第十話 お前、なぜ裏切った

 ~第二騎士団長視点~


 くそう。なんてことだ。まさか敵があんな高度な防御魔法を使えるとはな。


 茂みの中に隠れながら、今後の戦略を考える。


 視認することができない防御魔法が使われている以上は、防御魔法が発動している限り、いくら攻撃を仕掛けても防がれてしまう。


 隣にいる男の力も未知、そしてターゲットとなるあの男の隣にいるあいつは、俺と同格の力を持っている。


 あの2人組さえ居なければ、俺があいつの動きを封じている間に、部下たちがあの子の首を刎ねることができていた。


 だが、俺たちの想像を超えるほどの力を持つ者が、護衛任務に当たっていることが分かった以上は、別の方法を考えなければ。


 考えろ。いくら強力な防御魔法でも、何かしらの綻びは必ずあるはずだ。


「全員、あいつらを取り囲め! 全方位から一斉に剣の力を解き放って攻撃だ!」


 部下たちに命じると、彼らは直ぐに動いて4人を包囲した。そして剣に魔力を送ったようで、炎や氷、雷や風と言った様々な魔法が放たれる。


「全方位から攻撃をすれば、全てを防ぐことはできないと思ったのかな? でも残念! マヤノの魔法は全方位に対応しているんだよ」


「何!」


 女の言う通り、全方位から放たれた魔法は、直撃することなく見えない壁のようなものに阻まれた。


 つまりあの防御魔法は、ドーム状に展開されていることになる。


 ならば、地下からの攻撃は防ぐことができないはずだ。


「大地の力を持つ剣を持っている者よ! 地中から攻撃だ!」


 地属性の力を持つ剣を受け取った部下に命じると、彼は剣の刀身を地面に突き刺す。


 さて、これで俺の予想が正しければ、地中からの攻撃には対応できないはずだ。


 警戒を緩めることなく対峙し続ける。しかしいくら待っても、敵が吹き飛ぶような展開にはならなかった。


 何だと! まさか!


 目を大きく見開き、女を見る。彼女は口の端を引き上げ、ニヤリと笑った。


「確かに半球を見れば、ドーム状のバリアだと思ってしまうよね。でもこの魔法は、本来の形は球体なの。地面に埋まっているだけで、ちゃんと地中からの攻撃も守れるんだよ」


 女の説明を聞き、歯を食い縛る。


 まさか地中からの攻撃も完璧だとは。だが、まだ俺たちにも可能性は残されている。


 あの女が防御魔法を展開している限りは、移動はできないはず。俺たちを追い返そうとするならば、攻撃に転じるために一度防御魔法を解除しなければならない。その隙に距離を詰めて攻撃だ。チャンスは一瞬しかないかもしれない。


 だけど俺が受け取ったこの剣には、身体能力を向上させる効果がある。きっと防御魔法を消した瞬間に、一気に間合いを詰めてあの子の首を取ることができるはずだ。


 神経を研ぎ澄まし、チャンスを見逃さないようにする。


「あれ? もう攻撃してこないの? なら、今度はこっちから攻めようかな? ね、フリードちゃん」


「ああ、そうだな。スレーブコントラクト!」


 女が隣にいる男に声をかける。その瞬間、彼は魔法名らしきものを呟いた。


 今から敵が攻撃をしてくる。チャンスを掴み取れ! 俺!


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ワンチャンスに賭け、神経を研ぎ澄ませている最中、部下たちの悲鳴が聞こえた。


 フッと我に返って辺りを見ると、部下たちがイノシシのモンスターであるブルボーアに襲われ、吹き飛ばされていた。


「くそう! タイミングが悪い。こんな大事な局面でモンスターが現れるなんて」


 だが、これはあいつらにも言えることだ。いくら防御魔法を発動しているからと言っても、安心することはできないはずだ。


 ブルボーアの突進攻撃は、鬼気迫る勢いで走ってくる。熟練の冒険者でも、一瞬怖気付いてしまうほどだ。


 この混乱に乗じれば、あの女の防御魔法が解けた瞬間に距離を詰め、刃を当てることができるかもしれない。


 部下たちが次々と吹き飛ばされる中、時々俺も狙われるがやつの突進を躱していく。


 だが、しばらくすると戦場に異変が起きていることに気付く。


 おかしい。どうしてブルボーアは俺ばかりを狙う?


 何度もモンスターの攻撃を躱し続けている中、ブルボーアが標的を変える様子がない。


 狙われているのは俺や部下ばかり、あいつらには一度も攻撃を仕掛けようとはしない。


「まさか、モンスターをテイムしたのか!」


 モンスターテイマーか、上位の職業であるモンスターマスター。それがもう1人の護衛の正体だったのか。


 確かにそれなら、俺たちばかりが狙われるのも納得がいく。防御魔法外から攻撃をすれば、いちいち防御魔法を消す必要はない。一本取られてしまった。


 敵に感心する中、ブルボーアの攻撃を避けていく。


 部下たちは全員吹き飛ばされて虫の息だ。当たりどころが悪かったやつは即死しているだろう。


 俺も攻撃を避け続けたことで大幅に体力が削られている。このモンスターを倒さない限り、冷静に戦略を考える時間を設けることができない。


「グハッ!」


 剣に魔力を送り、身体能力を強化してモンスターを倒そうとしたその刹那、腹部に痛みを感じた。


 ブルボーアの牙が突き刺さり、傷口から血が噴き出している。


 ブルボーアの速度が上がっていただと! まさか、さっきまで本気ではなかったと言うのか。


 腹部に風穴が空いた状態で吹き飛ばされて地面に倒れる。


 回復系のアイテムは全て部下に預けていた。使うには体を引き摺っても、あいつらに近付けなければ。


 出血多量で死ぬ前に、回復アイテムを持っている部下に匍匐前進で近付く。


「あーあ、せっかくこの俺が魔法剣を譲渡したのにも関わらず、全滅とは情けないな」


 意識が朦朧とする中、ゼッペルの声が耳に入る。そして掠れつつある視界の中で、彼の姿が見えた。


「頼む……回復アイテムをくれ」


 こいつなら、上級ポーションのひとつやふたつは持っているはずだ。使用してもらえば、俺はまた戦うことができる。


「悪いな。お前たちは使い捨ての駒だ。任務に失敗した以上、チャンスなんてないよ。せめて俺の手で引導を渡してやる」


 ゼッペルの言葉に驚愕している最中、目に映る光景が一気に変化した。俺の視界にはゼッペルはおらず、代わりに首のない俺の体が見えた。


 そうか。俺はゼッペルに首を刎ねられたのか。

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