第3話 彼女の部屋にあったもの
――時を二時間ほど巻き戻す。
「そういえば、麻栗の家に来るの久しぶりだな」
「う、うん♡ そうだね♡」
二時間前、俺は麻栗の家を訪れていた。
こうして麻栗の家を訪れるのは、実に三年ぶりのことである。
中学に上がってある日を境に、家に上がるのを麻栗からそれとなく拒絶されるようになったからである。
おまけに三年前といえば、麻栗がクリエイターとしてデビューし始めたばかりの頃のことである。それからはかなり忙しく、なかなか時間の取れない日の続くこともあったため、今日までこうして上がる機会も訪れなかったのである。
とはいえ、その一方で麻栗は比較的頻繁に俺の部屋に上がり込んでいたような気もするが……まあ、それで不便もなかったしなぁ。麻栗の部屋に上がらせてもらえないのを、全然気にしなくなっていったっけ。
そんなことを思い出しつつ、玄関の扉を抜けたところで、麻栗が「あっ」とふと何かを思い出したかのような言葉を漏らした。
「へ、へ、部屋の片づけしてくるから、聖くんはここでちょっと待っててもらってもいい!?」
それからどこか慌てた様子で、そんなことを俺に言ってきた。
「ん? ああ、多少散らかってても俺は気にしないけど……」
「わたしが気にするのっ」
「お、おう?」
「ご、ごめんねっ、ちょっとだけ待っててね!」
それから慌ただしく家の中へと上がると、物凄い勢いで二階へ駆けあがっていく。
何やらぶつぶつと、「写真! 写真片さなきゃ!」などと口走っていた。
「……写真?」
写真の一枚や二枚ぐらい、別に気にすることないと思うんだがなぁ。
まあ、女の子だし、色々と事情というものがあるんだろうか。
そんなことを考えつつ、待つこと十五分。妙に息を乱した様子で戻ってきた麻栗は、
「ど、どうぞ。上がって、聖くん♡」
と、表情にやや疲れを滲ませながらも、にっこり笑ってそう促してくる。
「おう、じゃあ遠慮なく」
俺はそう答え、麻栗に案内されるがままに彼女の部屋へと通された。
それから麻栗は、「とりあえず冷たい飲み物用意してくるから座って待ってて」と言って、階下のキッチンへと去っていく。
言われた通りに俺はクッションに腰を下ろして、三年ぶりに訪れた麻栗の部屋をしげしげと眺め回していた。
「へぇ……ふーん……」
さすがは、プロとして一線で活躍しているだけあって、部屋の内装は俺の部屋とは様相がまるで違っているように見えた。
まず部屋の隅っこには、機能的なL字のシステムデスクと背もたれのやたら大きいワークチェア。デスクの上には画面が二枚並んでいて、さらに液タブと思しきタブレットの姿まで見える。
さらにベッドとは反対側の壁際には、かなり大きめの本棚が置かれており、資料と思しき書籍の数々や構図集・デッサン集等々と、仕事に関わりのありそうな本がずらっと並んでいた。
そんな本に時折紛れ込むようにして、漫画や小説、ラノベなどといったほんの背表紙などもちらほら見える、といった感じである。
いかにも仕事部屋、という感じがしてこれはこれでかっこいいと個人的には思えたが、女の子らしい部屋かと言われればまるでそんなことはない。
ぬいぐるみとか、可愛らしいインテリアといったものが一つぐらいはあっていいような気もしたが、そういったものは置いてはいないようである。
飾り気らしい飾り気といえば、ベッドのそばの棚の上に何本か置いてあるバ〇ブやディ〇ドぐらいのもので……。
「って、ん? んん!?」
凄まじい違和感を見たような気がした。
改めて、棚の上へと視線を戻してみる。
――化粧水とかの瓶に混じって、無骨な張り型が何本かそこには鎮座ましましていた。
「はい? え? ちょ、は、え?」
見間違えかと思ったが、近寄って確認してみればもはや疑うべくもない。
「やぁ、こんにちは!」とでも言わんばかりに、棚の上には男性のソレを模したご立派様が屹立していらっしゃったのである。
「え、ええ……これ、あれ、これって麻栗の……だよな? いやでも、まさか、そんな……」
この情報をどう処理すればいいのか分からずに俺が混乱に陥っていると、部屋の扉が外からガチャリと開かれる。
「お待たせ聖くん! 飲み物持ってき……あっ」
お盆を手に入ってきた麻栗が、バ〇ブやディ〇ドを眺めている俺に気づいて固まった。
それから、数瞬の沈黙を挟んだ後。
「そ、そっち片付け忘れてた……」
絶望の滲む声色で、ぽつり、と麻栗は呟いたのであった。
「ま、麻栗、これ、やっぱりお前の……」
「違うの違うの違うの! そ、そっちは練習用にって思って、ほ、ほら、嗜み! 女子の嗜みとして、ね!?」
嗜みって何!?
あと練習ってなんの練習!? いややっぱいい、あんまり聞きたくない!
「あわ、あわわわわっ、と、とりあえず聖くん落ち着いて頭からお茶を飲んで喉を冷やして……」
「待て待て落ち着け! お前が落ち着け! お茶は頭から飲めない!」
あからさまに狼狽える麻栗の盆を持つ手があまりに危なっかしかったため、慌てて彼女からお盆を取り上げテーブルへ置く。
それから、目をぐるぐるさせている麻栗をどうにか落ち着かせるような言葉を必死で考えていたのだが――次の悲劇はそのタイミングで起こった。
不意に、麻栗の押入れの扉が内側から「パァン!」と弾けるようにして開いたかと思うと、物凄い勢いで中から「ザァァァ!」と何百枚もの写真が雪崩れてきたのである。
そのうち、俺の足元にひらりと舞い降りた写真の一枚を取り上げ、何が映っているのか確認してみた。
「…………」
俺の寝顔姿だった。……いつ撮られたんだろう、これ?
それから恐る恐る、麻栗の方へと視線を向けてみたところ。
「…………………………フフッ」
……やけに据わった、捕食者の眼差しを、彼女は俺へと向けているのであった。
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