第2672話・北畠家の今

Side:北条氏康


 十年も過ぎると、織田の治世が他と違うことを知る者は多い。ただ、多くは織田の治世を優れておるとは思わず勝手なことをしておると言うて認めぬ。


 わしも同じだった。人とはそのようなものなのかもしれぬ。とはいえ、改めて思い返すと今の世では誰もが勝手なことをしておる。


 奥羽の伊達を探らせていた風魔が戻った。


「伊達はやる気か。いかに収める気だ?」


 上総と安房はひとまず収まったのでよいが、事と次第によっては奥羽から関東にかけて乱が起こるかもしれぬ故に探らせておったのだが……。


 あの辺りは大崎や伊達などが内乱を起こしていたはず。織田と戦うほど家中をまとめられるのか?


「そこまで考えておらぬのかもしれませぬ。伊達、葛西、大崎、国分などあの辺りの者らは古くからの形のままでございます」


 時には味方、時には敵となるか。我らも他人ごとではないな。臣従すると言うてみたり、態度を変えてみたりする者は多い。


 織田は家臣とその他を明確に分けておるが、左様なことが出来ておるのは織田のみ。北畠や六角ですら、まだそこまで出来ておらぬようだからな。


 戦わずして降るような真似をすれば従う者たちが離れるか。当然だな。織田に降るなら伊達の家臣などになりとうあるまい。今川でさえ遠江では離反する動きがあったのだ。伊達如きが家中をまとめられるはずもないか。


「叔父上、いかが思われる?」


「今のまま様子見でよかろう。支度はしてあるのじゃ」


 尾張から奥羽は遠い。織田からの求めがあれば、こちらからも兵を出すことも考えてある。あのあたりは名門やらが多く厄介なところも多い故にな。


「親子で争い、近隣と争い、その因縁と半端に終えた始末が世を乱すか。今の世の悪いところが見えてくるわ」


 伊達や大崎が悪いとは思わぬが、国人や土豪を従えることで所領を治める形を続ければ争いは絶えぬのであろうな。武士もまた世を乱す者。


 厄介な者ばかり残りつつあるなと考えておると、外房の正木が小田原に到着したと知らせが届いた。尾張から戻ったという知らせは受けてあるが、すぐにこちらに挨拶に来たか。


 大人しゅう従ってくれればいよいのだがな。当主はともかく他の者は里見と共に北条と五分に争っていたという自負もあろう。さすがに毒などは使うまいが、なにを仕出かすのやら……。


 厄介な者は皆、日ノ本から追放してしまえばいいのではと思わなくもないな。もっとも、それをやればこれから対峙する畿内が敵となるだけであろうが。


 争いの根源だからな……。あの地は。




Side:久遠一馬


 北畠家の俸禄化に関する進捗状況の報告が届いた。


 所領をなくす方向にというのは以前からの基本方針だが、それがようやく具体的に進みつつある。もっとも伊勢と志摩の所領だけではあるが。影響下にある大和の一部などは今のところ現状維持、保留にしてあるらしい。


 関所に関しては、織田、六角、北畠で互いの領民に対して無税とするのはすでに実現しているので、実は山場は越えていたんだけどね。


 ただ、先祖代々の土地を手放したくないと思う人もいたし、理屈で分かっていても感情論で反対する一族がいたみたいで大変だったらしい。


 戦や押し込めとかしたら、もっと早く進めることが出来たんだろうけどね。そういうことをしないで理解を得られるように時間を掛けたんだ。


 オレが南伊勢に行って、もう少し関われば早く決まったんだろうけど。晴具さんからそこまでしなくていいと言われていた。南伊勢にはシンシアたちがいるが、彼女たちも助言以上のことはしないようにしている。


 決断は自分でさせるというのが晴具さんと具教さんの意思だ。


「所領の価値が変わりつつあったからなぁ」


 伊勢志摩の海沿いは水軍が織田に臣従する際に織田領とした。本当に海沿いの一部だけ織田領としたのだが、北畠領と暮らしの格差がないわけじゃない。


 さらに北畠領の中でも織田領と接するところや街道沿いの価値は高まるが、逆に価値が下がり始めている場所もあるわけで。


 一例を挙げるとすると北畠家が数年前まで本拠地としていた多気御所と霧山城、ここも要所なので今も代官を置いているものの、明らかに所領としての価値は下がった。


 大和が近いので大和への備えとしての価値はあるが、経済的なことを考えるとどうしても見劣りする。周辺には古参の家臣の所領などもあるが、当然そこも同じだ。


 織田領と近い海沿いが一番発展しやすい。


 北畠家としては家臣たちも、すでに所領制だと織田についていけないと理解していて本気で改革に取り組んでいたが、それでも二年ほどの月日がかかった。


 無論、この間にも少しずつ既得権を北畠家に集めるなどしていて無策に停滞していたわけじゃないが。所領の俸禄化は最後の仕上げと言ってもいいだろう。


「熊野が動いたことも大きゅうございますな」


「然り、南の懸念が消えたことで伊勢と志摩はもう憂いがない」


 資清さんと望月さんも感慨深げにしている。確かに熊野三山の方針転換も大きかった。織田と北畠の懸案だったからなぁ。


 領地を接するところとして改革が始まっていないのは大和になるが、ここ興福寺が現状だと上手くまとめているんだよね。


 織田としては柳生家、北畠としては勢力圏の者たちを事実上従えているが、ここらに不当なことをしない限りは口を出すこともない。


 将来的にどうするんだという議論は織田家でもたまにあるが、興福寺の扱いの難しさと筒井が今一つ頼りないことで今のところ放置している。なんというか面倒な土地なんだが、他国に喧嘩を売るとか迷惑を掛けているわけじゃないからな。


 ほんと柳生家様様だね。偶然とはいえいい意味で仲介する仕事をしてくれている。


「北畠家の改革は三国同盟のみならず日ノ本の行く末にも関わります。本当に良かったですよ」


 エルもホッとした様子を見せている。噓偽りなく今後の戦略の鍵となるひとつは北畠家なんだ。


 いろいろと助力もしたし援助もした。北畠家の皆さん、どうも助けを受け過ぎだと考えているみたいだけど、先々の展望を考えるとその価値がある存在なんだ。


 北畠、助力はしたが改革を自力で成し遂げた。その結果は北畠家の皆さんの誇りとしていつまでも残るだろう。南北朝時代には南朝方の大将軍だった北畠家が新たな時代を切り開いた。


 その事実は朝廷の行く末にすら影響を及ぼす。


 これで、無益な戦を減らしていけるかもしれない。


 本当に頼もしい味方だ。



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