第六話 俺を他の奴隷商と同じにしないでくれ

 メリュジーナさんを吹き飛ばした後、彼女の体に変化が起きた。


 彼女の体が光だし、暫くするとその光も消えた。だが、発光が収まったその瞬間、俺は目を大きく見開き、驚愕してしまう。


 巨大なドラゴンの体が縮み、人の姿へと変化していた。


 薄い水色のロングヘアーの女性、その姿は知っている。実際にこの目で見るのは初めてだが、マヤノの記憶に登場していたあの人だ。


 ドラゴンがマヤノの母親の姿になった。いや、彼女がドラゴンに姿を変えていたと言うのが正しいのか?


 まだ頭の中が整理できていない中、倒れているメリュジーナさんの瞼が開き、紫色の瞳が顕になる。


「いたた……まさか……このわたしが倒されるとは」


「ママ! 大丈夫?」


 目を覚ましてゆっくりと起き上がろうとする母親に、マヤノが駆け寄って声をかける。


「マヤノちゃん。すまない。君を守れないとは母親失格だ。わたしではなく、ご主人様マスターなら、きっと救っていたかもしれないのに」


「ママ、ママは勘違いを――」


「大丈夫だ。母親としての切り札を使う。こんなやつに捧げることになるのは屈辱だが、娘を守るためにはこうするしかない」


 誤解であることをマヤノが話そうとした。だが、彼女の言葉を遮って、メリュジーナさんは切り札を使うと良い、俺の方を睨み付けてくる。


 母親としての切り札? いったいなんなんだ? 背筋に寒気を感じて嫌な予感がしてくる。彼女にその切り札を使えば、この場が大混乱になりそうな予感がしてならなかった。


 何が起きても対処できるように身構える。すると彼女はいきなり身に付けている服を脱ぎ始めた。


「娘の代わりに我が身を捧げよう。だが、これだけは覚えておけ、いくら体を弄ばれようと、心までは奪えない。私の心はご主人様マスターと共にある」


「どうしてそうなるんだよ!」


「どうしてそうなってしまうの!」


 予想外の展開に、思わず声を上げた。俺と同じ心境だったようで、ほぼ同時にマヤノも声を上げた。


「何を考えているの! フリードちゃんはそこら辺にいるクズの奴隷商とは違うのだから! ちゃんと説明するから、速く服を着直して!」


 マヤノが声を上げ、母親に脱いだ服を着直すように要求する。先ほどは咄嗟のことで、直ぐに体が反応できなかったが、流石に今度も着替えを見る訳にはいかない。


 体を反転させ、マヤノが服を着せるのを待つ。


「フリードちゃん、もう良いよ。こっちを向いて」


「分かった」


 踵を返してもう一度彼女たちを見ると、メリュジーナさんは不思議そうな顔で俺を見た。


「とりあえずは順を追って説明しますので、今度は取り乱さないでください」


 一度咳払いを行い、これまでのことを話した。


 道で行き倒れになっているマヤノと出会ったこと、共同で依頼を受けて隣国の王族を助けたこと、敵を倒すために仕方なく一時的に契約を結んだこと、マヤノが自分の意志で契約の延長を行ったことを全て話した。


「つまりは、君はマヤノちゃんを一生奴隷にするつもりはなく、いつでも契約を破棄するつもりだと」


「ええ、心配なら、今からマヤノとの奴隷契約を解除しましょうか? それなら安心できますよね」


 娘が心配なら奴隷契約を解除しても良い。そう告げると、メリュジーナさんは首を左右に降った。


「マヤノちゃんが自分の意志で決めたことなら、わたしは口出しをすることはできない。どうやら君は、他の奴隷商とはどこかが違うようだ。完全には信じることはできないが、今はマヤノちゃんの顔を立てて、信じてみることにしよう」


 完全に信頼関係を勝ち取ることはできなかったが、それでも敵対されるよりかはマシだ。


 今はそのことを喜んだ方が良いだろうな。


 そんなことを考えていると、メリュジーナさんが豹変したことを思い出す。


 まぁ、娘が奴隷にされているのだから、怒って当然なのだが、それだけではないような気がする。


「すみません、メリュジーナさんは奴隷商に対して、遺恨のようなものをお持ちのようですが、過去に何かあったのですか?」


 気になったので訊ねてみると、メリュジーナさんは小さく息を吐く。


「今から数十年前になるかな。細かい日付までは覚えていないが、わたしはマヤノの父親、つまりわたしの旦那と一緒に、魔王軍と戦ったことがあるんだ。その時、わたしはメイデスと言う魔族の女と戦っていたんだ。その時、あの女が使っていた能力、それが奴隷契約スレーブコントラクトだ」


 メリュジーナさんの過去話を聞いている中、心臓が早鐘を打つ。


 魔族の女がクレマース家に伝わっている奴隷契約の魔法を使っていた?


 どう言うことなんだ? クレマース家の力については、代々ご先祖様から受け継がれた力としか聞いていない。


 でも、今の話を聞く限り、クレマース家はその女魔族と、何かしらの繋がりがある可能性は否定できない。


「メイデスは、農民たちと強制的に奴隷契約を行い、無理やり兵士にして戦わせていた。あの時の彼らの顔は今でも覚えている。嘆き、悲しみながらも戦っていた。命あるものを道具にように扱うその力に嫌悪を覚えたよ。まぁ、最終的には能力の穴を付いて奴隷たちを呪縛から解放して、メイデスも最後は踏み潰した」


 新たな疑問が生まれて思考が裂かれている中、メリュジーナさんは続きを語って言葉を連ねる。


「メイデスを倒したことで、その力を使うものはいなくなったと思っていたのだがな。まさか、まだその悪き力を使う者がいようとは」


 遠くを見ていたメリュジーナさんが視線をこちらに戻す。


「だが、マヤノちゃんが君を信頼しているようだし、今は見逃すとするよ。だけど、もしその力で己の欲望を満たそうとした時は、わたしが君を踏み潰してくれる。わたしはその力の弱点を知っているからね。今度は負けないよ。冷静になって戦っていれば、勝ったのはわたしの方だ」


 ただの負け惜しみなのか、事実を言っているのかは分からない。だけどこれ以上彼女を敵に回したくはない。俺が力に溺れなければ、きっと大丈夫だろう。


「よ、ようやく追い付いた。どうして落とし穴に落ちそうになった所を助けてくれなかったのですか?」


 疲れた表情を見せながら、サクラがゆっくりと近付いて来る。


 俺の後を走っていた彼女が、なぜ追い付いていなかったのか疑問に思っていたが、気付かない所で落とし穴に落ちそうになっていたらしい。


「あれ? 誰か居ますね。もしかしてこの地下空間のことを知っている人ですか?」


「あ、この人はマヤノの母親のメリュジーナさん」


 サクラがメリュジーナさんの存在に気付き、俺は彼女に紹介をした。


「メリュジーナさん! 本当にメリュジーナさんなのですか!」


 メリュジーナさんを紹介した途端、サクラは目を大きく見開き、興奮したのか声音を高くする。


 そう言えば、サクラはメリュジーナさんを探していたのだよな。


「メリュジーナさん、あなたの力を貸してください。今、テオお爺様のお城が大変なことになっているのです」


 メリュジーナさんの手を握り、テンションが上がった声音で協力を頼む。


「それは……無理だ」


「え?」


 メリュジーナさんが協力を拒否したその瞬間、この場の時間が止まったかのように錯覚した。

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