第2253話・子供たちの久遠諸島訪問・その五
Side:とある神職
寺社のない国。初めて聞いた時には信じられず、事実であると理解すると恐ろしゅうなったこともある。
されど、内匠頭殿の人柄を知ると、それ以上に騒ぐ者は尾張にはおらなんだ。いずこの寺社よりも慈悲深く、飢える者や粗末な寺社ほど助けるような御仁だからな。
あれから幾年が過ぎ、尾張の寺社は変わった。寺社とはなんなのか。国と民と共にあるべきではないか。宗派や成り立ちの違いからそれぞれ事情はあるが、左様に原点を自ら振り返りあるべき姿に戻りつつあると思う。
「先生! これおいしゅうございますよ!」
両手に食い物を持った子らが駆け寄ってきた。なんとよき顔であるか。わしは開校当初から那古野の学校にて教職として勤めておる故、相応に多くの子を育てたが、幾度見ても憂いなき子らの顔はよいものだ。
「ほう、それはよいことを聞いた。わしも探して食うてみるか」
もし、内匠頭殿が学校を営む折に寺社の者は要らぬと考えておれば……。今のわしはいかにしておったのであろうか?
織田学校は寺社の者がおらずとも、天竺殿と久遠の助けで変わらず多くの子を育てておるはずだ。されど、寺社は?
次の世のため、身分を問わず人を育てる場を共につくってほしい。これは天竺殿が最初に教職となる者を集めて言われた言葉だ。
当初は我らもよく分からぬまま、上に命じられたが故にかの者たちに従い子たちに教えを授けた。
助力を求められたが故に、我らは変われた。幾度も悩み、時には考えの違いから苛立つことすらあったが、それでも学校を盛り立てることだけは変わらずここまでやってきた。
気が付けば、伊勢の神宮すら遥か後方に置き去りにするが如く、我らは新たな世を歩んでおる。
神職の生きる場をなんとか残せた。わしの世話になっておる津島神社では左様に安堵する声が聞かれるほど。
ふと振り返ると、先ほど声を掛けてくれた子が楽しげに空を指さしていた。もうじき日が暮れる。さすれば久遠島の花火が見られると、皆、楽しみにしておるのだ。
この地に寺社は必要ない。されど、この地の者にも神仏と共にあるべく寺社の祈りが届くように祈ろう。我らの手で。
尾張に戻ったら皆に話してみよう。きっと理解してくれるはずだ。
そうだ。それがいい。
Side:久遠一馬
島を一周するお祭り仕様の船には子供たちも喜んでいた。
その他にもあちこちで様々な交流があったらしい。それがなにより嬉しいなぁ。
子供たちや家臣のみんなが楽しんでお土産を買えるようにと、島の人たちがいろいろな品物を用意してくれたらしく、嬉しそうにお土産を買っている姿も見られた。
また、島の子たちと学校の子たちが仲良くなって別れを惜しむ姿もあった。今度は島の子たちを尾張に旅行に連れていってあげよう。きっと喜んでくれるはずだ。
大人はウチの家臣と教師陣がいるけど、みんなは島の人との交流を積極的にして相互理解を深めてくれた。教師陣は子供たちの監督をしつつ自身も楽しんでくれたようで、早くも今後の学校について考えてくれている人たちがいるみたい。
祭りの夜は、花火見物と島のみんなと尾張のみんなのお別れの宴だ。
屋敷も近くの町もお祭り騒ぎのまま、そろそろ日が暮れる。
今夜は屋敷の庭を開放している。町と屋敷の庭を自由に行き来して、みんなで花火を見ながら最後の夜を過ごす。
オレと妻たちで料理を振る舞い、みんなに食べてもらう。手伝ってくれる子たちもたくさんいるけどね。大武丸と希美たちとか孤児院の子たちとかお市ちゃんとか。
ちなみにお市ちゃん。毎回来ているから、大きくなったねといつも言われるんだとか。本人にはそこまで自覚はないみたいだけど、たまに会うから成長を驚かれるみたい。
「とのさま! はい、おさけ!」
煉瓦製の焼き場で魚介や肉を焼いていると、孤児院の子がオレにとジョッキに入ったお酒を持ってきてくれた。
「ありがとう。そうだ、この魚、ちょうど焼けたから食べるかい?」
「うん! たべる!」
みんなで宴を手伝いみんなで楽しむ。これもウチの恒例となりつつある。焼きたての魚をハフハフしながらかぶりつく子供の笑顔がいいね。
オレはお酒を飲みつつ、新しい魚を焼く。
ちなみに働いている子たちの中には、尾張で元服し島で暮らしている子もいる。相互交流は地道に続けているからね。猶子の子たちの何人かが島に移住して働いている。
また、日ノ本出身の久遠家家臣も久遠諸島に長期滞在して、交易や各種商いの手伝いをするなど、久遠家として尾張と本領の人員の一体化を進めている。
武士としての立場とか身分を気にする人、ウチにはいないし。資清さんたちは昔から贈り物をしたりして交流していたし、なにより本領と尾張の対立や派閥を恐れているんだよね。主に日ノ本出身の家臣たちが。
慶次の結婚以来、人員の交流とかはしていたけど。日ノ本の家臣は久遠諸島での長期滞在とか海外領への出向など、本領に合わせる形で変わることを模索している。
まあ、これはオレがいずれ日ノ本を離れるつもりであることを知る、資清さんたちの進言で進んでいることだ。
日ノ本を離れても家臣とその一族くらいは面倒見るつもりだけど、今から互いに助け合って久遠家という組織をひとつにするべきだと日ノ本の家臣は未だ主張している。
本領と日ノ本の統一、これ主に滝川家の功績なんだよね。本領との関係構築を臣従後すぐに始めた資清さんと、ソフィアさんと結婚した慶次。このふたりのおかげで軋轢とか本当にないんだよね。
久遠諸島父島は現在、領民はほとんどが純粋な人間になるからなぁ。文化や風習の違いもあり、日ノ本への警戒心などもないわけじゃないから。
ふと見渡すと、立場も生まれも関係ないと言わんばかりにみんなで別れの宴を楽しんでいる。
この場にいるみんなは、どんな未来を思い描いているんだろうか? もしかしたらオレが望む未来と違うものを思い描いているのかもしれない。
ただ、それもまたいいんじゃないかなと思う。すべてが上手くいくとは限らないけど、オレやエルたちも加わって、みんなで考えて進むのも悪くない。
当初は、オレたちが日ノ本の中に溶け込んでいくつもりだったんだけど。まあ、これだけ派手に動けばそれは難しいだろう。
それでも、日ノ本と共に生きることは出来る。
いつの間にか、繋いだ縁が増えたなぁ。
さて、そろそろ花火だ。
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