第2251話・子供たちの久遠諸島訪問・その三

Side:久遠一馬


 久遠諸島滞在も残り僅かだ。


 毎日朝から晩まで楽しんで、夜はぐっすり眠る子供たちを見るのが楽しみになりつつある。


「おっきい」


「これが象……」


 今日は島の学校の子たちと一緒に動物園に来ている。ここも評判がいいんだよね。ウチの島で自慢の場所だ。


 日ノ本にも野生の動物とか馬はいる。牧場には牛、馬、山羊、ロバ、イノブタとか動物というか家畜はいるんだけどね。ここには日ノ本で見られない動物がいろいろといる。


 子供たちはそれらの動物に驚いてくれているね。


 学校には写実画で動物が描かれた図鑑がある。メルティが描いたものだ。学校開校当初にウチが持ち込んだものだが、現在は貴重なものだからと持ち出し禁止になっている。これは教師陣の判断だ。


 粗末に扱う人はいないものの、持ち運びで破損とかあると駄目だし、内容などを考慮して外に出すべきではなく残すべきだとの意見が多かったんだよね。


 ちなみに、今ではそれを写本したものを授業で使う教材としたり図書室の閲覧用にしている。絵を模写して描いたのは留吉君だ。こちらも写実画としての完成度が高く、今もそれを見て学んだ子供たちが図鑑と同じだと大喜びしている。


 オレたちの猶子となった子たち、みんな立派になって働いているが、留吉君は出世頭なんだよね。絵師という職業柄目立つこともあるけど。


「みんな、なんでもいいから獣の絵を描いてみようか」


 今回はメルティがいないけど、せっかくだから動物園で動物たちの絵を描いてもらうことにした。


「はい!」


「雪村殿、指導のほうお願いします」


「はっ、お任せくだされ」


 指導は雪村さんにお任せだ。今では書画から西洋画まで描けるしね。風景画を得意としていて、必ずしも写実的な絵にこだわっていないが、その実力は確かになる。


 雪村さんは今でもウチの客分であることに変わりはない。召し抱えてはいないし。ただ、牧場村の孤児院で暮らして孤児院の世話をしているウチの家臣と同じ生活しているんだよね。


 文字の読み書きから絵の指導までいろいろとやってくれるし、完全な身内になっている。


 たまに領内とか関東に頼まれて絵を描きにいくことはあるが、普通に戻ると言って旅に出るからね。ウチからも護衛を付けているくらいだ。


 今日は結構暑いから子供たちは麦わら帽子をかぶらせていて、筆や鉛筆で絵を描き始める。


 隣の子と比べたり、互いにああだこうだと言ったりしつつ絵を描く姿は微笑ましいね。


 象とか虎は人気らしい。あと孔雀も結構見ている人がいる。こちらは日ノ本でもそれなりに知られているからだろう。実物を見たいという人が多いみたい。


 全体として動物は前に来た時より増えているからなぁ。気候風土に適応出来そうな動物を集めているんだ。本当に動物園みたいな風景になってきた。


「ちーち、ちーち」


「とのさま~」


 おっと、オレはゆっくりしていられないらしい。絵を描くことに集中出来ない幼い子たちが集まってくる。


「じゃ、みんなで少し動物を見てみようか」


「わーい!」


「みる~!」


 じっくり絵を描く子たちと、さっと描く子たちは違うからなぁ。幼いと落ち着いて絵を描くことも合わない子がいる。ただ、オレはそれでもいいと思っている。


 なるべくなら楽しみつつ学んでほしいからね。


「戦に象が出て来たら役に立ちそう」


「確かに、敵を蹴散らせそう」


 おお、雑談しつつ絵を描く子供たちから戦象のアイデアが出ていた。確か、インドあたりだとこの時代でも使っているんだよね。戦象。


 日ノ本は象の生息地でないし、地形の起伏とか激しいこともあって向かないと思うけどね。こういうアイデアはいい。


「みんな、のどが乾いたらちゃんと水分取るんだよ」


「はい!」


 子供たちが動物園に来るということもあって、近くでは島民が飲み物を用意してくれている。水もあるし冷やした紅茶やヤシの実や果実を絞ったジュースまである。


 島でも果実は貴重なんだけどね。子供たちのためにと用意してくれたみたいだ。


 ふと近くでは教師陣も子供たちと一緒に絵を描いていた。


「ふむ、それはよい歌じゃの。なかなか風流じゃ」


「ありがとうございます」


 ただ、こちらは年長さんたちと和歌を考えながら絵を描くということをしている。


 楽しんでいるみたいで結構なことだ。雑談交じりに和歌を教え楽しみつつ絵を描くなんて高度なことだけどね。


 見る人が見ると半端なことをしていると怒りそうな気もするが、尾張だと公式とそれ以外の場の使い分けがきちんと出来つつあるので、こういう光景も珍しくない。


「姫様は虎を描いているんですか。お上手ですね」


 お市ちゃんは虎の絵を描いていた。父親である信秀さんが昔は虎と言われていたから親近感でもあるのかもしれない。


「はい、でも大牙がいませんね」


 大牙とは最初に久遠諸島に来たアムールタイガーで珍しい白い個体の虎だ。まだ小さかった頃に保護したことで妻たちに懐いて一時期久遠諸島にいたんだ。


「ああ、大牙なら北の領地にいますよ。生まれ故郷に近いほうがいいかと思いまして」


「そうですか。息災ならよかったです」


 ちなみに、今は大人の虎になってシルバーンにいる。確か子供が産まれたはずだ。今度お市ちゃんが来るときにでもまた連れてきて会わせてあげたい気もする。


 思い返すとお市ちゃんも成長したなぁ。オレの周りで遊んでいる下の子たちのように走り回っていたんだけど。


 お市ちゃんが久遠諸島に来た影響は大きい。


 遠洋航海なんて未経験なこともあるし、造船技術の未熟さから船はいつ沈むか分からないものとして敬遠されていたのに、お市ちゃんがウチの島に来たことで自分も日ノ本の外に出てみようと思う人が増えたんだ。


 女の子であるお市ちゃんがウチの暮らしや風習を楽しんでみんなに見せることで、織田家ではいち早くウチの習慣を楽しむようになったしね。


 元の世界でいうならば親善大使のようなものだろうか。


 織田と久遠の橋渡しという意味では満点の働きをしてくれている。今もお市ちゃんが自由に生きることを許されている理由のひとつだろう。


 ちなみに……、余談だが、織田家の女衆は日焼けをしてもあまり気にしなくなったんだよね。もともと白粉とか塗る身分でなかったこともあるけどさ。一応、日焼け止めクリームは妻たちが使っているのでそれは使っているが。


 妻たちやお市ちゃんなんか、夏場になると普通に日焼けしているからなぁ。ケティが、人が生きるうえで太陽の光に当たること必要だと勧めていることもあるけど。


 ほんと細かい日々の暮らしから変わったことが、畿内と距離が開いている一因だろう。何事も一長一短だということだと思う。



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