第36話 オチのない人

 これは1年以上前に病気で辞めたパート先のお話しです。割と直近なので業種は伏せます。登場人物は仮にAさんとします。


 パート仲間のAさんとは部署は違いますが同じ休憩室でお昼をとるのでシフトが同じ時には一緒になります。


 私は東京から島に移住してきた人として何故か初日から有名人でした。ほとんどの人が私の履歴書の内容を知っているのです。田舎ではあるあるなのですが今時でも東京もんは異端のようでした。


 それにしても個人情報をどう扱ってるんだか、ここのコンプラは天ぷら以下だな天ぷらに謝れや、というのは今思いついただけです。


 さて、Aさんですが、初めてお昼が一緒になった時に


「私の親戚は横浜に住んでるの」と私に話しかけてきました。


 私はその後の言葉を待っていたのですがどうやら話はそこで終わったらしく私の返事を待っています。私はある程度その人なりを知らないと自分の事は話しません。


 なんと答えたらいいのか迷いましたが面倒なので「凄いですね」と自分でもどうかなという返事をしました。すると満足したようにニコニコしていたのでどうやら正解だったようです。


 次またお昼が一緒になった時


 その日は別のパートさんが高校生の娘さんにテーブルマナーを実践で教えるために家族でフランス料理を食べにいったのだけど偏食が凄い娘さんがどれもこれも一口食べては文句を言って大変だったと面白おかしく話をするのを聞いていました。


 するとAさんが横から割って入ってきて


「私も私も、フランス料理食べたことあるの!」と言って期待した目で私を見るのです。


 で? それで? と私は心ではなく頭に咄嗟に浮かんだ言葉を喉で止めました。


 そして今度は心の中で呟きました。例えば三つ星レストランで美味しかったけどお値段もよかったのよとか、具体的な料理の内容でもいいよ、なんかオチつけて、頼むから。


 面白くなくても笑えなくてもいいんです。話を投げっぱなしにされるのが嫌なんです。だからどうだった、が欲しいのです。


 とか毒づいたのは隠しながら私はできるだけ優しい感じ(当社比)で「凄いですね」と返しました。


 私ならこの時点でこの人に話すのはやめようと思うのですが伝わりません。



 次の週、またお昼が一緒になった時


「親戚が横浜に住んでいる」とまたAさんが脈略なく言ってきたので


「私も5年くらい横浜市で住んでいたことがあるんですがご親戚は横浜のどちらにお住まいなんです?」と聞き返しました。


 Aさんはえっとなってしどろもどろに「湘南……」と言ったので


「横浜市は湘南に含まれませんよ?」と私はニコニコ(多分)しながら答えました。


 それ以来Aさんはしばらく横浜親戚の話はしなくなりましたが、相変わらず話しかけてはくるのでその後の人間関係に支障はきたしませんでした。めでたしめでたし。



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る