第1話 プロポーズ

「‼・・・そんなっ」



ドアの張り紙を読んで彼氏は落胆した。


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           臨時休業のお知らせ


〇月〇日の悪天候により食材の入手が困難になってしまいました。続いて基地局も機能しなくなり、電話回線・ネット関係が繋がらなくなってしまいました。

復旧の目途が立たない為、このような形でお知らせをさせて頂きます事をご了承下さい。

特に予約して頂いたお客様には復旧次第ご連絡をさせて頂きます。


ここまで足を運んで頂いた事、大変心苦しく思っております。

重ね重ね、お詫び申し上げます。


――――――――――――――――



数日前に発生した強い台風の影響だった。


「・・・・・」黙って張り紙を見つめている彼氏。

「海を見に行こう、私まだお腹空いてないし」そんな彼氏を見て、慌てて提案する彼女。

言葉を発さずに頷いた彼氏と二人で、レストランのある丘を下って行った。




とても穏やかな空と海。


そんな浜辺の波打ち際、濡れないギリギリの所を彼女は歩いて、まだ落ち込んでいる彼氏に「そんなに美味しいお店なの?」たまに勢いのついた波から逃げる仕草を見せながら、 濡れる所だったぁ(笑) と高揚した声で問いていた。

そんな彼女を、二人分ほど離れた位置で歩きながら彼氏が「料理もそうだし雰囲気も良いってネットで人気なんだよ。・・・それに・・・」

「それに?」口ごもった彼氏に彼女が聞き返した。

「それに周りが静かで海に映る月が綺麗なんだって、今夜は快晴だし」

彼氏はネットで調べた情報を並べた。


目に見える程に雲の流れが速い、空の方は風が強めに吹いている証拠だった。




一番星が輝いて東から夜のグラデーションが色濃くなってきた頃、「そろそろご飯食べようか、この辺ってさっきのお店以外ないんでしょ?」

彼女の声掛けで二人を乗せた車は、さっきまで晴れていたのに、大きめの雲が月を隠してしまっていた。そんな空の下、遠くに見える街の明かりに向かって、海沿いの道を走り出した。


彼氏はまだショックを引きずっているのだろう、元気付けようとしていた彼女との会話も空返事が多いように感じた。そんな彼氏に口数が少なくなっていく彼女、沈黙の時間が多くなっていく中、車は走り続ける。

街にはまだ小一時間は掛かるであろう場所に一つの明かりが見えた。


レストランだ。


「来る時、ここにレストランってあったっけ?」運転している彼氏は助手席の彼女に聞いた。

「反対車線だったから気付かなかったわ」彼女も少しぶっきらぼうになってきたかもしれない。

「ここで良いかな?」車のスピードを緩めながら彼氏が聞くと

「良いんじゃない?お腹空いちゃった」

さっきまでほぼほぼ無言だった為か、お互いに素っ気ない会話だった。


一階が駐車場、二階がお店。

海沿いの景観に合わせた白色を基調としたビルトインガレージ造りのレストランの駐車場に車を停めて二人は降りると、前は道路を挟んで海、後ろはレストラン、空は相変わらず雲が月を隠していた。


駐車場の脇にあるレストランに続いている階段を彼女に先に登るよう促し、彼氏は彼女の背中を触れない様に手を添えて、二階分ちょっとの高さまで登ると、ドアがあった。ドアノブには【OPEN】の札が掛かっていた。


彼氏がドアを開けるとベルが静かに鳴り、私は二人を出迎え「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?どうぞこちらへ」海が一望できる席へ案内した。「メニューをどうぞ。お決まりになりましたらお呼び下さい」


「良さそうなお店だね」彼氏が店内を見回して彼女に話し掛ける。店内にはジャズが小さめな音で流れている。他に客はいない。

メニューは、いたって普通。

肉料理・魚料理・サラダ・飲み物・デザート・コース料理・洋食・和食・中華etc...

「結構種類があるね」二人はメニューを一通り見て注文をした。


食事をしながら他愛ない話が弾んでいる。

予約した店の張り紙を見た時の彼氏の落ち込み様など、事なきを得ると笑い話にできるものだ。食事が終わっても会話が尽きない。


ふと彼氏が窓の外を見て「あ」とこぼす。つられて彼女が同じ方を見ると「これね」と高揚した声で呟く。



二人の目に入ったのは、さっきまで雲に隠れていた満月と、その光が海に映った【月の道】が現れていた。



計算されているのか、レストランの窓からは道路が見えない様になっていた。


大きな満月が少しづつ上がっていく。


そんな景色をしばらく二人で見ていたら、彼氏が思い出したように話し始めた。


「テレビとかでたまに見るんだけどさ、サプライズでプロポーズする人って指輪のサイズはいつ調べてるのかな?」

「指輪を渡して、成功したら後でサイズ調整できるから調べなくても大丈夫じゃない?」

「その場ではめてピッタリが良いじゃん」

「自分の指と比べて相手のを測るとか?」

「自分の指のサイズなんて調べた事ないんだけど、どうやって調べるの?」

「リングゲージっていう色んなサイズのリングが束になってる道具があるから、それで調べておけば?」

「むしろそれを使って相手のサイズを測るかw?」

「あからさまにw」

「ちなみに君は自分のサイズは分かってる?」

「私は6号かな、平均的な太さだと思うけど」






「じゃぁ・・・・・合っているか確認してもらってもいい?」

彼氏はポケットの中の箱を彼女の前に出してフタを開けた。

あの箱だ。中には宝石の付いた指輪が入っていた。


「‼ ・・・確認するだけで良いの?」彼女は頬付けをしながら彼氏をからかうように言った。

「結婚してください‼」

彼氏が慌てて放った言葉と今自分が置かれている状況をゆっくり堪能しているのだろう彼女は、落ち着いて「はい」と答えた。


気を張っていた彼氏は、にんまりした顔で空気が抜けていく風船のようにテーブルにうつ伏した。指輪のサイズの話から考えていたのだろう、望んだ結果ではあるが不意を衝いて驚かせるつもりが、してやられた。と言った感じだ。彼女の方がうわ手だった。


「もっと普通で良いよ」彼女が笑う。

「驚かせたかった」今になって恥ずかしさが溢れてきた彼氏はうつ伏したまま。

「驚いてるよ。すごく嬉しい」

二人とも照れている。

「気付いてた?」彼氏が起き上がりながら聞く。顔がまだ赤い。

「指輪のサイズの話から」彼女がにんまりしている。

「だよね」

「だって急に指輪のサイズがどうとか怪しいでしょ?」

彼氏は顔を隠している。


「お待たせいたしました。デザートのケーキになります」私は二人のもとへ運んだ。

二人は勿論、頼んでいないと驚く。

「私からのお祝いでございます」

ケーキをテーブルに置くと二人ともとても喜んでくれた。


ヨーグルトをレアチーズケーキ風にして、ブルーベリーソースをかけたものだ。


「どこから聞いてました?」彼氏が聞いてきたので、

「普通で良いんですよ。でも、ああいうのは大好きです。ドンドンおやりなさい」

私は、頬が淡い赤色の彼氏に自信を持たせるように言った。


そんな横で「すごいこのケーキ‼ここから見ると月の道になってる‼」


紫色の光沢のあるソースに満月の明かりが黄色い線として映ったケーキ。


興奮している彼女に、スマホでの撮影を十分に楽しんでもらってから、二人の小皿に分けて「ごゆっくりどうぞ」と私は厨房に去った。その背中に二人からの『ありがとうございます』がかかる。




「このケーキが今日一番驚いたかも」

「えっ!?あぁそうだね」彼氏は ぐぅの音が出なかったらしい。

「これからたくさん驚かせてねw」

「任せとけ」

「楽しい意味でね」

「分かってるよw」

ケーキを食べている二人、彼女の左手薬指には指輪が光る。


月の道が二人のこれからを導いている様に長く、ゆらめいていた。

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