有り余る夢のカス

筆開紙閉

有り余る夢のカス

 殺す理由なんて太陽が眩しかったからで十分だ。殺す理由なんて殺される人間に一体どんな関係があるんだ?俺の殺人行為にはもはや筋道の通った理由なんてない。だけど俺は人殺しの殺す理由を知りたいと思っている。金か怨恨か、はたまた考えもしなかった理由なのか。その理由を知って、納得がしたい。

「誰の差し金なんだお前!?」

 夜明け前の薄暗いマンションの一室で、血の匂いがする男に銃口を向けている。銃口を向けている俺と対話しようとするなんて上品なことだ。考えられない。銃口を向ける相手に交渉が通じるとでも思っているのか。お前の命にそれほどの価値があると思っているのか。思っているんだろうな。俺はお前を絶対に殺す。生かしておく理由が無い。

「太陽が眩しかったからだ。それで納得しろ」

 銃声が響き、男の頭部に穴が空いた。

 これで少しこの街も綺麗になっただろう。





 今日の清掃活動を終え、雨の降る明け方の街を歩き、治安の悪い地域にある古ぼけた教会に入る。今の俺はここで世話になっている。世話になっているというよりも強制的に使役されている。

「お疲れ様です」

 俺の主たる糸目神父は感情の読めない声で俺を労う。金髪を長く伸ばし、丸型のサングラスをかけていて到底信用できるような雰囲気はない。糸目神父からは今日殺した男よりも濃厚な血の匂いがした。糸目神父の名はパーシヴァルという。

 俺は紆余曲折を経て、パーシヴァルから指示を受けて人殺しを殺している。殺し続ければ人が人を殺す理由もわかる日がくるだろう。理由を知らなければ俺は死んでも死にきれない。納得がしたい。

 


 

 

 半年前のことだったか。俺がこの街を狂ったように走り回り、思い浮かぶ相手を片っ端から殺しきった頃。近場の麻薬カルテルを壊滅させ、今後のことを考えて死体の転がるビルの一室で天井を眺めているとパーシヴァルが突然やってきた。

「私が貴方の進む道を指し示してあげましょう」

 パーシヴァルは突然偉そうなことを言ってきた。人殺しの匂いがする奴の言う事なんざ聞けるか。

「不要だ。俺は俺の方法で前に進む」

 そうは言ったが、そのときの俺は完全に手詰まりだった。思い浮かぶ人殺しどもは殺し尽くし、これ以上は街を出てもっと広い範囲を探さなければならないと思っていた。

「私ならば貴方の知りたいことを知る筋道を示すことが可能です」

 あからさまに俺を鉄砲玉として転がそうとしていることが見え透いていた。鼻先に人参を吊り下げて俺を踊らせようってんだろ。

「そうだな。まずお前が死ね」

 俺の長年の相棒である回転式拳銃が弾丸を吐き出した。俺の撃つ弾丸は七分の六の確率で相手に命中する。俺が当てようとした意志によって、弾丸は物理法則に逆らってでも相手に向かって飛んでいく。 弾丸に与えられた運動エネルギーが続く限り。

 銃弾はそのときパーシヴァルに向かって飛んでいったが、パーシヴァルの額を貫く直前で不自然に停止し俺の銃の銃口に戻っていった。

 俺以外の誰かが弾丸に干渉したのか?

「命中すると思ったのにな」

 俺の撃つ銃弾は七分の一の確率で俺に向かって飛んでいく。だが、今回はそうではない。

「私も無防備に貴方の前に姿を現したのではないということです。私に従い、共に歩みましょう」

 パーシヴァルの脅しに従うしかないようだった。

 この糸目神父の自信を見るに、おそらく俺は囲まれていて逃げ場はなさそうだった。

「ここで死ぬわけにはいかない」

 まだ俺は死ねない。諦めて死ぬことは簡単だが、理由を知らなければ俺は納得できない。





 合衆国には、いや世界には物理法則に反した現象を起こすことができるいわゆる超能力者がいる。そんな当たり前の前置きはいらないか。

 とにかくあるマフィアのボスの家に女が生まれて、激しい抗争の末にマフィアの跡目を継いだ。彼女は任意の対象を退ける力を持っていた。自分に向かう銃弾を退けるとかそういう風に能力を使って彼女はどんどん組織を大きくした。

 そして一山いくらのチンピラだった俺は彼女と出会った。暗い夜の道を歩く俺に陽の光が差し込んだようだった。俺は彼女に心底惚れ込んで、彼女を振り向かせるために必死で仕事をして、死体の山を築いた。俺は人を殺す理由がそれくらい他人から見てくだらないものだと知っている。

 俺の想いを彼女も受け入れてくれて、俺たちは結ばれ、子供も産まれる予定だった。まあ幸せは儚いものだ。すぐに消し飛ぶ。

 そして俺たちの暮らす家が吹き飛んだ。俺はちょうど家を空けていて彼女は在宅だった。それだけで俺たちは離れ離れになった。世間一般的には事故として認識されているが、あれは殺人だ。車に爆弾が仕掛けられて、その爆発が直撃して無傷だった彼女を殺せるのは明確で狡猾な殺意だけだ。確かに俺たちは人を殺してきた。だから殺されもする。だがな人間はそんな簡単に割り切れたりしない。だから俺は思い浮かぶ相手を殺し尽くした。

 同じ家族ファミリーの人間もだいぶ殺したな。彼女が死んだ途端に跡目争いで随分揉めたし、家族ファミリーもバラバラになった。急に大きくなったものは急に崩れる。そんなこと彼女が死んだことに比べたらどうでもいいが。


 最低の人殺しである俺は、彼女を殺した相手がどんな理由で彼女を殺したのか知って、納得がしたい。自分勝手な願いだが、俺と彼女の幸せで平穏な日々を願った夢の残り滓としては些細なものだろ。


 


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

有り余る夢のカス 筆開紙閉 @zx3dxxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ