ごめん。もうあんなことはしないから。だから……」

 謝られると、あの日のことを否定されているようで、胸が痛い。全てなかったことにされてしまうのだろうか?


「先生、ずるいよ……、私……知ってます」

「……何、どうした?」

「先生に、カノジョがいること」

「え?」

 先生は何も言い返さない。違うなら否定するはずだ。


「それが、誰なのかも知ってます」

「……今は、いないけど。何時の話で、誰の事を言ってる?」

 先生の声からは動揺が伝わってこない。私だけが騒いでるみたいで、それが妙に悔しい。


須藤すとうさんです……。私に年上の彼氏からもらった指輪のこと教えてくれて。その彼氏が浮気してるって言って。須藤さんの彼氏って、先生のことですよね」

 微かに先生が溜息ためいきくような音が聞こえる。


「いや……、違うけど。須藤か……。須藤がそう言った?」

「えっ……? 首の……赤い跡を、優亜に見られて。それで、相手は先生だろうって言って……すごく、怒ってて。それで……彼女に、言われました。私が傷つくことになるって」


 問い詰めるつもりが、何故か私が言い訳しているみたいだ。しばらく、沈黙が流れる。

「電話しなかったら、俺には何も聞かないつもりだった? 須藤の言葉だけを信じる?」

「だって、須藤さんあんなに怒ってたし……もう会わない方が……」


 自分で言って、はっとした。何も確かめてない。あの頃、散々嘘を広められて、嘘を信じた子たちは勝手に離れて行った。自分がされたことを、先生にしている。先生は、私の話をちゃんと聞いてくれてるのに。


「ごめんなさい……」

 優亜は首の跡を見ただけで、先生だと気づいた。優亜と先生に、特別な関係があるかもしれないと考えた。傷つくのが怖い。だから確かめもせずに、逃げようとしてる。

「責めてないよ。須藤が何を言ったか分からないけど。俺は須藤の彼氏ではないし、渡会わたらいが須藤に怒られる理由はない。むしろそんな跡付けた俺が悪いんだ」


 分からない。どちらが本当なのだろうか。優亜は、あのとき本当に怒っていた。私と先生に接点があると、知らないはずなのに、先生のことを当てた。


 先生に通院の面倒を見てもらっていたことは、菜月以外話してない。通院が終わってしまった後は、校内で会話することはなかったし、会っていることは、誰にも言ってない。

「私……」

 先生を信じるの一言が、出てこなかった。

「たぶん、俺が彼女の反感を買ったせいだ。須藤が補導されて、交番に迎えに行ったときに、ちょっと言い過ぎて……。俺の弱みを探っている様子だった」

「……弱み?」


 先生を困らせることが目的だったのだろうか。けれど、それなら私にあんな風に怒る必要はない。先生を悪者にして、私との噂を拡散する方が、余程効果がある。私が彼女の言うことを信じてしまったのは、優亜から自分と同じ感情を感じたからだ。


「他は、何もされてない?」

「はい……。あの、優亜がしたこと、他に理由があるかも。少し話してみます」

「いや、須藤には近づかない方が良い。こっちで何とかする」

 私は何と言っていいか分からず、また沈黙が流れる。


「ごめんな。傷つけてばっかりだな。渡会のことも、二人の時間も大事にしたいんだ。俺を信じてくれるなら、また連絡して」

 通話が終わっても、しばらくぼんやりとスマホをながめていた。信じると、言えなかった。自分から会いたいと言ったくせに、肝心なところでは臆病おくびょうで、最低だ。


 近づかない方が良いと言われたけど、優亜とはきちんと話をしなくてはならない。

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