それは一貫性を断つ遊戯

五三六P・二四三・渡

プロローグ 私の推しはデスゲーム常連

 車座夏緋くるまざなつひが初めてデスゲームの観客席に連れられたのは12歳のころだった。

 父に連れられてシノワズリな雰囲気の屋敷に連れられた。富を体にため込んだような大人たちが部屋にひしめき合っていて、夏緋は少し肩身の狭い思いをしていた。だがモニターに映像が映し出されてからは、食い入るようにそれを見つめた。そこで見たのは夏緋より少しだけ年上の、十代の子供たちが殺しあっていた姿だった。

 モニターにはどこかの倉庫が映し出されていて、皆は知略を駆使して困難を乗り越えようとしていた。しかしまた一人、また一人と人が死んでいく。

 そして最後の一人の少女が妹を手にかけてゲームが終わった。夏緋はその姿を美しいと思った。

 夏緋は上映が終わった後、急いで屋敷の主の元へ走って、生き残った少女の名前を聞いた。あとから知ったが、そのお爺さんは偉い人が集まったこの場の中でも特に偉い人だったようで、父は肝が冷えたと語っていた。でもそのお爺さんは優しく頭をなでて教えてくれた。

広城瑚泉ひろしろこい……」

 夏緋はその名前を口でつぶやいてみる。なんだか幸せな気分になった。その言葉を胸の中で温めながら帰路に就いた。

 彼女は夏緋の推しになった。


 ◇ ◇ ◇


「あー夏緋なつひって瑚泉ちゃん好きなんだ。ぽいね」

 思い出話を友人の六田優芽るくだゆめに語った所、彼女はそう答えた。

 優芽の家の部屋に今日買ってきたグッズを並べて、見せあって和気あいあいとしていたところの話だった。

 月日は流れ夏緋は大学に進学した。普通通りの生活をしながらも、小遣いをためてデスゲームの観戦はよく行っていた。優芽はそこで仲良くなった友人だ。

「ぽいってどういう所?」

 夏緋は怒ったふりをしながらも聞いた。

「欺瞞と思いながらも……欺瞞だからこそのエモーションに感動するタイプ」

「うーん、ピンとこない」

「まあたしかに瑚泉ちゃんの話は感動すると思うよ。最初は自分が生き残るために行動していた感じだったけど、途中から正義感に目覚めてヒーローめいた行動をとるようになっていった。かっこいいよね」

 広城瑚泉はあれから何度もデスゲームに巻き込まれていった。二回目の時はまたあの地獄を見るのかと絶望していたが、五回目くらいになると、率先して皆をまとめ始め、八回目ぐらいには自分からまきこまれて運営を壊すように行動し始めた。まだ一度も反逆は成功したことがないが。

「でもさ」と優芽は続ける。「やっぱ悪趣味な私たちみたいな人間が無理やりそう行動させてるのには変わらないからさ」

「うん、でも」

「いや、わかってるよ。夏緋はそのことがわかっていながらも、それでもいいなと思ってるんでしょ。つまり……競馬みたいなもの」

「競馬やったことがないからピンとこない……」

「いやまあ例えはいいんだけど……結局夏緋の理想はどうなの? どうなりたいの?」

 夏緋はどうなりたいか。

 彼女と会って話がしたいかとかは思わない。失望はされたくない。ただ憎悪を向けられるのはいい。

 夏緋が企画したデスゲームに瑚泉に参加してほしいと思ったことはあった。彼女なら乗り越えられると思うし、彼女の喜怒哀楽を最大限にかき乱せる仕掛けやストーリーを毎晩考えたりしている。

 そこで夏緋は気づく。最終的にどうしたいかを。

「私はでデスゲームを主宰して、そこで広城瑚泉に殺されたい」

 言ってしまった。引かれただろうか。それとも変態ぶって粋がった発言だと思うだろうか。それでも本心だった。

「うーんやっぱそれかー」

「あれ? 驚かないの?」

「いや、よくいるよ。そういうの」

「よくいるんだ」

 そう聞くと、夏緋はその人たちに話を聞いてみたい気がした。

「ただねやっぱりそれだと、最終的には推しのためにならないよねって」

「ならない……のかなあ」

「ならないよ。ようやく倒した敵がなんか満足げに死ぬとあんまりすっきりしないでしょ。だからもっと醜くわめきたててちゃんと彼女の気持ちをスカッとさせてあげないと。それがファンの心得ってもんでしょ」

「いやそれ優芽の好みの問題じゃん。だいたい瑚泉は悪を懲らしめてすっきりするタイプじゃなく、毎回殺す以外の方法をとれなかった後悔と未熟さをかみしめながら苦い気持ちで相手を殺すんだよ」

「まあそれはそれとして、やっぱり敵に満足げに死なれるとイラってくるよ」

「……もういいよ。じゃあできるだけ恥も外聞もなく命乞いして死ぬようにするから」

「結局演技でしょ。本質じゃないなあ」

「本質って何……? そういう優芽はどうなのよ」

「私は推しとかいないし、血が見れたらいいからなー。エロ! グロ! バイオレンス! そこで繰り広げられる愛憎と裏切り! それさえあれば文句はないよ」

「ただの露悪じゃん」

「この界隈で露悪抜いたら何も残らないって!」

 ワイワイと貸し切りの個室で騒ぐ。楽しいひと時だった

 夏緋は持っていたグッズを眺める。

 広城瑚泉が3回目に巻き込まれた時に一緒になった女の子が持っていた縫いぐるみと同じものだった。女の子は死んだが、瑚泉は形見のように大切に部屋に飾っていることを知っている。だがこれは色が違う。同じ色をそろえたかったが、すでに生産が終了していた。一時期だけネットオークションに出品されていたことをつい最近知ったが、数年前のことですでに落札されていた。落札者に連絡をとって譲ってもらえるよう交渉してみたが、どうもうまくいっていない。

 今の夏緋自身にデスゲームの参加者を選定する権利があるわけではない。しかし今後開催される会場やどういった人間を誘拐するかは少しだけ把握していた。うまく誘導すれば亡き者にできるかもしれない。

 ちらっと、優芽の瞳を見てみる。彼女は夏緋の視線に気が付いたのか微笑み返してきた。

 やはり誰かに自分の本心を話すのはいい。自分の中でどれくらい好きか、それは他人にさらけ出す義務はないが、それでも時折話したくもなる。優芽の存在はそういう時にありがたかった。

 そんな優芽も3か月後に死んだ。


 ◇ ◇ ◇


 モニターには殺風景な部屋が映し出されていた。あるのはカメラとその前に置かれた机だけ。優芽はその机の陰に隠れて怯えていた。

 部屋の扉が強くたたかれる。何度も叩かれ、しばらくするとどこから持ってきたのか、破城槌と共に大勢の大人が部屋に入り込んできた。そして金属バットを皆が持っている。大人たちはすぐに優芽を見つけて引きずり出す。そして何かを話しかけていたが、声が小さくて聞き取れなかった。優芽はそれに反応したようにわめく。

「お前たちは大人しく殺しあってればいいんだよ! 何を勘違いして主催者様に手を出してるんだ! この腐った地に汚れたドブネズミに犯された穴から生まれたようなクソどもが! しょせんチェスの駒ごときが人間様に逆らうんじゃないんだよ! クソクソクソ!」

優芽の罵りに男たちは顔をしかめる。優芽はそれでも罵倒を辞めない。一人の男が耐えられなくなり金属バットで殴った。優芽は黙った。

 続いてほかの大人たちが次々にバットで彼女を殴っていった。彼女の声は罵倒から悲鳴となり、命乞いへと変わり、そして断末魔の後、何も聞こえなくなった。

 そこでモニターが真っ暗になる。

「これがお嬢様の最後でした」

 優芽の執事が言った。

 そうですかと夏緋は答え、お悔やみ申し上げますと続けた。

 死と言うものを多く見てきたが、知り合いの死はやはりこたえる。思ったより心に来たのか、つまずいてしまった。

 あっけないものだなと思う。優芽は夏緋より先にデスゲームの運営に関わるようになり、そしてある日参加者に反抗され、てこうして死んだ。自分もああなるのだろうかと夏緋は思う。

 彼女がお茶会で言っていた言葉を思い出す。あの命乞いは演技だったのだろうか。それとも素だったのか。

 夏緋もあんな風に死ねば広城瑚泉に満足してもらえるだろうか。優芽は演技の命乞いは本質ではないとも言っていた。それに別の関係のない人に殺されるというのもあり得る。

 ぐるぐると頭の中をいろんな思考が堂々巡りをした。そして瞳をぬぐうと手が濡れており、友人の死を悼むような心が残っていたのだと驚いた。当分は正常な思考が出来そうになかった。


「ん……?」

 帰宅すると。ダークウェブでデスゲームに関するニュース速報が来ていた。誰かが死んだらしいがよくあることどころか、毎秒起こっていることといっていい。

 しかし死亡した人物の名前を見て目をむく。

 

――そこにははっきりと広城瑚泉の名前があった。


 いや、いつかはこうなるんじゃないかと思っていた。デスゲームなのだから人が死ぬのは当然だ。これを受け入れる準備はベッドの中で何回もした。しかし、死亡原因を読むとにわかに信じられない思いが募っていく。

「男にヤリ捨てられてショックで自殺……? 覚せい剤もやってた?」

 何やらデマっぽい情報が次々と流れてきたが、裏取りをしてみるとどれも本当だった。

 だめだ、優芽の死も合わせてうまく考えることが出来ない。感情が追い付いてこなかった。

 何よりショックなのは瑚泉の死のショックが優芽の死のショックを上回らなかったことだ。いや考えてみれば当然かもしれないが、それでも夏緋の推し力はこの程度だったのかと愕然する。

 それでも断じて「所詮、推しなんてこの程度の存在だよ」とは思いたくなかった。  今はいろいろ重なりすぎて、うまく考えられないだけだと自分に言い聞かせる。

 とりあえずは心が落ち着いたらやることを少しだけでも考えていようと思った。もし正常に思考を働かせてたら夏緋は「ヤリすてたほうの男」をなんとかしてデスゲームに参加させようとするかと考える。私はそういうキャラだったかと考え、そこで無理に客観視ししすぎて自分が何なのかわからなくなってきた。やはり一旦落ち着いたほうがいい。

 自分のブログを確認すると広城瑚泉の死についての意見を求めるコメントが数多く来ていた。

 それどころじゃないという理由で黙る手もあったが、とりあえず心が落ち着いた夏緋が書き込みそうなことを書き込む。


「死にたい」

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