第2243話・子供たちの久遠諸島訪問と近江の山狩り・その三

Side:六角義弼


 山狩り一日目が終わった。陣には戻らず街道沿いの村や山中で一晩過ごす者も多いとのこと。


 到着してすぐに地元の者らが賊を捕らえておったことで家臣や国人衆らは上機嫌だったが、それもすぐに様変わりした。


 蒲生下野守が、賊と通じておる者を許さんと言うたと騒ぎになったのだ。


 今も父上の本陣には、その件で街道付近の寺社の使者が下野守との仲介を求めて参っておる。


「何卒、おとりなしのほどを伏してお願い申し上げまする」


 幾人目であろうか? 父上はあまり機嫌がようないのだが。


「その方らは、下野守とわしを謀ったのか?」


「いえ、左様なつもりは……」


 謀ったのであろう。あちらにもこちらにもいい顔をしつつ賊から利を得ておった故に慌てた。素直に首だけ届ければいいものを。生け捕りにしておったからな。


 もっとも首だけでは織田が納得せぬからであろうが。


「ならば懸念はあるまい」


「ですが、寺の者が通じておったかはわからず……」


「許すと思うか? そのほうの寺にひとりでも左様な者がおれば同罪だ。とはいえ寺社に手を出す気はない。今までと同じく守護使不入と寺領は認めよう。されど、今後は商いにおける配慮はないものと思え。以後は六角からの一切の助けはない」


「ひぃぃ! それでは我らに死ねと仰せでございますか!?」


「ああ、謀ったならば死ね」


 居並ぶ重臣らの顔色が悪うなる。そこまではっきり言うとは思わなんだのであろう。ここまで恐ろしき父上は、わしも見たことがない。


 使者は足元がふらつき、今にも倒れそうな様子で下がった。


「ふん、甲賀が東海道での賊働きを止めて、大人しゅう従った時に己らも止めておれば許してやったものを」


 近江とて、街道を通る者を襲うなど珍しゅうないのだがな。


「確かに織田が兵を上げる前ならば……」


「内匠頭殿は慈悲深い。保内商人のことも両街道のこともじっと待たれていたからな」


「保内商人が街道を捨てた時に、いち早く手を引いた者もおりまするが……」


「保内商人らは誰が賊と通じておるか事細かに知らせてきたからな。保内商人のことを甘く見過ぎだ。ただで引くと思うたのか?」


 保内商人か。一昔前は近江と伊勢の商いを牛耳るほどだと聞いたが、久遠が尾張に仕官して以降、なにも出来ぬまま力を失ったと軽んじておる者は家中にもおったな。


 わしもそう思うておったが、尾張に行った今なら分かる。保内商人は勝てぬ戦を避けただけだ。


「申し上げます。曙殿から夕餉でも共にいかがかと誘いが参っておりまする」


「うむ、今日はここまでにしておこう。曙殿にはこちらから参ると伝えてくれ」


「はっ!」


 険しかった父上の顔が和らいだことに少し驚く。そのまま重臣らが下がると、わしもようやく一息つくことが出来た。


「父上、あやつらを攻めぬのでございますか?」


「捨て置いてもすぐに降伏する。神宮のことは聞き及んでおろう。神宮ですら商いを止めると困っておるのだ。あやつらでは打つ手などない。本山なりしかるべき者が出て来たら相手をしてやる」


 あれは内匠頭殿の怒りでは? 父上も同じことが出来ると?


「四郎よ。この際だ、言うておく。さきの傅役の教えたこと、すべて忘れてよい。あやつも悪い男ではないが、今の世を理解しておらぬ。三国同盟はそなたが考えるよりも深く重い。分からぬことはわしか曙殿らに問え。頼んである故にな」


「はっ、畏まりましてございます」


 信じるというのか? 尾張を。


「尾張はよい国であろう? いずれ、あれを日ノ本に広めねばならぬ。そのためにはなんとしても守らねばならぬのだ。尾張と近江をな」


 父上は……、上様の下で天下を差配するお立場ではないのか? 尾張を守るというのか?


 そのまま下がった父上をわしはただ、見送ることしか出来なんだ。




Side:久遠一馬


 滞在二日目、馬車を見せたあとは港と近くの町をみんなで散策した。


 途中、自由時間も設けて、子供たちには港と町で自由に過ごしてもらった。異国情緒漂う建物から日ノ本と同じ建物までさまざまあり、見ていても楽しいんだよね。


 ちなみに子供たちに滞在中の予定表を渡しており、多くはないがお小遣いとして銭を渡していて好きに使っていいと言ってある。


 お土産は最終日に買えるようにすると説明しているので、子供たちは与えたお小遣いをどう使うかとか考えていて楽しそうだった。


 港では今日水揚げした魚が並んでいて、尾張では見かけないものが多くあり、そっちも子供たちの興味を示していた。


 学校の子たちの場合、上魚、下魚とか関係なく食べるから、島の魚も美味しいのかとかいろいろ騒いでいたね。


「殿様! 火が起きたよ!」


 オレは今、子供たちと夕食の支度をしている。今夜は新鮮な魚介でバーベキューをしようと思ってね。


 野営キャンプとか連れて行っているんで、子供たちの手際はいい。


「ここはわしが……」


「爺殿は座って見ていてくれ。オレたちがやるから。ここまで連れてきてくだされたのだ。かような時は働きたい」


 ウチの家中のお年寄り、もとの身分があまり高くない人が多いから働こうとするんだけど、学校の年長さんたちが労っている様子が見られた。


「わしは左様な身分では……」


「ここは内匠頭様の国だ。その臣下である爺殿はここでは決して身分は低くないぞ。そもそも尾張でも久遠家家臣は直臣待遇ではないか」


 ふふふ、思わず笑い出しちゃった。身分ある子に丁重に扱われて戸惑うお年寄りの様子がなんか微笑ましい。


 身分や秩序は大切だけどね。人が人を労る姿は見ていて気持ちがいい。


 ほんの少しでいいんだ。みんなが周りに手を差し伸べられれば、世の中は今より暮らしやすくなる。


 無論、それがいかに難しいか。有史以来、人類が理解しつつも出来なかったことだと理解しているけど。


「ありがたやありがたや」


「こら! 大袈裟にするな。拝むな! オレは左様な身分ではないぞ!?」


 ああ、お年寄りが感謝して頭を下げて拝み始めると目立ってしまい、年長さんの子は少し恥ずかしげにしている。


「若い者が憂いなく生きられるように祈らせてくだされ。わしにはもう左様なことしか出来ませぬ」


 微笑ましい光景だ。ただ、すぐに拝むのはやっぱり困るよなぁ。とはいえ、拝むなとはなかなか言えない。


 いい子たちだなぁ。ほんと。


 オレは大袈裟にせず、お腹いっぱい美味しいものをたべさせてやろう。



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