第11話 エルフとの出会い

 茫漠ぼうばくとした荒地に日が沈もうとしている。


「とりあえずは大丈夫のようです」

 ブロワが合図し、三人はようやく馬の脚をゆるめた。


 幾筋いくすじもの雲にはばまれて弱々しくなった西陽がしんねりと彼らを照らす。


「最終的にケルニまで行けば、間違いなく三人と落ち合えます。が、何にしろ、まずは街道に戻らないことには……。街道を行けば、うまくすれば途中で彼らに会えるかもしれませんしな」

 ブロワは三人が無事であることを前提に話す。


 おそらく無事だろう。


 だが、確かめるすべはない。


 アランは力なくうなずいた。


「今夜は野宿ですな。適当な場所を探しましょう」

 アランはまた黙ってうなずき、レルシアと二人、ブロワの後に従った。


 しかし、いくらも行かないうちに、後方から数騎の騎兵が姿を現した。


 騎兵は彼らを見つけると、接近してきた。

 先ほど、オーガとの戦いに割って入ったエルフたちと見える。


 三人は緊張し、武器を確かめた。


 やってきたのは四騎。やはりエルフたちだった。


 白金でできた細工物のように輝く髪。

 大理石を思わせる青白く透き通るような肌。

 そして薄く淡い青色の瞳。

 鼻筋が通って彫りの深い顔立ちに、尖ったあご

 すべて、エルフという種族の特徴どおりだった。


「お前たち、何者か」

 近づいて来ながら、エルフの一人が鋭い声を上げた。エルフ語ではなく人間の言葉だった。

「旅の者だ」ブロワが短く答えた。


 だが、エルフたちは黙って近くまで来ると、三人を胡乱うろんな者を見るような目つきで眺めた。

 その高圧的な態度にアランは苛立いらだった。


 再びエルフが尋ねた。

「旅の者がこんなところで何をしている。お前たち、先ほどオーガに襲われていた者たちだな」

 その口調は高慢こうまんで、あからさまにアランたちを見下していた。


 アランはかっとなり、思わず声を荒げる。

「何でもいいだろう。そっちこそ、亜人あじんが我々の国で何をしている」


 あわててブロワがそでを引き制止しようとしたが、遅かった。

 エルフたちが気色けしきばんだ。


 この点については解説が必要かもしれない。

 「亜人」とは「人間に次ぐ者」という意味の言葉で、他種族にとっては侮蔑的ぶべつてきな意味になる。


 また、「我々の国」という言葉もいけない。

 人間の「国」というのはあくまで人間だけの考え方だ。エルフは関係ない。


 さらに、その国の中にしても、人間の領域と言えるのは点在する街とそれを結ぶ道だけで、今彼らがいる荒野など、そもそも人間の支配など及んでいないのだ。


 アランは今、彼らを二重に挑発したことになる。

 もちろん、意図して言ったのだが。


 一番後方にいたエルフが口を開いた。

傲慢ごうまんな言いようだ。いかにも人間らしい」


 そのエルフはしかし、怒りではなく、憐れむような目でアランを見た。

「おおかた、道に迷ったところをオーガどもに襲われていたのだろうがな」


 図星を突かれ、アランは怒りで顔面から血が引いていくのを感じた。しかし、今度はブロワが先に答えた。


「いや、礼を失することを言った、申し訳ない。いかにも、我々は先ほどオーガと戦っていた者だ。あなたたちのおかげでなんのがれた。遅くなったが、礼を言う」


 エルフは、ふん、と鼻で笑った。


 そのエルフは他の者と違い、一人だけ頭飾りをつけていた。

 銀色の細い糸が幾筋も集まって額中央の紅い宝石を支えるそのサークレットは、夕暮れの今にあってなお、日を受けて輝く朝露のような、あるいは、寒空に輝く星々の光が形を成したかのような輝きを放っている。

 このエルフがおさだろう、ブロワはそう判断した。


 彼は、努めて平静な態度で尋ねた。

「助けていただいたついでに、差し支えなければ教えていただけないだろうか。あなた方はどこから来たのか、なぜここにおられるのか」


「我々は北方から来た。あのオーガたちを殺すためだ。これでいいかな?」

 エルフのおさは冷たい声で言った。


「あのオーガ。あの巨大なオーガか」

 ブロワが聞いたが、それには答えず、エルフの長は身をひるがえした。


「先ほどの戦いでは、あまり殺せなかった。逃げたオーガも多い。この辺りはまだ危険だ。お前たちは早々に逃げるがよい」


 周りのエルフたちもおさに従い、身をひるがえしてゆく。


 その中の一人が、大きな声で言った。

「もう日が暮れて、暗くなる」

 最初に声をかけてきたエルフだった。

「人間の黒い肌は、隠れるのに都合が良いな」


 他のエルフたちが哄笑こうしょうするなか、おさだけは笑わず「つまらぬことを言うな」とたしなめた。

 エルフたちは、彼らがやって来た方へ戻って行った。


 先ほどまで、日は地平線にわずかな点となって残照ざんしょうを送っていたが、それももう消えてしまった。

 辺りは陰鬱いんうつな薄暗さで徐々に満たされようとしている。


「くそ」アランは拳を握り締め、悔しさを吐露とろしようとした。「あいつら」

 しかし、

「いけません」厳しい声でブロアがそれを制止した。


「オーガに負けたのは我々の力不足。あの者たちに命を救われたのは事実。そして先にあの者たちをあからさまに侮蔑ぶべつしたのはアラン様です。今のやり取りについて言えば、我らは侮蔑し、侮蔑を返された。因果応報いんがおうほう、非は我らにあります」


 彼は重くゆっくりとした声で続けた。


「今、アラン様が抱いている怒りは、ご自分のふがいなさに対して向けられるべきものです。誤ってエルフたちに向けてしまっては、道をたがえることになる。つらくとも、自分で受け止めねばなりません」

 

 しばらくの間、アランは唇を強く噛んで黙っていた。

 だがやがて、震える声で言った。

「手厳しいな」


「王にふさわしい度量を身につけていただくためです」

 ブロワが即座そくざに答えた。


 アランはまた少しの間黙っていた。しかしようやく、「すまなかった」とつぶやいた。


 三人は移動を再開した。


 それから一行はしばらく進み、野営に手頃な場所を見つけた。無論、火を使うことはできない。


 最初の不寝番ふしんばんは、ブロワが進んで引き受けた。


 荒野の夜は冷え込む。アランは毛布を深く被り、胸元でかき合わせた。睡魔はいとも容易たやすく彼をとらえた。


 月のない星空の下、アランは夢を見る。


 夢の中で、アランは幼い子供だった。たくさんの子供達と遊んでいるのだが、そのうちの一人が、自分はヒドラを飼っている、と自慢した。

 周りの子供たちは、負けじと飼っている魔獣の名を挙げ、張り合った。

 そこでアランは、自分は竜を飼っていると自慢した。

 すると、子供たちの中にソリンの街の代官が混じっていて、そんなものを飼ってはいけない、と言い始めた。

 アランは急に恐ろしくなり、竜を捨てようとするのだが、捨てることができない。

 ギルスタインに頼んでも捨てられない。

 オーガに頼んでも捨てられない。

 アランは仕方なく、竜を空に放してやった。

 するとそれを見たレルシアが、エルフみたいだと言って笑った。


 アランは寝返りを打った。




 一方、日が暮れようとする頃、セレオスたちは、アランたちより少し離れた場所を、やはり街道を目指して移動していた。馬のないムグルクに合わせて、セレオスとヤルナークも馬を引き、足早に歩く。


「しかし」

 ヤルナークが状況に不釣り合いな、のんびりとした調子で言った。

「よくもまあ、助かったものだ」


「エルフたちのおかげだよ」

 ムグルクが答える。


「アラン様たちも無事だといいが」


 セレオスが心配そうにつぶやいたのを見て、ムグルクが声をかけた。

「お前とアラン様は、仲がいいよな。王子と従者という以上だ」


「ああ」

 セレオスは微笑みながら答えた。

「私たちは、兄弟のようにして育てられたんだ」


「兄弟?」


 セレオスがうなずく。

「私の母が、アラン様の乳母うばだったんだ。私たちは生まれてすぐ、一緒に母のもとで育てられた」


「そういうことか」

 ムグルクが納得した。だが、すぐに首をひねった。


「あれ、でも。じゃあアラン様の母上は?」


 セレオスと、そしてヤルナークの顔が曇った。


 二人は一瞬顔を見合わせ、「そうか、ムグルクは知らないのか」とヤルナークが言った。


「何を?」


「アラン様の母上、つまり先の王妃様は、アラン様が生まれてすぐに亡くなられたんだ」


「あ、そうなのか」

 ムグルクが少し気まずそうな顔になる。

「まあ、お産は命懸けだって、いうものな」


 しかし、そのムグルクの言葉のあと、セレオスが乾いた声を出した。

「違うよ」


 今度はヤルナークも、驚いて彼を見た。


 セレオスは地面を見たまま、静かに言った。

「殺されたんだ」


「え?」


「毒だよ」

 やはりセレオスの声は乾いていた。


 その時、数騎の騎兵が走って近づいてくるのが見えた。


「さっきのエルフたちだな」

 セレオスがつぶやく。


 ムグルクは話の続きが気になったが、さすがに自重じちょうした。

 三人は立ち止まり、エルフたちを迎えた。


 やがて、近づいてきたエルフたちの一人が声を発した。

「何者だ」


 セレオスは頭を下げた。

「先ほどは助けていただき、ありがとうございました。私はセレオス、こちらはヤルナークとムグルク。旅の者です」


「先ほど、オーガに襲われていた者たちか」


「はい」


「ふむ」

 エルフは少しのあいだ馬上から彼らの様子を眺めていたが、やがて仲間と何事か相談しはじめた。

 エルフの言葉だったので内容は理解できなかったが、相談が終わると、そのエルフは彼らに向かって言った。


「まだこの辺りはオーガがうろついていて危険だが、見たところ、君たちはだいぶ消耗しているようだ。馬も一頭足りない。……どうだ、もしよければ、我々のところに来るか?」


 三人は驚いて顔を見合わせた。


 しかし、このエルフの言うことはもっともで、今、彼らは非常に危険な状況にある。

 同行させてもらえるというのは、ありがたい提案だった。


「お言葉に甘えて、お願いできますでしょうか」

 セレオスが頭を下げた。


 エルフは、後をついてくるように彼らに言った。

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