語部部 カタリベブ

鳥辺野九

第一話

四月その1


 四月の風は新品みたいな匂いがしてさわやかだ。浮かれた気分のせいだろう、薄曇りな午後でも空気さえも華やかに香る。


「でな、さすがのあたしもこれはマズイって思ったわけよ」


「自分でさすがは言い過ぎだねえ」


 色味もぱりっと真新しい制服に包まれた女子たちが、東も西もわからないまま右往左往してる校舎正門広場。睛明館せいめいかん学園名物の新入生狩りが始まる。


「さすがはさすがだろ。なんせ自撮りする時には必ず目をつぶるし、なんなら背後の霊も目をつぶっちゃうくらいだし」


「自撮りで二人とも目をつぶるのは痛恨のミスだねえ」


 新入生勧誘祭り。部活動、同好会、サークルの先輩方が、新入生の子たちがまだ何も知らないのをいいことに言葉巧みに誘惑してがっさーっとさらっていく新学期の風物詩。


「オバケにはオバケの写り方があるわけよ。右向きじゃなきゃイヤだとかあんたもあるでしょ」


「普通に流しちゃったけど、写ってればそれはそれで立派な心霊写真と違うの?」


 ラクロス部とホッケー部がやたらかっこいいスティックとラケットを振り回してガタイの良い新入生を奪い合い、茶道サークルと書道研究会がどちらの和服の立ち姿が美しいか競い合う。そんなこんなで正門広場のあちらこちらに人だかりができている。その黒山の一つ、少々人口密度が薄いけれども、私と真夜まやの前にも新入生が集まってくれていた。


「怖くなくちゃ心霊写真と違うって。オバケがにこにこして指でハート作ってたらあんたどうする?」


「そりゃあ恨めしそうな顔して画面から見切れてやるわ」


「どっちがオバケやっ!」


「はい、いい加減にしますっ!」


 私と真夜はお笑い研究会設立を目指す新一年生。睛明館学園女子高等学校にお笑い系のサークルがないと知り、一念発起、一年生ながら新入生勧誘祭りに部活動側として参加したのだ。が、この惨憺たる状況だ。


「どーもー、栗駒真夜くりこままやとー」


秋保あきうメグルのー」


「『マヤメグル』でしたー。名前だけでも覚えてってください!」


 もうね、ぐちゃすべりだ。

 新入生だけでなく在校生の先輩方にも少しは注目されたかな、と思いきや、ネタも佳境に迫る頃には一人二人と少女たちは散り散りに姿を消していく。拍手が鳴り止まないはずだったオチの後のコンビ名紹介も、今やたった一人の在校生さんが腕組みして唸っちゃってる始末だ。


「はい、続きまして、ショートコントいきます!」


 何をとち狂ったか、真夜が食い気味に一歩前に進み出た。唯一残ってくれたたった一人のお客さんを逃すまいと、黒髪ロングストレートがきれいな在校生さんにがぶり寄る。


「ちょっと真夜、近いて!」


「メグル! ショートコントいくよ!」


 聞いてないし。真夜は私に目配せしてショートコント『タクシー』の立ち位置に立った。やるしかない、か。新入生ではないけど、貴重な部員候補さんをみすみす逃すわけにはいかない。


「ショートコント『タクシー』」


 学園生徒会の規定で、サークル設立に必要な生徒数は三人。四人で研究会となり、顧問がつく。五人で晴れて部に昇格だ。

 まずはサークル設立のため、このお客さんを是が非にも確保しなくては。

 私と真夜は両手で恨めしやのポーズをとってぼーっと立ち尽くし、見えない一台のタクシーが走り去るのを黙って見送った。


「二人ともオバケ役じゃダメじゃんか!」


「私もオバケ役やりたいって!」


「あんたタクシー役やってよ!」


「免許持ってないもん!」


「ちゃんちゃん。マヤメグルの怪談ショートコントっしたー!」


 真夜が決め台詞をヤケクソ気味に叫び、私はがっくり項垂れる決めポーズ。ショートコント『タクシー』でした。ちらっと、黒髪ロングストレートさんの反応を窺う。


「……」


 相変わらず腕組みをして、眉間に皺を寄せ、見えないタクシーが走り去った方向を見送っていらっしゃる。


「つっ、続きましてショートコント『コンビニバイト』!」


 真夜が暴挙に出た。もうダメ。入学一週間目にして早くも折れそうだわ。


「真夜、もう、私らのライフはゼロよ」


「マイナスまで振り切ってこそゾンビ。メグル、その残りライフ注ぎ込みな」


「無い袖は振れん」


 私と真夜がもうぐだぐだに仲間割れしてると、黒髪ロングストレートさんがすっと私らに歩み寄ってきた。私と真夜とトリオ漫才の立ち位置にまで接近して、くいっと細い顎を上げて校舎を見上げる。


「おまえら、あれが見えないのか?」


 私と真夜は彼女の視線の先、校舎屋上辺りを見上げた。校舎窓から誰が覗き込んでるわけでなく、屋上に人影もなし。四月の空色とくるり巻く雲がとてもきれいな視界。


「何も?」


「何かあります?」


 ぽかーんと上を見上げる私と真夜。ぽんと私らの肩に手を置いて、彼女はぐいと顔を近付けてくる。


「ここは場所が悪い。自然と人が集まらない位置なんだ。上から、何か降ってきそうってみんなが感じてる」


「ええっ?」


 真夜が慌てて後ずさった。私も思わず真夜を盾にする。


「何が落ちてくるんですか?」


 見たところ落ちてきそうなモノは何にもない。黒髪ロングストレートさんは、そうっと、誰にも聞かれないよう秘密を打ち明けるひそひそ声で言う。


「……人生に悲観した生徒、とか」


 うわ。そんな場所で漫才なんか披露しちゃったのか、私らは。そりゃ人も寄り付かないわけだ。


「マジですか」


 真夜がまた校舎屋上を見上げてつぶやいた。雲間に覗く空は青く透き通っていて、無論、屋上に飛び降りようとしている女子生徒の姿などない。


「場所を変えよう。おまえらの漫才? は、ともかく、話をしたい」


 黒髪ロングストレートさんはそう言うとすたすたと歩き出した。もう、黙って着いて来いってその細身の背中が語っている。


「あ、あのっ、あなたは誰ですか?」


 私の問いかけに、彼女はくるりと振り返った。さらさらとしたきれいな黒髪が翻る。


「私は船形泉子ふながたいずみこ。怪談師になる女子高生だ」


 思えば、この出会いの時から、泉子さんのワールドに引き込まれっぱなしだ。

 怪談師になる女子高生と、怪談漫才師を目指す女子高生の出会いは必然だった。

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