わたしのかなめ
紫陽_凛
わたしのかなめ
朝霧かなめ
1 尾行
読モの
――私は変質者だ。同年代の女の子を生で見て、そして涙する変態だ。
――やっぱりこの人きれいだなぁ。
そんな二つの思考が並列して頭の中で環状線を描いている。山手線の上り線と下り線みたいに。
彼女は友達と仲良く連れ立って下校途中で、私はそのはるか後ろから彼女の揺れる茶髪を眺めていた。光を纏っているようにすら見える。真っ白なセーラーの裾がひるがえる。衣替えをしたばかりだから、周りの女の子たちはカーディガンを羽織っているのだけれど、朝霧かなめだけは、すっと伸びた手足を晒して、少し短い紺のプリーツスカートを揺らしていた。
変質者私は、カーディガンの裾で涙を拭って、ひっそりと彼女のあとをつけていく。
母親に無理に連れていかれた美容院で、何となく開いた雑誌の中で、私は朝霧かなめを発見した。私は髪の毛のカットのために眼鏡をはずされていて、朝霧かなめの年齢だけが私の近眼に映り込んだ。
「十六歳」。十六歳でモデルなんかやるんだ。私と同い年じゃないか。
流行が音速で過ぎ去っていく私たちの世界では、私は圧倒的弱者だった。動画を垂れ流して流行を把握することもなければ、インターネットを使って誰かと交流することもない。その代わり、絵の具や鉛筆を使って絵ばっかり描いていた。
だから、学校じゃ「へんなつまらんひと」扱いをされている。その流れに迎合しようとも思わないから、まあ、どうだっていいのだけれど。その分、結果は出ているし。
その時カットが終わって、ぼやっとした視界の中に眼鏡を差し出されたのが分かったから、私は手探りで眼鏡のつるをつかんで、いつもどおりの視界に戻ってくる、と。
朝霧かなめという美少女が、私の前で微笑んでいた。本当には笑っていない瞳の奥に、私は吸い寄せられた。運命的な出会いってこういうことを言うんだ。どんな小説でも書き表せない感動がそこに在って、私はそれを絵にしたいと強く願ってしまった。
朝霧かなめ。
朝霧かなめ。
――覚えた。
朝霧かなめが本気で笑うとこんな顔になるんだな、と思いながら、私は彼女たちの尾行を続けている。
朝霧かなめは雑誌の中で見せたようなアンニュイな笑顔は見せなかった。彼女の日常に、本当には笑っていないあの底の深そうな瞳はどこにもなかった。友人たちの言葉に反応しては、何事かをからからと笑い飛ばし、ばしんばしんと彼女たちの肩を叩く。
おお、陽キャだ……。
私は慄きながら、郵便ポストの影にそっと身を寄せる。朝霧かなめが振り返ったからだった。
「かなめ、どしたん?」
誰かが訪ねる。一同は歩みを止めてしまった。私は焦って、鞄を抱きしめる。
「いや……」
朝霧かなめはしばらく考えて、周りにいた女の子たちにこう言った。
「急用思い出しちゃった。先、帰ってて」
「撮影とか?」
「ま、そんな感じ!」
朝霧かなめは言いながらこちらへ向かって引き返してくる。
――やばい。
やばいやばいやばいやばい。どうしよう。
こっち来ないで。気づかないで。こっち見ないで!
私は肩を縮めて嵐が去るのを待ち続けた。固く目をつむり、現実からトリップしようとした。しかし、無駄だった。
「ねえ、さっきから追っかけてたの、きみ?」
女の子の声がして、おそるおそる目を開けると――朝霧かなめが真上から私をのぞき込んでいる。ポストに手をついて、私を、真上からのぞき込んでいる。長いまつげが煽るように私を見つめた。私は、真正面からその美しい顔に向き合った。
「何か用?」
「ひいやあああ! 出たああ!」
私はバッグを落っことし、中身を盛大にぶちまけながら、彼女のゾーンから這い出た。そしてひとしきりパニックになったあと、朝霧かなめが中身を丁寧に拾ってくれたらしい私のバッグを彼女の手からひったくると、家の方角めがけて思い切り走った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいぃい!」
買ったばかりでこなれないローファーが靴擦れを起こしかけているのに、今になって気づく。……どうやら私は夢中で尾行をしていたらしい。
「ちょ、待って⁉」
彼女の驚いた声が聞こえてきて、意外とハスキーボイスなんだなぁ。なんてことを考えて、手も足も心臓もフルで活動しているなか冷めていく思考だけが置いてけぼりだった。
――
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