応援コメント

第2453話・飢饉と花火」への応援コメント

  • 【誤】史実に【倣】って  ※模『倣』と学『習』

    【誤】ジャガイモこと馬鈴薯
       ※馬鈴薯ことジャガイモ
       ※第2426話でも指摘したように「(通称)こと(本名)」の使い方が逆です。

    【重】本職である工事と普請関係の報告 /工事と普請に関しては、
       ※普請は狭義に工事なので「工事と工事」となっている。
       ※本来の仏教用語の「あまねく大衆に請うて労役に従事してもらう」から賦役を含めた工事全般を指すとしても、それならば前の「工事と」は不要かと。

    【誤】由衣子【の】産休【が】明けるから
       ※「明ける」は「ある期間【が】終わる」こと。「期間【を】終わらせる/終える」の意味はない。

    作者からの返信

    誤字報告ありがとうございます。
    修正しました。


  • 編集済

    連続更新お疲れ様です。
    今回ちょっと法律の話もあるので長めです。
    法律は弱者のためにありますけど、真の味方は使いこなせた者の為にあるんですよ。
    そして法律は知らないじゃ済まされませんのでご注意を。
    それがわかりやすいお話も交えてみましたので一応目を通してみてください。
    法律って知れば知るほど世の中綱渡りで生きてるんだなって思いますね。
    その分安全だけど。
    ちなみに自転車の飲酒運転も今月から罰則化(懲役三年以下か五十万円以下の罰金)になりましたね。
    お互い気を付けましょう。

    さて本題です。
    奥羽は寒冷地ですからね。
    農業に向かない土地ですから寒冷地でも育つライ麦、燕麦、大麦は正解でしょうね。
    あとできればユウ米も。
    灌漑施設や温水路「ぬるめ」といった農法がないと米は無理でしょうね。
    永禄の飢饉は二年で終わることは歴史を知る我々や一馬たちは知っていますけど、当時の人たちからしたらいつ終わるか不明の死活問題ですからね。
    実際、江戸の四大飢饉は〇〇食が東北では横行してたっていうし(はっきり書くとNG)。

    当時小氷期だったので太陽の黒点の減少増加で太陽の活動が判明するので飢饉対策としては黒点調査を今からでもいいからやるしかないですよ。
    望遠鏡はあるし、太陽の活動が低下すると黒点が減少もしくは観測できなくなるので黒点の観測調査はできると思うんですよね。
    氷室とは別のアプローチでの気象予想ですね。
    人工衛星はないし(いや、シルバーンでできるけど産業革命前の当時の技術で再現できるものでないといけない。一部転炉や反射炉はあるけど、蒸気機関などあくまでも完全な産業革命は現地の人たちの手で行わなければ意味がない)、表向きできるのが気象観測台(温度計や湿度計、経験則による天気予報など)の設置くらいだし。

    ともかく、今すぐできることは食糧統制と食糧と塩の配給でしょうね。
    あとは寒冷に強い作物=日本より北の北欧や東欧でも育つライ麦などでしょうね。
    パンにしてもいいし、粥にしてもいいですし。
    下北半島で馬鈴薯と寒冷地用の改良された米(亀の尾?)、ライ麦の試験栽培ですか。
    ただ、亀の尾は冷害に強いものの害虫に弱く、化学肥料や農薬を使うと米がもろくなるんですよね。

    確かに津軽は地縁(浪岡北畠の伝手)があるし北陸奥にしては豊かな慣れた土地ですが、日本海航路で来る人たちが多いから秘匿性が低いですからね。
    その反面、下北半島は田名部館の新井田南部(八戸政栄の実家)の領地周辺を除けば山に張り付くように沿岸に暮らしていますからね。
    漁業(年貢は俵物/干しアワビか)とわずかな農作物で生計を立てている土地ですから余所者は寄り付きませんよね。
    とはいえ比較的平野があり俵物(干しアワビ)の積み出し港(田名部)の田名部館の領主は新井田行政で八戸政栄、新井田政盛の実父ですからね。
    気を付けないといけませんね。

    八戸政栄は15才の時に久遠艦隊の艦砲射撃と鉄砲、焙烙玉で一方的に八戸根城と軍勢をボコボコにされているので未だに潜在的に敵視しているかもしれませんし、父親の行政、祖父の近江守盛政(まだ生きてたかな?)も織田に従ってはいるけど基本隙を見せたら馬鹿を見ますからね。
    孫や息子が手も足も出ず降伏した腹いせに最新技術を奪われたりばら撒かれでもしたら目も当てられない。

    確かに年寄りや年配者は宗滴老や幻庵老、沢彦和尚や雪斎禅師、斎藤道三さんなどの話が分かる人物を除いて保守的、保身的な人間が多いですからね。
    基本年寄りは昔を懐かしみますからね…。
    確かに領地をもって戦い抜いてきたという安心感や慣例や優越感や誇りなどの自負までは貶す気はありませんけど、銀次が言っているように過ぎたれば毒にしかなりませんからね。

    でも人間昔より今ですからね、基本。
    今と未来がよければいいという考えはどこにでもありますし。
    今は飢えず暮らせればいいという考えは当然な考えだし、その今を乗り越えなければ過去を懐かしむ未来は来ないんですから。
    今の統治=食えるようにしていれば消極的に不満はあっても従うしかないし、不満のある老人は寿命で死ぬのが早いのでそれを待っていればいい。
    あと30年もすれば不満を持っている老人もほぼいなくなるでしょうね。
    なんだかハゲタカみたいな戦略ですねw

    工事と普請については多くは計画のみで残りは遥か未来の人たちに託すしかないですか。
    人口が少ないですし、大規模普請はできないのでシャーロットと愛美の優先度や難易度、工費の概算を記した計画書を託すしかないですか。
    今は港湾設備と主要街道の整備のみですか。
    港湾設備というと漁協と港湾労働者組合も必要ですねw
    組合をなめるんじゃねえよ。

    詳細な計画書を残せば、余計な手間や工費がかからずに最適解の技術で工事できますから何とかなると思いたいですね。
    由衣子の子は由萌ちゃんですか。
    知子が産休に入っていますから、優子も早めに作る必要がありますね。
    何といっても30超えると高齢出産の時代ですからね。
    やはり種が一人しかいないというのがネックですねw
    子作りの時期を調整していたんですねw

    飢饉ですが織田領は飢えない程度に何とかやりくりしていますか。
    幸い今年で飢饉は終わるけど、そんなのは一馬たち以外わからないし最悪の天明の大飢饉は6年続きましたからね…。
    2年でこれですから6年ってマジで自然が人類を殺しにかかってきているんじゃないかって思いますよね。

    越後は飢饉を乗り越えられず関東に出稼ぎ出兵する羽目になりましたけど、この世界線では織田との商売ができるので飢饉を乗り越えられそうですね。
    奥羽は二毛作ができませんからね。
    馬鈴薯、大根、蕪などの根菜あたりは多少雪をかぶっても何とかなりますけど、普通の穀物は雪や霜で枯れますからね。
    確かに作物は粟や稗、大豆、蕎麦、燕麦が奥羽では最適なんですが米は気象条件が良ければ奥羽でも育ってしまうのがある意味罠なんですよね。
    それで価値の高く美味しい米にしたいと考えるのは人の本音として当然なんですよね…。
    生活レベルを下げるのは本当にキツイですからね。
    なんとか特産品を作って米を買えるようにする必要がありますよね。

    高度経済成長期までろくな産業がなかったんですよね、岩手とかは。
    青森は農業のほかに漁業と金山、南部鉄器とか主要産業があったけど、当時の岩手北部は役場で働く以外にはわずかな田畑を耕して出稼ぎすることくらいしかなかったわけですし。

    葛巻の町史の歴史をドキュメントで見ましたよ。
    何もないところから特産品を作ったり(北海道の山ぶどうワインを参考に葛巻の山ぶどうワイン)や肉牛の飼育や酪農や林業などの基幹産業を立ち上げたりしてましたね。
    岩手=陸中は沿岸にいけば漁業はあるし、閉伊には港があるし中間交易もできますし、久慈は琥珀の産出地なので特産品はあるんですけどね。

    花火大会の運営は楽しい仕事ですか。
    確かにそうですねw
    熱田津島十三湊八戸での花火大会の時期ですね。
    お金に余裕がある人は一か月も前からですか。
    まるでコミケの徹夜組以上の気合の入れ様ですねw

    蟹江、三田洞、下呂温泉に浸かりながら待つ。
    優雅でいいですねえ。
    何処の豪農や大店や上級武士のご隠居なんでしょうね?
    地元にお金を落としてもらって潤うために寺社を中心に積極的ですよね。
    確かに余所者を拒むところは多いけど、いずれ固い頭を持つ者は寿命でいなくなるんですから、時が解決するんでしょうね。

    熊野が寄進しましたか。
    招待されないと貴賓席や観覧席で花火大会を見にこれませんからね。
    まさか天下の熊野三山が庶民に交じって茣蓙敷いて見るわけには行かないだろうし。
    花火大会も権威ある大会になっていますね。
    熊野三山の身分ある人たちというと、熊野大社のある新宮の堀内氏虎ですかね?

    あとは鎌倉以来の名門で那智三坊(潮崎、汐崎、米良)の勝山城の廊ノ坊重盛(汐崎重盛)とか鎌ヶ峯城の色川兵部盛直とか七上網(七人の合議制)の新宮周防守屋敷の新宮周防守行栄とか?
    この中で堀内氏虎に最後まで抵抗した七上網で新宮周防守行栄が最大勢力で唯一はっきりしているんですよね。
    1571年まで抵抗していたようです。
    新宮周防守屋敷は熊野速玉大社の南にあったそうです。
    今の本広寺あたりですね。
    箕島氏と泰地氏も七上網と呼ばれていたそうですけど(実際箕島氏と泰地氏はあの辺りに多い家名)明確な資料がなくて分かりませんでした。
    お力になれず申し訳ない。

    あの辺りにはほかにも汐崎氏(潮崎とも。関が原以降に復興した家もあるので二系統に分かれたようです)を追い落とすため堀内氏善が養子に入れた米良氏(おそらく氏善四男の米良道慶)や鬼ヶ城の熊野有馬氏、有馬孫三郎が25才で嗣子なくして死去したので堀内氏善が孫三郎の死後養嗣子として入嗣するも兄氏高が早世した上に氏虎が1574年に亡くなり堀内家に戻ったので孫三郎が事実上最後の当主です。

    のちに孫三郎の弟の有馬中務の娘が九鬼嘉隆の養女となり堀内氏善の妻となります。
    義理のいとことの婚姻ですね。
    四親等離れているから当時は合法ですね。
    現行法では姻戚、血縁、双方のいとこ婚は不可能ですが(昔は可能だった)、氏善は養子でその上、堀内家に戻るため籍を抜いているので可能です。
    氏善五男の氏時が有馬氏を名乗り、中務の子の有馬権平は関ヶ原の後1603年に九木浦庄屋に任命され九鬼嶋之介忠房と名乗るようになります。

    先ほどいとこ婚について触れましたが意外ですが養子先で義理の兄弟姉妹との婚礼は現実に法で認められています。
    いざとなったら養子の籍を抜けばいいだけですし、婿養子という言葉もある。
    養子縁組は家庭裁判所の許可が必要ですけど、養子は一方的にやめることができます。
    15才以上で書類さえあれば養親、養子、どちらか一方的に切ることができるんですよ。
    不行跡とか仲が悪いとか遺産相続させたくないとかそういった理由で一方的に切ることができるんですよ。

    ちなみに借金も遺産なので遺産放棄を半年以内しないと自動的に借金を相続する羽目になります。
    ちなみに連れ子には遺産相続権はありません。
    相続権を発生させるためには連れ子と養子縁組をする必要があります。
    養子縁組には普通養子縁組と特別養子縁組がありますが大抵は普通養子縁組ですね。
    あと養子が不行跡だった場合、縁を切っておかないと遺留分を言い出して毟り取っていくので裁判起こしてでもしっかり悪縁は断っておきましょう。

    あと妻が浮気をして托卵された場合出産後300日以内に裁判手続きを取らないと戸籍上の父親に養育権が発生してしまいます。
    遺伝子上の父親に養育権を発生させろよって思う悪法ですよね。
    似たような法律で悪いことして拳骨されたら虐待っていう悪法がよく通りましたよね。
    自分たちは悪いことしたら拳骨されて育ったのに。
    何かで聞きましたけど「悪いことしたらなあなあで済ませちゃいけないんだよ。そいつの為にも誰のためにもならねえ」って言ってましたからね。
    近年虐待が酷くなってきたとはいえ悪法を通した奴らはきっと甘やかされて育ったんでしょうね。

    ちなみに托卵を回避する方法として300日以内にDNA鑑定書を裁判所に出して嫡出拒否するしかないです。
    ただ、DNA鑑定をやると確実に夫婦仲が悪くなるか最悪離婚になりますけど。
    ただ、赤ちゃん取り違えとかありますからね…
    DNA鑑定は義務化したほうがいいですよ。

    美談?としては6才の時に赤ちゃん取り違えが判明して戻ったけど、両方とも遺伝子学上の親に馴染めず育ての親のところに帰ってきてしまったので二家族が娘が20才になるまで一緒に暮らすことになった話がありましたね。

    この辺りもこの世界ではちゃんとしてほしいなって思ったりしています。
    大丈夫ですよね?

    財産狙いで老人を養子縁組で狙われたりしますけど、精神病院とかでボケ老人と判断された場合は判断能力がない無能力者と言って昔は禁治産者と言うんですが今は差別用語らしいです。
    銀河英雄伝説のころは差別用語ではなかったようです。
    1999年から無能力者という言葉に変わったようです。

    この物語の初期に年貢まで質に入れて金借りて重臣に付け届けして信秀公の怒りを買った話がありましたけどあの話を最初に読んだ時、似た話のゴールデンバウム朝七代目皇帝ジギスムント二世を思い出しましたよ。

    だから徴税権の売り買いは流石にまずいですよねって言ったんですよね。
    懐かしいですね。

    痴愚帝ジギスムント二世は史上最悪の禁治産者と呼ばれて年貢の質入れどころか徴税権の売買までしましたけど。

    そして無能力者と判断された場合、弁護士などの成年後見人が大抵付くんですが、成年後見人が合意しないと契約不成立になるんですよね。
    ただ、まともな成年後見人がいないと財産を毟られてもどうすることもできないので信用できる弁護士を見つけておくことが重要です。
    ボケが来る前に法テラス(確か3回まで弁護士と無料相談できる)とかで優秀で信用できる弁護士を探しておくことをお勧めします。
    親が言うには信用できる医者と弁護士と政治家には伝手を必ず作っておけとのことです。

    婚姻と養子の話に戻しますけど、よくエ▢漫画やエ▢ゲで血が繋がっていないきょうだいがヤる話がありますけど、あれは場合によっては合法なんですよね。
    親の再婚で連れ子同士の場合は違法ですけど養子と実子の場合は合法で結婚もできます。
    ただ、2019年に110年ぶりに性犯罪への法改正、規制が強化されて親告罪が無くなった&第三者が見て明らかに嫌がっている場合&性器以外でも触ったりしたら強姦罪に抵触するようになったのでニュースにもなったし話題になりましたね。
    これがあと30年早ければあの事件は起こらなかったんですけどね…。

    弁護士って言ってもクズは駄目ですよ。
    以前山口県であった異常犯罪で弁護士がドラえもんだの魔界転生だの…。
    あきれてものも言えませんわ。
    魔界転生は死にかけた男を完全復活させ、超人として転生させると同時に倫理観道徳心がない(一応人間だったころからの無念や完全な状態の相手を打倒したいなどという武人のプライドはある)残忍な殺戮兵器やテロリストとして復活させる殺人鬼を作る方法ですからね。

    魔界転生とこの物語は一応無関係ではないんですよね。
    柳生宗厳さん、通称新助さんの五男の宗矩とその息子十兵衛三厳と孫の兵庫助長厳が出てきますので。
    長男の厳勝さんが鉄砲傷で再起不能になっていなかったら、跡を継げる可能性が出てこなかったら…宗矩はあそこまで歪まなかったろうし。

    とみ新蔵先生の魔界転生では宗矩を殺したくない十兵衛が父親に
    「アンタは剣術指南役となり大名になった。親父は武人の栄達を極めたではないか」
    と説得した際、魔人になっても
    「本当に欲しかったものはこの父にとって何だったのか、お前ならわかるだろう(宗矩が本当に欲しかったのは柳生石舟斎=新助さんの後継者の座だったのは十兵衛もわかっていた)」
    と語ったその時の本当に悔しそうな表情が忘れられませんね…。

    ちなみにとみ新蔵先生の描く薩摩で行われたとされる肝練り=火縄式ロシアンルーレットと平田弘史先生のひえもんとり=死罪人の生き胆争奪戦はよく同一視されますけど作者は別です。
    とみ新蔵先生は兄の平田弘史先生のアシスタントをやっていたから絵柄が似ているだけです。

    魔界転生は本来が島原の乱で三万七千皆殺しにされた恨みを天草の乱の事実上の指導者である森宗意軒が晴らすため当時の日本政府である徳川幕府滅亡のために作り出した超人テロリスト作成方法ですからね。
    テロリスト由比正雪は家康の十男、御三家の紀州藩主徳川頼宣を将軍にするために家光政権の打倒に協力したわけであって日本滅亡まで望んでいなかったわけですけど。
    しかも内容がとみ新蔵先生の漫画版だろうしって当時のネットニュースで言ってましたし。

    当時公判中に勤めていた会社でよくこんなバカな弁護ができるなって同僚たちとバカにしてましたよ。
    今でも居酒屋の友達と飲むときに馬鹿な弁護士がたまに出るといい物笑いの種ですよ。
    弁護士やめてお笑い芸人に転職したほうが世の中のためになる弁護士っていますからね、実際。

    逆は居ますよ。
    親が弁護士になれと言われたから弁護士になったけど、本人の夢は吉本でお笑い芸人になりたかったから弁護士になった後お笑い芸人になった人物がいたはずです。
    外国人のお笑い芸人ですけど。

    ちなみに内乱首謀罪は死刑か無期ですよ。
    そして外患誘致は未遂であっても死刑一択です。
    つまり弁護士がどんなにうまく弁護しても死刑は免れないので黙って首を左右に振るレベル。
    異常性犯罪殺人者として死刑になるか、オウムみたいなテロリストとして死刑になるか、どちらに転んでも死刑しかない。
    まともな弁護士のうける仕事じゃないですね。
    京アニの放火殺人も弁護士普通つきませんよ。
    ひろゆきも10回は死刑になるって言ってましたし。
    国選だから仕事だから職責でやっているんでしょうね。
    魔界転生も死ぬんだったら派手な死に花咲かせてやるか程度で弁護してたのかも。
    実際異常性犯罪者として死刑が確定しましたから無意味…いや弁護士のキャリアに傷がつきましたね。


    養子縁組と弁護士から婚姻に話を戻しますが明治維新以前は叔姪婚(しゅくてつこん。三親等での婚姻)が認められました。
    一応2006年に内縁関係にあった叔父と姪がいて姪が遺族年金の申し出をしたところ事実婚の証拠があったので遺族年金を受け取ることができた判例があります。

    有名な例でいえばノンフィクションは島津義久と花舜夫人(祖父忠良の四女。1559年没)とフィクションは鬼平=長谷川平蔵の父と継母ですね。
    前者は夫婦仲はよかったようで御平(初名は不明)という娘を生し、島津義虎に嫁ぎ義辰を産みました。

    後者は兄が危篤になったため末期養子という形で名家の長谷川家を断絶回避のため断腸の思いで農家の婿養子になっていたお園の実家の巣鴨にお園と平蔵を残して長谷川家を継ぎます。
    しかし血が濃かったのと妻(兄の娘)の波津の性格がきつかったのと父の宣雄は倫理的に受け入れられず仕事に逃げたり料亭で遊んだりと後妻=姪との子作りを避けていました。
    ちなみに料亭の女将に手を付けて出来たのが平蔵の異母妹のお園です。
    早死にした先妻(平蔵の実母)を偲んでつけた名前でしょうね(異母兄の平蔵はそう判断していた)。

    ちなみに史実では長谷川宣以の母の名前は寛政重修諸家譜では不明ですが歴史研究家の滝川政次郎・釣洋一・西尾忠久は戸村品左衛門の娘の説を提唱しています。
    最終的に平蔵が15の時、子供が望めない年齢になったので生母の実家の巣鴨から呼び戻されましたが当時は合法だったのでいずれそのあたりも考えないといけないでしょうね。
    最悪、スペイン=ハプスブルク家みたくなる。
    もちろん平蔵こと長谷川宣以は継母との関係は最悪でした。

    さて話は現実に戻りますがこの前の法改正でいとこ婚(四親等)禁止と女性の結婚年齢が16才から18才に変更になりました。
    前者は血が濃すぎるからということと、後者は経済的理由ですね。
    今は高卒が半ば義務教育ですからね。
    昔は中卒で料理の世界や職人の世界に入って見習いしていったんですけど、今は専門学校がありますからね。

    そして熊野地方での話に戻りますが国人領主で高河原摂津守貞盛(貞盛の活動が見られるのが1571年からなので1560年の現当主は父親は高河原元盛?摂津守かと思いきや受領名は息子の家盛が帯刀なので摂津守とは断言できないんですよね)がいますけど七上網とは明言されていないので断言できないんですよね。
    潮岬から東側が熊野の勢力圏ですからそのあたりの国人でしょうね。
    ちなみに高河原氏と色川氏(清水氏)は平維盛の末裔と言われています。

    神宮が呼ばれないうちに関係を構築したい、仁科三社の件での詫びもあるんでしょうけど、奉納花火の寄進という形にしたということですか。
    詫びだったら抵抗感はあるけど寄進という形だったら抵抗感はないでしょうね。
    結構な額が寄進されたということはそれだけ熊野は本気ということですね。

    >尾張だと学校も病院も武芸大会も文化祭も、寄進という形で寄付金が集まる
    武芸大会や文化祭は存じていましたが学校や病院にも寄進が集まるんですね。

    それに花火自体見るのは悪いことではないし、見てもらってもいいんですけど、確かに織田家中には寺社に対する不信感や警戒心が根強くありますからね。
    当然熊野も警戒されていますよ。

    例えば三河の本証寺、無量寿院、伊勢神宮、仁科三社…
    みんな滅ぶか失脚しましたからね。
    諏訪大社は危ないところでしたよ。
    諏訪頼隣さんの的確な判断で危難を回避できましたがそれでも危ない橋を渡りましたからね。
    とはいえ宗教とは折り合いをつけなければいけないといけないというのもまた事実。
    実際願証寺も石山も友好的ではありますし。
    ちなみに熊野は全国に分社があって、特に東紀伊は熊野の本拠地=熊野大社がありますからね。
    関わりたくないからと言って放置できない勢力ですよ。
    熊野大社近くの新宮の堀内氏虎は熊野周辺じゃちょっとした顔ですし。

    山がちの東紀伊で単独で七上網を倒し有馬を併呑して2万7千石(実高5~6万石)ですし、強力な水軍を持っていますし、北畠晴具さんが堀内を気にしているのか?とかつては一目置いてはいた感じはしましたからね。
    ガレオン船キャラック船を持つ織田久遠海軍と戦いになれば確実に勝てないことはわかりきっていましたから織田に伊勢湾の安全保障を委ねる時、答志島を租借する際躊躇していた国人や家来に「紀伊の堀内に遠慮でもしておるのか?知らんがな」と思っていましたけど。

    「一向衆ほど厄介なものはない」
    一時出家していた太田さんの言葉は重いですね。
    別に敵対しているわけではないんですよね、神宮も熊野三山も仁科三社も。
    ただ話がこじれているだけで…
    決定的に話がこじれていた場合は戦争もできますが、そこまで話が行っていないし、なにより和解?(といえばいいのか?)を求めているんですから。
    まあ、織田の恩恵に与かりたいという魂胆が見え見えですけど。

    あと義輝公も今年も招きますか。
    名誉なことだし、義輝公と広がりすぎた斯波織田領と三国同盟の関係を世に示すには必要なことですし、義輝公の力を疑っている人がいないわけでもありませんからね。
    ゆえに毎年招きますか。
    花火大会はますます名誉ある大会になりつつありますね。

    斯波家の親族の石橋氏のそねさんを北畠晴具さんの養女にして嫁がせたんですよね。
    みんなで見に来るそうですけど、そねさん、妊娠していたりしてw
    生まれてきた子が史実の輝若丸のように夭折しないといいですけど、この世界線だったら大丈夫でしょうね。

    今回も奥羽の現状についての説明があって興味深かったです。
    やはり奥羽は重機なしでの人力、畜力での普請では30年程度では変われませんか。
    学校を建設し、そこで高等学問(数学や物理、建築学)を学んで残された設計図を活用できることに賭けるしかないですね。
    なんとも気の長い話ですが、一馬たちが去った後残された人たちが頑張ればあるいは日本列島改造計画が完成を見るかもしれませんね。

    下北半島然り、陸中(岩手県)開発然り、知多半島の愛知用水然り、千葉県の両総用水然り、利根川河口堰(1971年に竣工)然り。
    ちなみに利根川河口堰が出来るまでは当時を知る人曰く、「水道水がしょっぱかったり、塩害が多発していた」そうです。
    今でも井戸水は塩辛いそうです。

    未来と言えばこの世界では田沼意次とかの時代には重機があったり自動車があったり飛行機が飛んでいる可能性がありますねw
    井伊直弼のころには原子力の端緒につき、第二次世界大戦のころには核融合炉と月に行って帰ってくる世界線になっていたりしてw

    あれこれ未来について妄想をするのは楽しいのですが長くなりすぎましたのでここいらあたりで〆させていただきます。
    いつも長くなってすみません。
    あれこれ妄想してしまうので…
    次回を楽しみにしています。
    では!

  • 誤字報告です。
    >私たちで史実に(習って)下北半島を下北郡という地名に~
    →「倣って」
    >織田領はなんとか飢えない範囲に(押さえる)ことが出来ている。
    →「抑える」抑制
    >放置出来るほど軽い勢力じゃないんだ。熊野はね【。】

    作者からの返信

    誤字報告ありがとうございます。
    修正しました。

  • 更新ありがとうございます。


  • 編集済

    東北は農業に向かない地域ですから、食糧需給に苦労するのは必定です。
    作物の遺伝子改良や灌漑施設の設置が急がれます。
    将軍様を招待するの良い策です。
    将軍様の逸話を読み本・紙芝居・演劇で将軍様漫遊記が
    出来るのでしょうね。

  •  更新、お疲れ様です。

     織田(久遠)の手が、かなり入っている東北領でも
    予断を許さないレベルでギリギリの運営を強いられていますね。
    表だって逆らわなければ、懐古主義の老人達は放置して良いでしょうね。
    早晩、彼らは寿命を迎えるでしょうから、諸々の改革は
    その時に進める方が好さそうですね。
     やはり妊娠を調整していましたか(苦笑)
    この分ですと、近江の方も二年後くらいには
    懐妊の報が聞こえて来そうですね(笑)
    ひょっとしたら、御台所と一緒になるかもしれませんね。

     此処で熊野が花火見物に招待されたとなれば
    またぞろ伊勢神宮が五月蠅く騒ぎそうですねw
    それも、大っぴらには騒げませんから内に籠る形で(苦笑)
    石山本願寺からも見物客が来るでしょうが、今回は北陸の事がありますから
    若干、居心地は悪そうですね(苦笑)
    彼らが織田上層部を納得させられる案を、持って来られれば好いですね。

     次話の更新、お待ちしております。

  • 凶作が続くと蓄えが無くなり、次の年こそと、つい米を作ろうとしちゃうんですよね。多少のたくわえがあっても、3年も凶作が続くと悲惨な事になっちゃう。天明の大飢饉は6年。多少の準備してても無理だろうというレベル。

     久遠家の物流網で、農閑期の負役で米や銭の入手ができるなら、無理せず低温に強い雑穀の栽培も言うことを聞いてくれそうですよね。


  • >糠郡とは、実の下北半島
    「実の」がちょっとわかりにくいです、僕が無知なだけだったらすみません。

    作者からの返信

    申し訳ない。修正しました。

  • 花火は別に見せたって減るもんじゃないし、見せてあげれば何か思う所が良い方向に変わるかも知れないから招待してあげても良いと思います。
    ※美しい物を見て悪感情が湧く人はそうそう居ないだろうし…

  • 北畠御前はえーと「斯波一門である石橋家の娘で,実は尾張で菊丸に武芸を習った事もある。北畠春具の養女として義輝に嫁ぐ」ですね。
    時々見直して誰が誰だったか確認しつつ,そこからまた読み返したり。
    ありがとうございます。

  • >さすがに広すぎることもあって、たちで史実に習って下北半島を下北郡という地名に名付けて行政的に分けた。

    さすがに広すぎることもあって、私たちで史実に習って下北半島を下北郡という地名に名付けて行政的に分けた。

    かな?

    作者からの返信

    誤字報告ありがとうございます。
    修正しました。

  • わーい久しぶりの花火だー