第2247話・子供たちの久遠諸島訪問と近江の山狩り・その七
Side:尾張在住公家衆
「この書物も読んで構わぬのか!?」
思わず声を上げてしもうた。内匠頭殿の屋敷には多くの書物があり、京の都で失われたものまであるではないか。
書物ひとつ読むにしても頭を下げ、借りを作りてようやく読めるのが今の世じゃ。いずこの者も書物を軽々に見せることなどない。
「ええ、構いませんわ。ただ、持ち帰るのだけはご勘弁ください」
「左様なこと致さぬわ」
「うふふ、戯言でございます」
織の方、名をアイム殿と言うたか。なんでも新しきタオルなる織物を作られた
これぞ内匠頭殿の奥方じゃ。
学問に関しては久遠が上じゃの。秘する知恵や書物は畿内の寺社などは負けておらぬかもしれぬが、己が力で知恵や技を見つけ書物を残す術は確実に上。
「子らと共に島を見て回るのも面白いが書物を読むのも捨てがたい。寝る間を惜しむとはこのことじゃの」
いずれの書物から読もうかの。十日ほどで帰らねばならぬ故、吟味致さねば。
悩んでおると、よく知る子が同じく書物を選んでおった。
「おお、半兵衛か」
「あっ、先生」
竹中半兵衛。今年元服したばかりの子じゃ。書物や学問の好きな子での。尾張の学校の書物をすべて読破したひとり。
今では学校の師になるべく学んでおる者じゃ。
「面白き書物が多いの」
「はい、迷ってしまいます」
書物好きな半兵衛とは話すことが多い。武功やら戦やら求める他家ならば半兵衛のような者は軽んじられるであろうが、織田では先々が楽しみなひとりじゃ。
にしても、これだけの書物を他言せぬという誓紙のみで読ませてくれるとは、内匠頭殿の懐の深さにはただただ感服するしかない。
他家の知恵や秘伝を勝手に漏らすなどあり得ぬわ。吾らは世話になった恩を忘れぬしの。当然のことを求めたのみで、本領を見せてくれたばかりか書物も読ませてもらえるとは……。
「内匠頭殿へ感謝すること、決して忘れるでないぞ。織田以外ではあり得ぬことじゃ」
「はい、心得てございます」
にしても面白き書物があるのぉ。なにか返礼出来ぬものか。
そうじゃ、書物でも書くか。吾程度では大したことは残せぬが、内匠頭殿ならば書物を喜んでくれよう。
朝廷や寺社に預けるよりも後の世に残るかもしれぬ。
それがいいの。戻り次第、書くこととしよう。
Side:久遠一馬
上手くいっているんだけど、ひとつの報告に少し悩む。
「まさか徹夜して本を読むとはね……」
教師陣と一部の子が、ここでしか読めない本を読みたいと徹夜しているらしいんだ。
「うふふ、いいじゃないの。そういうことも旅の思い出になるわ」
アーシャは笑っている。まあ、確かに羽目を外すくらいでいいし、止めろと言う気はない。
ちなみにそのひとりが竹中重虎、通称半兵衛君だ。史実の今孔明、どういうわけか本好きな子で学校の図書室の主と化している。
数奇な運命をたどっているなぁ、彼は。
竹中家に関しては、親父さんの重元さん。彼は今、海軍所属で遠洋航路の船乗りになっている。ウチと揉めたことで海の向こうを見てこいと命じられて以降、海が気に入ったらしく戻ってから海軍所属になったんだ。
重元さん、腕っぷしもあり評価はいい。家督は半兵衛君が元服前から継承しているので隠居状態なんだけどね。美濃では安藤さんもそんな感じだし、織田家だと家督の有無はあまり関係なく生きる人が多いからよくいるひとりだ。
「半兵衛殿とかどうなの?」
「教師に向いているわよ。このまま学んでくれたら、いずれどこかの学校を任せたいわ」
今ひとつ史実の実情が分からないひとりだが、教師の適性はあるのか。文官にでもなって出世してくれてもよかったんだけど。本人が学校に残るのを望んだんだよね。
「書物、あんまり貴重じゃないものなら織田学校に写本を貸し出すから。無理しないように言っておいて」
「ええ、分かったわ」
個人的には全部写本にして贈ってもいいんだけど。あまりやると対価を気にするんだよね。織田家の皆さんが。
図書寮が再建されたらかなぁ。ちなみに尾張図書寮は那古野に建屋が完成している。現状では京の都から届く図書寮へ納める写本や、織田家の書類や学校で集めた書物などを収蔵しているだけになるが。
京の都の図書寮、あっちも建屋は完成しているんだけどね。いろいろと揉めて完成していないことにしている。
書物の件は帰ったら検討してみるかぁ。学ぶ意欲のある人たちには見せてやりたい。
Side:六角義弼
「くーん」
「よしよし、よく働いたね!」
誰ぞが、勝手ばかりする寺社や村よりも犬のほうが信じられると言うていたな。
「よう命を聞くものじゃの」
「ちゃんと教えているからね」
曙殿のように父上を超えるような威厳はないが、軽んじると恐ろしいことになりそうじゃの。こうしておると、若い娘にしか見えぬが。確か歳は三十ほどだと聞いたが、とてもそうは見えぬ。そこらの二十歳より若く見える。
「犬も人も主次第か」
「そう悲観するものじゃないよ。私たちだって、いろいろと学んだから今があるの。それに、私は春みたいには出来ないし。誰でも得手不得手があるよ」
久遠の女医師にそう言われてもの。愚か者の心情など分からぬ……とこれも駄目だと言われたの。愚か者は愚か者なりに生きる道を見つけねばならぬのだったな。
「教えを受けられるうちが幸せなのかもしれぬの」
「うん、それはそうだよ。我が殿だって学んでいるわ。最近だと北畠の大御所様からよく学んでいるわね」
大御所様か。あのお方も会うだけで恐ろしゅうなる。確かに内匠頭殿が学ぶに相応しいお方なのかもしれぬ。
北畠が味方におることのありがたみは、わしでさえも分かっておる。
ただ、正直なことを言えば、そこまでの力は北畠にはなかったはず。北畠に権威と力を与えておるのは内匠頭殿ではないのか?
「北畠を味方と出来るのが内匠頭殿の強みじゃの」
「そうだねぇ。我が殿はそういうの得意だから」
なんというか早朝殿は変に気遣いをすることもない故、話していて気楽じゃの。軽んじず格上と思うておれば無礼にもなるまいし。
「四郎殿も学んだら出来るよ」
いや、さすがにそれは無理であろう。
わしが愚かか以前の話だ。格が違い過ぎる。
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