第14話 上がる狼煙
オーガを見つけられないまま、三日が過ぎた。
野営の
だが、追いつくこともできないでいた。
エルフたちは難しい顔をしているが、それ以上に
朝、目を覚ます度に、今日こそはアランたちの屍体を見つけることになるのではないかと恐れた。
……どうか、ご無事で。
セレオスは祈り続けた。
四日目。
今日もセレオスとヤルナークは二人で偵察に出る。
オークどもの姿を探して、二人で馬を走らせ、荒野の丘をいくつも越える。
少しのあいだ馬を走らせ続けたので、ちょうど丘の頂上にさしかかったところでスピードを緩め、停止した。
二人で馬を並べ、丘の上から辺りを見渡す。
周囲にもずっとなだらかな丘が続いていて、彼らがいる丘もさして高くはないため、見渡せる範囲は狭い。
セレオスはため息をついた。
「しかし、妙だな」
不意にヤルナークが言った。
「何が」
セレオスが問うと、ヤルナークは前方を眺めたまま、「オーガどもは西へ向かっている」と言った。
「どういう意味だ」
セレオスが
確かに、昨日までに発見したオーガの痕跡から、彼らが真西に向かって移動しているのは明らかだった。
セレオスが聞いたのは、それがどうしたのか、という意味だ。
ヤルナークはおかしそうに笑った。
「人間、気が
そう言われても、わからない。セレオスは無言で、続きをうながした。
「オーガどもは、アラン様を追っている。そのオーガどもが西に行っているということは、アラン様たちも西に行っているということだ。街道のある南ではなくてね」
そう言われてようやく、セレオスは気がついた。
「本当だ」
でも、なぜ。
この旅の当面の目的地はケルニだ。
ケルニまで行けば、確実に全員が再び合流できる。
ならば、そのために街道に戻ることを最優先して、南に進むというのが普通の行動だ。
それが、西へむかっているということは。
セレオスは、はっとした。
「まさか、アラン様たちは、追われていることに気づいているのか」
セレオスが言うと、ヤルナークは肩をすくめた。
「そうとしか考えられない。あの戦いのとき、オーガどもは少なくとも五十匹はいた。もし、そんなものに追われていると気づいたら、街道や、まして街や村には、絶対に近づけない」
セレオスはうなずいた。
アランのことが心配なあまりその危険に思い至らなかったが、もしアランたちが追われていることを知らずに街に入ってしまったら、後をつけたオーガどもは、街を襲うだろう。
そうなれば、その街が壊滅するのは明らかだ。
ソリンのような特別大きい街ならばともかく、通常の街の防壁など、たかが知れている。常駐している兵も
せいぜい、
「あれだけのオーガに対抗するには、もはや騎士団の招集が必要だ。そして今、騎士団が集まっているのは」
「ケルニだ」
「そう」
ヤルナークがうなずく。
「街道を使わず、荒地を
セレオスが
「よくぞ、追われていることに気づいてくださったものだ」
気づかずに街道に戻れば、エルフの村が滅ぼされたあの悲劇が、この国でも起こるところだったのだ。
「そうだな」
ヤルナークもうなずいた。そして、セレオスに向かってほほ笑んだ。
「アラン様たちには馬がある。追われていることに気づいてさえいれば、オーガどもから逃げるのは難しいことじゃない。きっとアラン様たちは大丈夫だ」
それを聞いて、セレオスも笑った。何日かぶりの笑顔だった。
「ありがとう、気が楽になった」
「なぁに」
ヤルナークは口髭をつまみながら笑った。
二人は再び移動を開始した。しばらくは馬の負担を考え、歩かせる。
しかし、不意にヤルナークが馬を止め、空を見上げた。
セレオスがその視線を追うと、一羽の鳥が空を舞っていた。青色がかった
「気をつけろ。
ヤルナークが、荷物に刺していた杖を抜きながら注意をうながした。セレオスは急いで槍の
すると突如、死喰い鴉は体をひるがえし、セレオスに狙いを定めて急降下してきた。
セレオスは落ち着いて軌道を予測する。
そしてタイミングを見計らい、鴉が間合に入った瞬間、槍を突き出した。
しかし、鴉はそれまでの滑空から素早く身を
死喰い鴉の脚は恐ろしく太く、先端についた爪は一本一本が短剣のようだった。
その爪がセレオスの顔に迫る。
鴉の爪が空を切った。
鴉は、再び上空に舞い上がっていった。
「危なかった」
思わず口から言葉が漏れたセレオスの横から、ヤルナークが前に進み出た。
「セレオス、ここは私がやろう」
ヤルナークは手にしていた杖を空に向けた。
「ああいう奴は、私の方が向いている」
そう言うと、次の瞬間。
大きな爆発音とともに、彼の杖の先端と、空を飛ぶ鴉が、まばゆく輝く一条の稲妻で繋がった。
セレオスは
鴉は雷に打たれた瞬間空中で静止し、次には力を失ってだらりと真下に落下し、地面の草むらへ消えていった。
ヤルナークはセレオスに、どうだ、と言わんばかりの笑顔を向ける。
「すごいな、あざやかだ」
セレオスは素直に称賛を口にした。
「初めて見たときから思っていたけど、相当の使い手だ。今の雷もだけど、炎も治癒も。どの系統も熟練している」
セレオスはヤルナークのことを、もう少し知りたいと思った。先ほどの会話で気分がよくなっていることも手伝ったのかもしれない。
「魔術士団では、高位の役職なの?」
セレオスの問いに、ヤルナークは、あっけらかんとして答えた。
「ああ、私はそういうの、だめなんだ」
セレオスは首をかしげた。だめ、とは。
再び二人で馬を並べて歩かせながら、ヤルナークは話した。
「
ヤルナークは
「……そんなの」
「それが世の中ってやつさ。ま、私はもう、出世に未練はないからね。言いたいことを言って、やりたいようにしている。そうしたら、上の連中に煙たがられて、とうとう最近じゃ、任務も回ってこない。こりゃ楽でいいやと思ってたんだが。急に呼び出されて、何かと思ったら、アラン様のお供だってわけさ。王都でぶらぶらしている私を追い払う、いい口実ができたって訳さ」
「でも、それなら」
セレオスが真顔で言った。
「そのおかげであなたが仲間に加わってくれたのなら、私たちにとっては幸運だった」
その言葉に、ヤルナークはちらりとセレオスを見る。
そして、黙ったまま口髭をつまんで、ウインクを返した。
空に向かって、ひとすじの白い煙が昇っていくのを見つけたのは、それから少ししてのことだった。
煙は途中で途切れながら断続的に上がっていく。大きな布を使って煙を止めたり逃したりして、意図的に断続的にしているのだ。
セレオスとヤルナークは互いにうなずきあうと、馬の腹を蹴って駆け出した。
断続的な狼煙は、エルフたちがオーガを発見した合図だった。
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